84:再会
84:再会
「罠の判別がついたって?」
髪を逆立てた若い冒険者から問われた女狩人は、「うん」と控えめに頷く。
「ほら、あの落ち葉のところ」
見ると、落葉の絨毯に一本の小枝が突き刺してあり、そこには樹皮糸で編んだ小さな布が結び付けられていた。
「あんなものが」
「さっき犬に逃げられた時、あいつら、やっぱり布がついたところを避けていった」
「そうか、目印を作っていたからあいつら自身は罠にかからないんだな」
再び女狩人は頭を小さく上下させる。
そして目印を避けて別の木々の間へ歩を進めつつ。
「だから、この布さえ避けはうあーー!?」
全く標識の無い場所に設置された、矢が発射される仕掛けにかかって左脚を射抜かれてしまった。
無論、布の目印自体がコボルド陣営による罠である。
コボルドは記憶や指揮所からの指示に加え独自につけた匂いで罠を判別しており、それは侵入者がにわかに対応可能なものではなかったのだ。
◆
罠へ誘い込む。または罠へ追い込むのは通常のコボルト班でも可能である。
だが、それが難しい状況の相手に対しては戦闘が必要だろう。
分断された小集団を直接刈り取るのは、ダーク達攻撃隊の役目であった。
「ほいほいっと」
気の抜けた声と猥りがましい薄ら笑いを浮かべたまま、ダークは曲刀を持った相手の喉を突く。
冒険者は血を吐きながら最後の抵抗を試みるが。黒衣の剣士はそれを見越して素早く後ろへ躱し、そこにもう一撃重ねて相手を沈黙させた。
周囲ではレイングラスやブルーゲイル達が連携して残り二名の敵を仕留めており、戦果を重ねている。
一連の戦闘で攻撃隊はさらに一人が負傷したため人数は当初の半分まで減少しているが、それでも少人数に分断された冒険者達を打ち破るには十分な戦意と攻撃力を保持していた。
「やれやれ。公安院も相当人使いが荒かったでありますが、コボルド王国は輪をかけて過酷ですな。治安出動で賊と戦っていた時分の撃破記録を、とっくに更新済みであります。後で絶対国王陛下に労働対価を支払わせてやりましょうぞ! 身体で! 身体で!」
剣の血を振り払いながら、ダークが言う。
普段通りの表情なので、どこまでが冗句でどこからが本気なのかは、判断が難しいところだろう。
『偵察情報来ました、10名と少しの集団がこちらへ向かってくるそうです』
やや焦りの表情を浮かべつつ、霊話担当の女コボルドが報告する。
「あれま、それだけの人数を再編してきましたか。流石にそんなのと真っ向からやり合いたくないですなー」
『指揮所から指示来ました、後退して誘導せよ、とのこと』
『あー……あそこか』
顔についた返り血を拭いながら、低い声でそう答えたのはレイングラス。
隊員達も、やや苦々しい顔で頷く。
……相手に、若干の同情を禁じ得なかったのだ。
◆
集団で迫り来る冒険者を目にして、そのコボルド達は叫び声を上げて逃げ出した。中には、槍を放り投げ駆け出す者もいた程であった。
少数に対しては優位に立てても、コボルドが大人数のヒューマンと正面からぶつかって勝つのは不可能なのだ。
報復の意に燃える冒険者達は好機を見逃さず、その後背目掛け殺到する。木の根に躓いて転んだコボルドがいたことも、拍車を掛けた。手を貸して立たせようとしているが、もたついており。加えて疲労で他の犬の足も遅い様子。
足場はぬかるんで良くないが、すぐに追いついて仕留められるだろう。
……足場が、良くない?
冒険者達がそれに気付いた時には、既にかなりの人数がそこに足を踏み入れてしまっていた。
落ち葉や草が地面を覆い隠し。かつ、かなり奥に入るまで、ただのぬかるみとしか認識されていなかったのだ。
だから、急に腹まで没した一番手に後続が衝突するように立ち止まった時、初めて。
彼等は、そこが沼地だとようやく理解出来たのである。
「く、来るなっ! 入るな! か、隠れ沼だ!」
二番目を走っていた男が、先頭同様に下半身の自由を失ったことに戦慄しながら叫ぶ。
気付いた後ろの者達が慌てて戻ろうとするが、沼に入った者のほとんどは脱出に失敗した。
「動くな! 藻掻くと余計沈むぞ!」
年長の男が、狼狽する他の冒険者を制する。
直後に無事な者へ声を掛けると、ロープを使っての救助活動を要請したのであった。
自力脱出した者と沼に入らなかった者。合わせて5名が直ちに行動を開始し。
そして茂みに潜んでいた、黒い剣士に襲われたのだ。
木に縄をかけようとしていた男は喉を突かれ、返す刀で隣りの女も斬られた。
ロープを伸ばそうと持ち上げていた鎧の槍使いは、両手を取られていたため体当たりを防げず。跳ね飛ばされるようにして、仰向けに沼の中へと叩き込まれる。
残る二人も。同様に隠れていたコボルド戦士の剣や斧で斬られ、一人は沼に、一人は地面へと倒れ込んだ。加えての、止め。
『残りのッ! 奴等は! いかがッしますッ!?』
ブルーゲイルが、荒い息で尋ねた。
「そのままで。放っておけば沈んでいくであります」
死体のマントで顔についた返り血を拭いながら、ダークは答える。
「悪かった! もうお前達には手を出さない! だから、助けてくれ!」
「頼む! 森には二度と入らなねえ! なあ、頼むよ!」
身動きが取れなくなった冒険者達からの、助命と救助の嘆願。
「ガイウス殿の御命を狙った罪は、万死に値する」
一瞬ダークの瞳の奥に暗い炎が揺らめき、傍らのブルーゲイルを驚かせたが。
「……で、ありますが。金輪際コボルド王国に害を為さないと誓うのであれば、後で助けてやってもいいであります。良かったでありますな~。ウチの将軍閣下が、慈悲深く先見のある方で」
「あ、後でって……どのくらいだ」
「そりゃー、戦闘が終わった後でしょうよ。大人しくしていれば、多分大丈夫であります。運が良ければ、ですが」
抗議の声を上げる冒険者達へ背を向けるダーク。話している間に、囮役の隊員達も戻ってきたようだ。
「よーし、次へ行くであります」
『はーい』
『あいよー』
尻尾を振りながら、手を上げてそれに応じるコボルド達。
そんな中で、レイングラスだけが沼に嵌まり込んだ冒険者達を眺めていた。
「どうしたでありますか、レイングラス」
『ん……ちょっとな、ケジメだよ』
いつになく沈んだ声で答えるコボルド戦士であったが。
囮役が捨てた槍を拾い上げると。冒険者のうち一人、腿まで泥に嵌まり込んだ剣士へ、勢い良くそれを投げつけた。
ぎゃっ、という悲鳴とともに、長い銀髪を後ろで纏めたその男が背後から沼へ倒れ込む。
眼窩にはレイングラスが投げた槍が突き刺さっており。
重く湿った土に身体を取られた彼は起き上がることも出来ず。助けを求める叫びを上げながら泥の中へ消えていく。
周囲の冒険者達は、為す術もなくそれを見つめていた。
『済んだ。いいぜ、行こうか』
「ふむ」
ダークは理由を問わない。彼女は、レイングラスの行動に相応の理由があると察したのだ。
一方、彼もその配慮に気付いたのだろう。
戦友の傍らを通る際に、ぼそりと。理由を告げたのであった。
『アイツはあの時【村】に来てた奴でな。よく覚えてたんだよ』
コボルドの戦士が寂しげに、くん、と小さく鼻を鳴らす。
『つまりまぁ……フォグの亭主の仇だったのさ』
◆
『指揮所から霊話。孤立した冒険者二名が蟲熊に襲われているそうです。次の目標への際に近くを通りますが、蟲熊の注意を引かないように気をつけて下さい』
予め隠されてた武器を補充し、移動する攻撃隊へ指揮所から指示が届いた。
『ハハッ、なあに、もしこっちへ来たらこれを鼻っ面に叩きつけてやるさ』
攻撃隊の一人が、腰にぶら下げた革袋をポンポンと叩く。
中には蟲熊が嫌う匂いの強い白い花が詰められており、昔から熊除けとして使われてきていた。もっとも香りがきついため、狩りの時にはあまり用いられないが。
近頃では、何処かの王様の足の匂い消しに使われもしたらしい。
『報告通りッ! 向こうで蟲熊が冒険者を……えっ!?』
驚きの声。だが、それはブルーゲイルだけではなかった。
攻撃隊が視線を投げた木々の向こう。
確かに情報通り、蟲熊が二人のヒューマンを襲っていたのだ。
人間と魔獣の力量差は歴然としている。当然、その者達は爪に裂かれ、牙の餌食となるはずであった。しかし。
「ぬううああっ」
声を上げたその赤い鎧の男は。あろうことか蟲熊の殴打を片手で掴み、払いのけると。
素早く両手に持ち替えた剣で一撃を加え、その分厚い毛皮を、肉を裂いて魔獣の首へと刃を打ち込んだのである。
「おぐああっ!」
鎧の紋様が輝くと同時の、苦悶のような叫び。そして、蟲熊の頭部が切り離された。
崩れ落ちる胴体の脇で、男は杖代わりに剣を突き身体を支える。
だが攻撃隊の姿を見つけると、すぐに体勢を直し。殺気を漲らせながら歩き始めたのだ。
「面倒な奴と出くわしたでありますな」
ダークはそれを見て舌打ちした。
……ライボロー冒険者ギルド長ワイアット。
ガイウスから、斬り結ぶなと注意を受けていた相手である。
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