83:反撃
83:反撃
二匹の木食い蜥蜴と一頭の蟲熊が更に追加されたことで、森奥に誘導されていた冒険者達は完全に混乱状態へと陥った。
魔獣達に襲われる者、立ち向かおうとして屠られる者。撤退する者、逃げようとして罠に掛かる者。
様々な惨事に見舞われた彼等はワイアットの制御し得る範囲を容易く振り切ると、森の中で散り散りになり。もはや集団としての体を成さなくなっていたのだ。
そんな只中で。
「ぬうあっ!」
ずぐっ。ぐっ。ぐびり。
赤い全身鎧にはしる紋様を発光させながら。
二度にかけて力を込めることで、ワイアットは木食い蜥蜴の頭を魔剣【ソードイーター】で斬り落とした。
鎧に刻まれた呪印は一時的に彼の膂力を大幅に向上させ、魔獣の太い首を両断せしめたのである。
「がああああっ!」
ワイアットはもう一度叫んだ。
今度は、掛け声ではない。鎧が引き出した力の反動が彼にかかったことによる、悲鳴であった。
関節に、骨に、筋肉に。
通常の挙動では有り得ない負荷が、ワイアットの身体を苛んだのだ。
常人であれば崩れ落ちるか、のたうち回ろうともおかしくない激痛に対し。声だけで持ち堪えた事実は、彼の心身の強靭さを立証するものと言えただろう。
(やはり常用し得るものではない)
呼吸を整えながら周囲を見回す。
彼が魔獣と格闘している間に、冒険者達は方方へ追い散らされてしまっていた。
騎士であるアシュクロフトの姿も見えない。
「ギルド長!」
声に反応し顔を向けると、その方向にはワイアットを見つけて駆け寄ってくる女魔術師が一人。
パーティとはぐれて不安なのだろう。息を切らせながら、必死に走っており。
そして、樹上から落ちてきた棘付きの丸太で頭頂部を痛打された。
流石に息を呑んだワイアットの視界内で、女魔術師が前のめりに倒れる。
頭部は衝撃でやや変形しており、棘が貫通した跡もあった。ぴくりとも動かない様子からみて、ほぼ即死であろう。
それは、この空間が容易く走れぬ危険領域であることをワイアットに思い出させた。
味方を呼び戻すためにも、本来であればすぐにでも駆け出したいところである。魔獣を始末して、混乱を収拾せねばならない。
しかし、焦れば罠の餌食になるだけだ。
「どこまでも、厄介な!」
だがこの苛立ちすらも相手の思うところなのだろう。
ワイアットは深呼吸して感情を抑制すると、傍らの木の陰でうずくまって震えているシリルの脇腹を蹴り、立ち上がらせた。
(味方を集める。魔獣を始末する。村へ向かう。慎重に、確実に、だ)
そして手枷を嵌められたままのシリルを先頭に立たせ、罠探知と盾にしつつ。
態勢を立て直すために、ゆっくりと歩を進め始めるのであった。
◆
数名のヒューマンを追い立てているのは、西側コボルド隊の第3班だ。
乱入してきた魔獣から逃れたはいいものの、どこに罠が潜んでいるか分からず立ち尽くしていた冒険者の一団を狙ったのである。
勿論これは偶然では、ない。
偵察の霊話兵から送られた情報を元に指揮所のサーシャリアが対象を選別し、間に入る罠や他の冒険者との距離などの状況を分析。その指示を受けて攻撃しているのだ。
『えいっえいっ』
『やあっ! やー』
『とー! とー!』
掛け声と見た目だけなら愛らしいが、実際は双方にとって必死なものである。
ライボローの街で鍛冶親方に作らせた、鋼の穂先。それを付けた槍が、一突きごとに相手の脚や尻に傷を作っていく。その様はまるで、大型の動物を追い詰める狩りを連想させた。
「あっ!?」
『お! 転んだ!』
『転んだぞっ!』
「やっ、やめ、ああああ!?」
木の根や起伏に足を取られ、転んだ者。負傷が限界に達し、走れなくなった者から、一人ずつ槍の餌食になっていく。
他の冒険者を囮に逃げおおせたと思った先頭の女剣士は、落とし穴に嵌り木の杭に貫かれ。悲痛な叫びを周囲に響かせた。
そこへ追い込むこと自体が、指揮所側の計算だったのだ。
『全部やったか?』
『まだ生きてるのがいるけど』
『そこのマジュツシだけ止めを刺して、残りはほっとけ。次だ次』
『嬢ちゃんから指示来たぞ、このまま進む』
『あいよー』
『おうさ』
コボルド達は地面に横たわり呻き続けている魔術師へ槍を突き立てると。
次の標的へ向け、足早に移動を始めた。
◆
その冒険者の一団は、運良くリーダーの女剣士を中心にパーティーメンバーのほとんどと集合することに成功していた。
しばらく進んだところで、彼女等は別の集団と遭遇。合流して事態に対応することで、合意する。
「うちはアントンが見当たらん。罠がどこにあるか分からんから、迂闊に探しに行けん。そっちはどうだ」
「こっちもフィランダーとシルヴェスターがはぐれたままなのよ」
「ギルド長は見なかったか? アシュクロフトの童顔野郎でもいい」
「駄目ね。あの混乱でバラバラになったきり」
リーダー同士が額を合わせ、現状を報告し合う。
そして互いに周囲を見渡すと、やはり確認した通りの状況であることを再認識し、示し合わせたように溜息をついた。
「村へは、このまま進めばいい、もう大分近付いてるって話だったよな」
「そのはずだけど」
「いっそ、先行して村を叩きに行くか。ギルド長も言っていたが、とにかく連中は村を守るために我々を森へ引きずり込んだんだ。火を放てば、コボルド達も浮足立つだろう」
提案を受けた側は、「ふぬー」と唸って少し考え込む仕草を見せたが。
来た方向を振り返って目を細めると、その言に同意を示した。
「その方が良さそうね。戻っても罠が多すぎて移動出来ないもの。それより犬の巣を叩いて森から誘い出したほうが、結果的にウチの奴等を救うことになりそうだし」
実力で集団を率いるリーダーだけあって、流石に二人は他のメンバー以上に落ち着きを取り戻している様子だ。
彼等は一際背の高い木を見つけると、メンバーの中で身軽な者にそれを登らせ、村のある草地の方向と距離を測る。シリルからの情報で目印とあった双子岩の存在もあり、それは比較的容易に確認できた。
そして直ぐ様、コボルドの村へ向かうために移動を開始する。
10名程となったその集団で、罠に注意しながら森の中を進む。
途中二個ほど罠を回避した彼等は、ほどなくして細長く開けた場所へと出た。
「急に歩きやすくなったわね」
「見ろ、切り株だらけだ。どうやら犬共が材木を採った場所のようだな」
見ると、切った丸太が積まれているものもある。おそらくは、一時置き場だろう。
「そうすると、村へ木を運ぶ道があるはずよ。それを辿れば、後は容易いわ」
女リーダーの一人が発した言葉に一同が頷いたその時。
彼等は、全く予想をしていなかった音を耳にしたのである。
ロウ……アア……イイ……
「【詠唱】音? 近くに魔術師が……」
『てーーーっ!』
バシュウ!
空気を切り裂きながら、雷鎚に似た鋭い音を立てたものが女リーダーの頭部に命中した。魔素の奔流である。
側頭部に着弾したそれは頭骨に沿って湾曲、拡散していったが。その衝撃は彼女自体を跳ね飛ばすに十分であった。
「なっ、何だ!?」
ロウ……
事態は飲み込めないが、それが敵の攻撃であることと、第二射が迫っているのは明らかである。
冒険者達は素早く周囲を見回すと、丸太が積まれた陰へと飛び込んだ。
アア……イイ……
全員が身を隠すと、追撃は無かった。対象を見失ったため、予詠唱(プレキャスト)の状態で射撃を中断しているのだろう。
女リーダーが受けた攻撃と丸太の防御角度から敵の位置を推察した一人が、一瞬だけ顔を出して状況を確認する。
彼が頭を引っ込めるのと同時に、飛来した魔素が丸太の角を小さく吹き飛ばした。
「あっちの方角で犬共がバリケードを作って、それ越しに【マジック・ボルト】を撃ってきてる……魔杖だ!」
「クソ、きっと前の戦闘で鹵獲した奴だな」
「連中についたヒューマンが使い方を教えやがったんだ!」
話している間にも、次の射撃が丸太に突き刺さる。
その音に思わず一同は首をすぼめた。
『落ち着け、もっとよく狙え』
『すまねえ、レッドアイ』
『魔素を消耗して疲れたら、早めに交代しろ。魔杖も熱を帯びすぎる前に水を掛けて冷やすんだ』
視界の外から、コボルド達が掛け合う声が聴こえる。
「お前んトコのリーダーはどうだ?」
「あれから全く動かない、分からん!」
「このままじゃダメだ。俺が迂回して斬り込んでくる!」
一人の斧使いが素早く飛び出す。【マジック・ボルト】に肩当てを吹き飛ばされつつ、木々の密集した両脇の藪、その片方へと飛び込んだ。
これで木々により射線は遮られ、彼の突入でコボルドの防御陣地は崩壊するだろう。
だが、すぐに茂みの向こうから斧使いの苦悶の叫びが届き。
彼が何かしらの罠に嵌ったことを他のメンバーに知らせたのであった。
「畜生! 側面は罠で固めてるのかよ! バリケードといい、切り倒した木といい、連中、始めからここで待ち伏せるつもりだったんだ!」
……待ち伏せ。
そう、その言葉が出た時、残ったリーダーの頭に疑念が浮かんだ。
魔杖の射角が確保しやすいように。障害物が少ないように。木を切り倒してこの空間を確保したのだろう。理には、適っている。
両脇の森に罠を多数仕掛けることで迂回攻撃と意欲を削ぐ意図も分かる、分かるのだが。
「……何故、防壁になるような丸太を残しておいた……?」
はっとした彼が顔を向けると、その先、太い樹の上には魔杖を構えたコボルド達の別集団。
リーダーが「まずい」と口を開くのと、樹上の魔杖持ちが【詠唱】を開始するのはほぼ同時であった。
慌てて立ち上がったリーダーの首に、レッドアイが指揮する魔杖班の【マジック・ボルト】が突き刺さる。
続いて樹上の魔杖から放たれた魔術が、別のメンバーの腹を貫いた。
彼等は、コボルドが用意した十字射線にまんまと誘い込まれていたのだ。
結果、10名近くいたこの集団はさらに4名を射殺され、2名が罠にかかり戦闘不能に。
残った2名だけが。いまだ魔獣が猛る領域へと、ほうほうの体で逃げ戻ったのである。
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