85:手練

85:手練


 枯れ川へと向かうガイウスの行く手は、すぐに冒険者達によって塞がれた。

 近接戦闘を避けて彼を矢と魔術の十字射撃へと追い込んだ包囲が。直線的な移動へと変化した標的を押さえるため、その輪を閉じにかかったのだ。

 剣、槍、斧。様々な武器を携えた戦士の群れが、視界に入る。

 中でも六名ほどの冒険者が、集団の最前面に位置してガイウスへ迫っていた。

 いや、どちらかというと。他の者達がその六人に遠慮をするかのように、距離を置いて追随していると形容する方が正しいだろうか。


 ガイウスを半包囲するように。

 その者達が冒険者を後背に置いて、立ち塞がる。


「聞いたぞ。貴様が【イグリスの黒薔薇】か」


 シュコー、シュコーと。顔全てを覆うバケツ型兜、所謂グレート・ヘルムから呼気を音立てつつ。男の一人が尋ねた。


「ホーマーだ……」

「狂牛ホーマーだ!」


 他の冒険者達から、どよめきが上がる。実際、それは二つ名に違わぬ貫禄と言えただろう。

 身につけているのは、厚く重い全身鎧。恐らく魔術支援も受けているのだろうが、その肉体の頑強さは背丈と横幅から容易に推察出来る。手に携えた戦槌(ウォー・ハンマー)の巨大さも、その膂力を伺わせていた。


「そう呼ばれていたこともある。中年には酷な渾名さ」

「フン。我はホーマー。貴様をこれから叩き殺す男だ」


 狂牛はくぐもった声で告げると、戦槌の持ち手を上に、槌頭を下へ向けた。【防壁の構え】である。

 その名とは裏腹に、猪武者ではない。


「俺様が豪槍無頼のダイオニシアスよ! ギルド一の使い手さ!」


 割り込むように名乗りを上げたのは、赤毛を総髪に纏めた優男。

 牛の舌を連想させる大きな穂先を備えた槍、オックス・タンジェを手に持つ。


「俺は死神鎌のスパイク! スパイク=ファイアだ!」


 続いては、くすんだ金の長髪男。珍しい大鎌使いのようだ。名は、恐らく偽名だろう。

 下段構えとも呼ばれる【梯子の構え】にてガイウスに対峙する。


「流星のメリンダとはアタシのこと!」


 褐色の肌が艶めかしい女冒険者は、これまた風変わりな二刀フレイル。

 フレイルというのは柄と打撃部分を鎖で繋いだ連接棍棒の一種で、起源は農具にある。

 彼女が持っているのはホースマンズ・フレイルという騎乗用に特に短く作られたものであった。


「あー、俺はチャス……ただのチャスだ」


 決まりが悪そうに名乗ったのは、枯れ川でガイウスの攻撃を受け流した男である。

 ぼさぼさの黒髪と冴えない風貌の冒険者だが、先の防御だけでも彼の実力は確実に保証されていた。

 武器は恐らく他の者から借りたであろう、何の変哲も無いロング・ソード。

 だが、その挙動からガイウスは察していた。

 これは、人を斬り続けてきた男だ。


「……マシュー。ギルドの奴等は、皆殺しのマシューと呼ぶ」


 最後に口を開いたのは、六人の中でも一際異彩を放っていた人物。篭手以外に防具は付けていない。ただのズボンに、上半身は裸である。

 だが身の丈は十尺(3メートル)程もあり、その強健さも、おそらくガイウスすら大きく上回るだろう。

 手に携えるのは、トゥ・ハンド・ソードと呼ばれる長さ六尺(180センチ)を越す大剣。彼はそれをまるで、片手剣のように携えていた。


「珍しいな……純オーガか」


 その武威に、ガイウスが感嘆の声を漏らす。

 鬼族とも呼ばれるオーガ族は、その巨躯と武勇で大陸に名を馳せているのだ。


「姫の外遊に随行して西方諸国群を訪れた際、オーガの国の武官と交流を持ったことがある。腕前も、立ち振舞いも、まさに武士(もののふ)と形容すべき男であった」

「オレは生まれも育ちも南方諸国群、イグリス王国民だ。オーガの国とやらに行ったことは、無い」


 忌々しげに。吐き捨てるようにマシューは言った。

 その言葉の裏には、彼が歩んできた複雑で苦い人生があるのだろう。


「お前もトロルの混血と聞く。苦労したのだろうが、それもここで終わりだ」

「いや、別に? 私の周囲には優しい人が多かったからね」

「そうか。ならば死ね」


 上段に高く剣を掲げた【屋根の構え】だ。あの身体で振り下ろす刃は、どれほどの破壊力を持つことか。


『おい木偶の坊、何だか雰囲気の違う連中が出て来たな』

「ええ、厄介です。六人の内、四人は【本物】だ」


 背中からの長老の声に答えたガイウスはゆっくりと一呼吸置くと、姿勢を正して敵を見回した。


「では、こちらも改めて名乗ろう。我が名はガイウス。コボルド王国国王、ガイウス=ベルダラスである」


 重く響く、厳かな声である。

 手練達の背後に控えた冒険者達が、その威容に気圧され、小さく呻いた。


「ブ、ブハハハハ!? 国王!? コボルド? おい、犬か? 犬の王様か? わんわん!? わんわん、わおーん?」


 包囲の端に立つスパイク=ファイアが構えを崩し、指さしてガイウスを嗤う。


「おいこらオヤジ、【イグリスの黒薔薇】とか大層な名前をほざいておいて、こんなド田舎でお山の大将気取ってんのかよ!?」


 その隙だけで十分であった。

 言い終えると同時にスパイクの首は飛ばされ。離れた枝の葉を揺らしたきり、落ちてこなかったのだ。

 生き延びた者は後に、それは烈風が吹き付けたかのようであった、と語っている。


 瞬く間にスパイクへと距離を詰め仕留めた【イグリスの黒薔薇】の力量に対し、残った者はその評価を上方修正せざるを得ない。

 反応しなかった訳ではない。動いてはいる。いるのだが、ガイウスの攻撃に隙を見出すことが出来なかったのだ。


 ぐふうぅ。


 ガイウスが、彼等の視界内で低く荒い息を吐く。

 そして冒険者達は見たのだ。【イグリスの黒薔薇】が大きく歯を剥いて笑うのを。


「さあ、名乗りは済んだだろう。参れ」


 ……いや、違う。そうではない。

 笑っているのでは、ない。


 あれは、獅子が牙を剥いているのだ。

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