79:斬り込み

79:斬り込み


 枯れ川が曲線を描き、木々で視線が途切れている向こう側からその者は現れた。

 肩口に斧を担いだ、ひどく大柄な男だ。荷物を積んだ馬を伴い小走りに近付いて来る様は、あたかも樵が仕事道具を運んでいるかのようにも思える。


 だが違う。


 彼が担いでいるのは樵斧ではなく、戦斧だ。それも常人なら両手で持つ型の。

 しかも男はそれを、まるで伝承の未開者(サーヴェイジ)の如く一本ずつ諸手に携えている。

 そんな樵が居るものか。


「セッ、セリグマンッ! 奴だ! 奴がこっちに現れたぞ! ベルダラスだ!」


 本隊列先頭付近にいた騎士ハンフリーズが振り返り、叫ぶ。

 彼は負傷療養中のマクアードルと同様に、ワイアットに盗賊を引き渡したガイウスと会っているのだ。


「弓兵! クロスボウ! 魔術師! 展開しろ!」


 ハンフリーズが冒険者達へ号令をかける。

 ガイウスの技量を考えれば射撃で対応するのが望ましい。それはワイアットから各騎士へ指示済みの事項であった。

 大軍の会戦であれば、魔法使い・魔術師の集団運用による矢除けのような対長距離攻撃防御も考慮に入れるべきだろうが、この規模、距離ならそういった邪魔も入らない。

 まして相手は視線の通った枯れ川上流から現れたのであり、標的以外の何物でもないのだ。


「この人数相手に何故正面から……」


 疑問はある、だが撃たぬ道理はない。

 弓もクロスボウも魔術も、間隔の違いこそあれ二射目には時間を要する。だから直射の場合、狙いがつく距離まで引きつけるのが定石であり正解であった。

 そのために右手を上げ、射撃準備を指示するハンフリーズ。そして背後の状況を確認するために、軽く振り返ったのだが。


(展開が遅い!?)


 行軍上仕方のないことではある。あるが。現在の冒険者達は、長く伸びた列。言うなれば長蛇の陣であった。

 枯れ川はその列が広がるには狭すぎ、回転させる余地も無い。そして長く伸びた列の人員はそのまま、射撃の障害となる壁となったのだ。

 結果、対応出来た弓と魔術師は最前部のごく少数だけ。

 ガイウスはそこを目掛けて、猛然と駆け出して来たのである。

 まるで童子が競走でもするかのような全力疾走の仕草であり、何も知らぬ者の瞳には些か滑稽に写っただろう。

 だが、迎え撃つ者にとってそれが却って恐怖を煽ったのだ。


「う、撃て! 撃てぇっ! 近づけるなッ!」


 ハンフリーズが上ずった声で叫ぶ。後方の者達が準備を終えるのを待つことなど出来ない。もう、各個に撃たせるしかなかった。

 射撃体勢に入るのが早かった弓使い達からは矢が、そして既に魔素の練り上げを終えていた魔術師からは【マジック・ボルト】が放たれる。


 空気を裂く数種類の音が、迫り来る標的目掛けて飛ぶ。しかし男の身体へは命中しない。

 ガイウスの前に走り込んできた馬が射線を遮り、その身体を盾にして主人を守ったのである。

 矢が馬の肩先に突き刺さり、クロスボウのボルトが頸を抉る。そして魔素の迸りが、顔の左側を吹き飛ばした。

 だがその足は止まらない。頭部の三分の一を失っても、なおその馬体は主を守りながら走り続けているのだ。


「ゴーレム馬!?」


 王侯貴族が、自らの裕福さや地位を誇示するために他の地方から輸入したゴーレムの馬を用いる場合はある。

 ハンフリーズも、主君であるケイリーの館に飾られた銅のゴーレム馬を見たことがあるし、上司のワイアットからも、鉄の馬に乗る敵軍の王族の話を聞かされたことがあった。

 だが戦場で盾として用いた例は、見聞きが無い。


 一瞬でも、のうのうと現れた敵を侮ったことをハンフリーズは後悔した。

 無策なものか。あれは、理詰めの行動だったのである。

 ガイウス=ベルダラスは、陣の最も迎撃されにくい方向から、矢や術より身を守る盾を用意して接近を図り、そして今まさに斬り込もうとしているのだ。


 装填の著しく遅いクロスボウなど問題外。

 魔術師はたった今自失から立ち直り、魔素の練り上げを始めたところだ。矢はそれより早いようだが、狙いをつける頃はあの男の息がかかる距離だろう。

 そして真っ先に狙われるのは誰か。


(ああ、畜生、畜生! 俺はたった今手を上げて「私は指揮しています」と宣伝したばかりじゃないか!)


 柄に手をかける。

 間に合わない。

 迫る猛獣の目が、「遅いな」と語るようであった。


 近付く。近付いて来る。もうすぐそこだ。

 前に居る冒険者が横へ転がって緊急の回避をする。

 ああ、俺もそうすればよかった。お前は賢いな。

 そう思う間に、半壊した馬の頭が……ぶつからない。

 避けた? 外れた? 助かった? いやそんな訳はない。

 だってほら見ろ、奴が斧を振りか



 騎士の身体を蹴り飛ばし頭から刃を引き抜くと、ガイウスは身体を回転させて傍らの魔術師の首を跳ねた。

 次いでもう片方の斧で弓使いの右腕を切断し、さらに目前にいた剣士へと一撃を下ろす。だがこれは相手の必死の防御により力を逸らされて回避される。剣を犠牲にしながらもこの剛斧を防ぐ達者が埋もれているあたり、やはり冒険者という人種は多種多様な層が流れつく吹き溜まりであると窺い知ることが出来るだろう。

 ほう、と感嘆の声を短く上げながらガイウスは態勢を立て直し。足を止めずに駆け続けるゴーレム馬の後を追うことに切り替えた。

 打撃を受けた先頭集団は混乱の極みにあり、僅かな時間ではあるが追駆は出来ないはずである。


 ガイウスはすぐにマイリー号に追いつくと、敢えて列の中に飛び込んで再び斧を振り回した。

 無秩序に思えるが、明確に選別した攻撃である。

 遠距離攻撃が可能な人物……弓使いや魔杖持ち、特に魔術師を狙ってその刃を振りかざす。

 一振り毎に腕や首が宙を舞い、列は地獄絵図と化した。

 生き残った者は後に「170名尽くが彼一人に討ち取られるという、深刻な錯覚に陥った」と語っている。

 それほどの蛮勇と惨状であった。


 だが無論、ガイウスは神話に記されるような不死身の存在ではない。

 彼が10名強を戦闘不能、もしくは冥府へと叩き込む間に、既にその身体は四度の攻撃を受けていた。

 二度は威力が伴わぬ故に敢えて装甲着(コートオブプレート)で受けたが、残り二回は彼の回避を越えて届いたものである。

 レザーアーマーごと二の腕の肉を裂いた斬撃と、頬を薄く削いだ刺突はそれなりの手練から打ち込まれていたのだ。


(これ以上留まるのはまずいな)


 ガイウスが思った矢先。迎撃のために振るった斧を敵の胸甲に食い込ませてしまう。

 相手の肉と金属に食い込んで戦斧が抜けにくくなったのを瞬時に悟ったガイウスは、躊躇なく得物から手を離し、放棄した。


「マイリー! 行くぞ!」


 そして愛馬に声をかけると、周囲の冒険者を文字通り蹴散らしながら森へと逃げ込んだのである。



 木々の間を、走る、走る。

 まっすぐではなく、ジグザクに走ることで射撃の狙いを躱す。

 放たれた矢が、音を上げて耳元を掠めた。


 だが、全力で逃げる訳にはいかない。

 作戦の内容上も、そして村を守るという目的上も。

 ガイウスは今少し枯れ川の辺りで敵を引きつけ、足止めせねばならないのだ。


『おーこわ! おーーーーこわっ! こっわー!』


 背嚢からひょっこりと顔を出した長老が、目を白黒させつつ叫んだ。


「大丈夫ですかな、御老体」


 駆けながら、ガイウスが尋ねる。


『お前さん、いつもあんなことやっとるんか!?』

「いや、いつもという訳では……流石に死にますので」

『じゃろうなー』


 じゃろ『う』の辺りで近くの木に【マジック・ボルト】が着弾し、老コボルドは『ふひっ』と興奮した声を上げた。


『実はな、木偶の坊! さっきの斬り込みの時、ちょっとびっくらこいて小便チビってしまったんじゃ! 許せよ!』


 多少の照れを含みながら、老人が謝罪する。


「はっはっは。なになに、初陣の新兵に粗相はつきものです。お気になさらずに」


 それを笑い飛ばしながら、ガイウスはマイリー号を並走させ。その背に載せた武器群からウォー・ピックを一本抜き取った。

 先程失った戦斧の代わりとして、再び両手に武器を携えた形だ。


「かく言う私も、初陣では敵騎兵の突撃を受けましてな。恐ろしさの余り、糞を漏らしたものです。ははは」

『えー!? クソを漏らすのは流石にどうかと思うがのーぅ?』

「なん……ですと……」

『……』

「……」

『「はっはっは!」』


 心底、愉快そうに笑う。


『ほれデカブツ! 霊話来たぞい! 足の速い奴が5名、先へ回り込んで行く手を塞ぐ気じゃ! 心せい!』

「承知! 押し通りますぞ!」


 二人の男が視線を前方へ向ける。

 その斜め前方、木々の向こうには。情報通り、獲物の姿が見えつつあった。

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