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「ドーソンがやられました!」
騎士ハンフリーズからの叫びに近い報告を受けながら。ギルド長ワイアットは、足を止めた列を掻き分けるように遡っていく。
彼が現場に到達した頃には、ドーソンが纏めていた中後尾の冒険者達はほとんどが森へと誘い込まれており、その人数は80名以上にも及ぶと思われた。
重装者や魔術師、弓使いといった者まで追撃に加わったのは、先日の反省を活かしワイアットが編成に一工夫入れたのが裏目に出たのかも知れない。
前回の戦いで指揮範囲から外れた者達が瞬く間に有象無象と化した失敗を考慮し、ワイアットは冒険者達の【パーティー】を活用することにしたのだ。
【パーティー】とは冒険者が組むチームの俗称である。信頼と連携の関係により概ねそのメンバーは固定されることが多く、一つの小さな共同体とも言えた。
冒険者同士は基本的に半目し合う商売敵だが、【パーティー】のメンバーは文字通り仲間であり、そのリーダーは自己の集団に対しての理解と統率力を発揮する指揮官なのだ。
その特性に目をつけたワイアットは、弓や魔術師といった支援役と白兵担当が混在する不利益を甘受してでも、戦力と判断力を備えた最小集団を構成することを重視したのである。
彼の案は言うなれば散兵や小隊編成に通じるものであり、密集あるいは整列して戦闘に臨む従来の戦争とは違った考えで、現実と巧妙に妥協した発想であった。
だがこの場合この局面においてのみは、それが真逆に働いたのだ。失策というよりは、不運と形容すべきだろう。
顔の下半分を鷲掴みするような仕草で考え込むワイアット。彼は五年戦争の昔から、視界を優先して兜を被らない主義であった。危険だが、彼なりの考えである。
負傷者の応急手当を行う治療術師や冒険者を眺めながら短い間思考を巡らせていたが、すぐに考えを纏めると。残った四人の騎士、セリグマン、アシュクロフト、ハンフリーズ、ヒートリーを呼び寄せた。
「セリグマン、ハンフリーズ。お前達は残った連中から170名を本隊として率い、このまま枯れ川を進んでコボルドの村へ行け。情報によれば道は平坦だ。行軍は難しくないだろう。再び森へ引き込む策を打ってくるだろうから、その制御にだけは気をつけろ。到着次第村を攻撃して構わん。私とアシュクロフトは30名を連れ誘導に乗った連中を追い、再編をかけて森から村を目指す。ヒートリーにも30残しておく。この場を基点としてドーソンの代わりに後衛を務めろ。連絡の中継、負傷者の収容と手当を行うのだ」
騎士達が頷く。
「コボルド側の狙いが、森に入った連中の各個撃破であることは明白だ。つまりそれは、奴等が誘導する先にガイウス=ベルダラスが待ち構えている可能性が高いということ。あの男と黒髪の女剣士以外は、我々の敵ではないからな」
ベルダラスの名が出たことで、騎士達の表情が真剣さを増した。
「重ねて言うが、最優先目標はあのベルダラスだ。奴の息の根を止めねば、ケイリー様の計画は水泡と化す。我等の栄達なぞ夢のまた夢だ」
「奴が村を捨てて逃げる可能性はありませんか」
若さを隠すため、顎に髭を蓄えたアシュクロフトが小さく挙手をしながら上司に問う。
「無い。皆無だ」
「何か戦略的な理由でしょうか」
「いや、私の勘だ」
「勘ですか」
「だが、吐いた唾が地面を濡らすのと同程度には確信を持っている。奴はあの犬共を見捨てられん。そういう男だ。それ故に、我々が村を攻撃するのも看過出来んのだよ」
一息ついて。
「だから現状を鑑みて作戦を変える。本隊と私の別働隊で二手から村を攻めるのだ。奴がどちらに現れようと現れまいと、どこに潜もうと、どんな策を用意していようと。村に攻め手が迫れば姿を現し、戻らざるを得ないのだからな」
村を滅ぼすことに関しては、ガイウスに対するワイアットの個人的な感情が多分に含まれている。
だがそれは部下達の知るところではなく、そして新作戦は概ね理に適っていたため部下達は皆、納得した。
騎士の数からいってこれ以上複雑な戦術は取れないし、全軍で枯れ川を抜け村のある草原に着いてから展開する当初の案に固執すれば、森に誘い込まれた80名余りが尽く各個撃破されるか、よくて遊兵になるだけなのだ。
森に入ることも想定していたワイアットが【大森林】に慣れたレンジャーや採取人、狩人を雇い入れておいたことも肯定材料であった。
「ヒューバートの取り巻きが今回も参加しているだろう。奴等も私の方に回せ。前回の抜け道を覚えているはずだ。それから」
「アイツですね」
セリグマンが声をかけると、列の中から手枷を嵌められた一人の男が押し出された。
腰には縄もつけられ、さながら罪人の様相である。
「シリル、お前にも働いてもらうぞ。ヒューバートのように私を始末出来るとは、思わぬことだ」
ワイアットの眼光に射すくめられ。元狩人はその身を震わせながら必死に頷くのであった。
◆
かくして冒険者側の攻め手は二分された。
ただ、分割したといってもその戦力はそれぞれがコボルド側を遥かに上回り、単独で容易に全軍を駆逐せしめるに十分な能力を保持している。
むしろ展開する空間から考慮すれば、分けた方が遊兵を作らず効率的と言えるだろう。相手は少数かつ非力であり、層の厚みを作る必要も無いのだ。
よって備えるべきは更なる奇襲と、それによる誘導なのである。あるいは前回の戦いのように、弓による攻撃も有るか。
注意は側面の森。用心は死角からの急襲。
だから本隊を指揮するセリグマンやハンフリーズは。
正面からあの男がノコノコと現れた時、些か以上の驚きを持って反応せざるを得なかったのである。
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