75:青い者達
75:青い者達
『おじちゃんはおかあさんとちがって、いなくなったりしないよね? ね? ぼくいやだよ? いやだよ?』
足にしがみつくフラッフへ、ガイウスは「勿論だとも」と穏やかな声で答え。綿毛のようなその頭を、優しく撫でた。
「ブロッサム、フラッフを連れてレッドアイの家へ行きなさい。奥方のよく言うことを聞いて、皆と一緒に避難するのだよ」
『わたしがもうすこしおおきければ、おじさまといっしょにたたかえたのに』
「それにはまだ早いな。さあ、頼んだよ」
ブロッサムは渋々頷き、歯と爪を立ててガイウスの足に縋るフラッフを引き剥がして家から出ていく。
玄関先で二人を見送るガイウスの視界内では、まだ日も昇らぬ中で、国中の非戦闘員が同様に避難を始めていた。
皆、一様に出立する父や息子と別れを惜しんでいる。
ガイウスとて何度も見た光景だが、幾度目にしようと気分の良いものではない。
だが、これで最後にする訳にはいかないのだ。
◆
「オッサン、何してるんだ?」
皆が戦支度を整える中。マイリー号の脇で作業しているガイウスの背中に、エモンが声をかける。
「今回はかなりの数と斬り結ぶことになるだろう。武器は、色んなきっかけで駄目になってしまうからな。予備をマイリー号に載せておくのだ。それに……魔術や矢は、怖い」
エモンが観察し直すと。ゴーレム馬の身体には、まるで根菜を縄で編んだかのように武具が何本も掛けられていた。斧、槍、フォセといったガイウスの持ち物だ。
見ようによっては、馬体の脇腹を守る装甲に見えなくもない。
「武器を吊るして馬鎧の代わりにするのか」
「んー、そうだな、それに近い」
「でもこれだとオッサン乗れないだろ?」
「乗らんよ。マイリーには一緒に付いてきてもらう。まあ荷物持ち兼、盾だな」
ふーん、と生返事をしながら首を傾げるエモンであったが。
「あーあ、俺もオッサンの隊だったら良かったのに」
「何を言う。君は君で役割があるだろう」
エモンの配置は、指揮所の警護だ。
作戦上求められる森での走破性と瞬発力がコボルド程にはないというのもあるが、実はガイウスがサーシャリアに強く推していたのである。
「分かってるさ。そりゃあ、な」
だが少年からすれば、適正ではなく自らの未熟故に前線を外されたという感覚があるのだろう。
以前の彼なら、もっと我儘を言っていたはずだ。そうでないのは、彼が何かを学びつつある証左であった。
「エモンよ」
「なんだい」
「守りは君に任せる。その身に代えても、絶対に守り抜け」
敵が防衛線を抜けてくる可能性や、用兵上の問題、適性による配置……そういった事柄についてガイウスは敢えて多くを語らなかった。説かなかった。それだけで十分であった。
「お、おうよ! 俺に任せておけ! 指揮所のおばさん達にも、サーシャリアにも、指一本触れさせやしねえよ!」
「頼んだぞ」
最後の武器を固定し終えたガイウスがエモンの肩を軽く叩く。
そして彼は、自らと組む霊話兵を迎えに指揮所へと向かうのであった。
◆
『ぅ隊長どのぉうッ!』
「ん?」
あまり聞きなれぬ声に呼び止められ、ダークは足を止めた。
振り返るとそこには、青い毛皮をしたコボルドが見よう見まねの敬礼をして立っている。
『私もぅ、ダーク殿の攻撃隊に加えていただきたくッ! お願いに上がりましたアァ!』
「陣立てはデナン嬢から割り振られているはず。勝手に原隊を離れるのは感心しないでありますな」
『私は、閣下が組んだ編成には入っておりませんッ!』
「はて?」
首を傾げたダークであったが、すぐに理由を察した。
この青色のコボルドは、若過ぎるのである。
「お前、歳は?」
『先日成人したばかりですッ!』
「嘘をつくな。この間までチビ共と一緒にガイウス殿に群がっていたガキでありましょうに」
人間に換算すれば14、5歳程度になるのだろうか。はっきりとしたことは分からないが、まだ少年と言える年齢であることは、確かだ。
だが発育はよく、そこらの大人よりも体格は立派であった。ダークもこの村に来る前ならば、判断はつかなかっただろう。
『現状ッ! 一兵でもッ! 多くの人員が必要だとうぉもいます!』
「……何でそんなに暑苦しいんでありますか、お前」
『将軍から! 字を教えていただいてッ! ぅお持ちの教本や書物も読ませてもらいましたので! その影響かとッ!』
「勉強熱心な奴だナー」
『鍛錬にも精進しておりました故ッ! 足手纏いには成りませんので、何卒、何卒ォォ!』
確かにガイウスの武芸教室でも、この少年は非常に真摯に取り組んでいたのをダークは記憶していた。
その辺の大人よりも、腕は立つかも知れない。
しかし若い。エモンも少年ではあるが、これはコボルド基準でも若過ぎるだろう。
「……歳を誤魔化す馬鹿は、何処にでも居るモンでありますなあ……ま、自分の場合は逆でしたが……」
一人呟き、苦笑いして後頭部を掻くダーク。
だがすぐにその手を止めると、いつもとは違う真剣な表情を見せ。
「王はお前達を守るために戦うのだぞ!? それを知っても、理解しても、王の意向を蔑ろにして不興を買うと分かっても! それでもなお、お前は戦いに加わると言うのか!」
『左様でございますッ!』
「いいだろう! 隊に加わることを許す!」
『うぅありがとうございまああすッ!』
ダークはマントの中から鞘に入った短剣を一本取り出すと、不意に青いコボルドへ放り投げた。
彼は動じること無くそれを掴み、受け取る。
「貴様、名前は!」
『ブルーゲイルですッ!』
「よし、ブルーゲイル!」
ダークはそこで踵を返すと、再び歩き始める。
ブルーゲイルが、その後をピョコピョコと付いていく。
「……ガイウス殿には後で一緒に怒られてやるであります! だからそれまで、死ぬのは許可しない!」
『かッしこまりましたあッー!』
その声を背に。
いつもとは違う笑みを浮かべながら、ダークは足を進めるのであった。
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