74:接近
74:接近
《発:外縁2番 宛:指揮所……敵 発見 多数》
《発:枯れ川入り口 宛:指揮所……敵 接近 戦士 数 300 以上》
《発:枯れ川2番 宛:指揮所……敵 移動 枯れ川 上り》
《発:枯れ川入り口 宛:指揮所……一部 残留》
《発:枯れ川1番 宛:指揮所……枯れ川 1番 追跡 開始》
《発:指揮所 宛:偵察2番3番……追跡 敵 報告》
見張りからの報告で王国は慌ただしくなりはしたものの、騒然とはならなかった。
皆、次も必ず来るものと覚悟し備えていたのもあるが、霊話により早期情報共有と余裕をもった対応を可能にしていたからである。
『敵の戦闘人員は300から350程度とのこと。他に荷物運びの馬車や人員も。一部は入り口でキャンプを張りましたが……ほとんどは枯れ川を、足を止めずに進んでいるそうです』
霊話の内容を整理して、ホッピンラビットが報告する。
サーシャリアは「ありがとう」とそれに応じると、大地図へと視線を戻した。
「そのまま森に入ったのね」
先日広場の一角に作られた指揮所は、屋根と木床だけの簡素な作りである。
だがこここそが国防の要であり、希望の剣であった。
そこに、ガイウスやダーク、エモン。そして戦士達が集まって軍議を開いているのだ。
『このまま一気に村まで来るのか』
主婦連合の邪魔にならぬ位置に座っていたレイングラスが、問いかける。
「いえ、入り口で野営をしなかったということは……ある程度の危険を承知で、森に入ってから一晩過ごすつもりなのでしょう。このまま進めば日も暮れますし、夜闇はヒューマンに味方しません。ましてや森の中で夜戦など、絶対に避けるはずです」
『じゃあ、寝ているところを叩くかい』
「そうしたいのは山々ですが、恐らく敵もそれは十分に警戒し、対策をとってのことでしょう。寡兵で斬り込むことにもなりますし、仕掛けも使えません。今回は無しですね」
今回は、という部分に、レイングラスが頬を緩める。
この新米将軍は勝つつもりなのだ。勝って、次も戦うと決めているのである。
「ですが、大人しく寝かせてやることもないでしょう……レイングラスさん」
『おう』
「攻撃隊から兵を五名選別して、真夜中に二回、明け方前に一回襲撃を掛けて下さい。ただし絶対に近接戦闘は避けるように。篝火を焚き、さらに兵を伏せているでしょうから、近付くのも注意して下さい」
『隙があったら斬ってもいいかい』
「ダ・メ・で・す。弓を適当に射掛ける程度で十分かと。あとは奇声でも上げて夜襲と勘違いでもさせて下さい。要は、ぐっすり眠らせたくないだけですから」
『確かに奇声を発するなら、レイングラスは適任だな』
レッドアイの言葉に、コボルド達がどっと沸く。
『お前ら、戦が終わったら覚えてろよ!』
拳を振り上げて息巻くレイングラス。ガイウスはそれを両手で抱きかかえると、膝の上に乗せて取り押さえ、くすぐり始める。
『ウェウフフフフーハハハヒヒヒ』
身を捩りながら彼が上げたのは、やはり奇声であった。
それを見た一同から、再び笑い声が上がる。
「軍議が終わり次第レイングラスさん達は、休息を取っておいて下さい。夜襲を終えた後も速やかに下がって小休止を入れてもらいます」
『ウエヒヒヒイわかハヘハハハ』
「今回の相手は大人数かつ荷駄も連れています。奇襲を警戒し進軍速度はかなり遅い様子なので、戦端が開かれるのは明日の昼前になるでしょう」
頷く一同。
『ウヘハハハフウーン』
「ガイウス様、レイングラスさん。ちょっと静かにして下さい!」
「『ごめんなさい』」
「……さて、陣立ては先日説明しておいた通りです」
すぐさまラビが地図上に石を並べ始め、それに合わせてサーシャリアが編成を読み上げていく。
戦力は大きく分けて、枯れ川を上ってくる敵を食い止めるガイウスの隊、腕利きを集めたダークの攻撃隊、森の中で敵を迎え撃つコボルド隊に分けられた。
コボルド隊はさらに細分化されて班が構成されており、それぞれにリーダーと霊話兵が割り当てられている。
「敵の動きは逐一報告が入っていますので、急襲の心配はありません。明日は忙しくなるので、各人早めに休息を取っておいて下さい。度が過ぎなければ飲酒も認めます。集合は明け方前。それでは、解散」
はーい、と返事をしてコボルド達が帰っていく。
『寝る前にウチにどうだ? 仕込んでた蜂蜜酒がいい頃合いなんで、カミさんが澱引きしてくれたんだ』
『お、いいね。ご相伴になるかな』
『俺んち、こないだ仕込んだのは失敗しちゃったんだよなー』
各人、和気藹々としながらだ。
悲壮感はあまり感じられず、傍目には絶望的な戦力差についても、臆した様子はない。
皆、ガイウスやサーシャリアを信頼しきっているのである。
サーシャリアはそんな彼等の背中をしばらく眺めていたが。
「さてと」と呟くと、ラビと共に地図へと視線を戻すのであった。
◆
女性狩人や、前の戦闘には加わらなかった男子からの志願も多かったため、総兵数は前回よりも大分増えた。
だが偵察と霊話兵にもかなりの人員を割く必要があるため、直接戦闘に回るのはコボルド45名。そこにガイウス、ダーク、エモンを加えた48名が総戦闘員数である。
その後の報告で入ったより詳細な報告では、冒険者側の戦闘人員は約330名。
……48対330。
過去の戦史を紐解けば、その戦力差で敵を退けた事例は幾らでもある。
だがガイウスとダークは腕が立つといえ、コボルド兵45はヒューマンと同等ではないのだ。しかも戦場は、城塞や狭隘な地形ではない。
騎士学校の授業で題材として取り扱えば、出題者は講師としての資質を疑われるであろう。
ふーぅ、と、ゆっくりと息を吐くサーシャリア。
(私が生徒なら、一番に教官へ文句を言ったでしょうね)
ガイウスやダークともよく相談し、策は立てた。自信はある。あると思う。
いや、あるのだ。
霊話の情報共有機構は想定以上に上手く機能している。
寿命の違いから来るのか、コボルド達の習熟はとても早く。心配していた符丁の変換についても、霊話を送受する精神世界では現実よりずっと速やかに処理が行われているらしい。今一理解しがたい感覚ではあるが、その辺りは異種族では体感の及ばぬ事柄なのだろう。
罠は予定をずっと上回る数を設置出来たし、仕掛けも間に合った。狩人達からも捕捉報告を受けている。コボルド達の士気も高い。
(その皆を、自分の作戦と指示で死なせる)
理解と覚悟はしていたが、直面するとまた違うものだ。
(この期に及んで臆しているのは、私だけか)
ガイウスは時々敢えて【王】という言葉を使い、長である自分がやらせているのだと暗に言ってくれている。
その心遣いは分かるし、軍において責任はその長に帰するものだ。サーシャリアではない。それは勿論、彼女も承知の上ではあった。
……だが、それでも。
唇を噛み、二の腕に爪を立てる。
(いえ。だからこそ、最大限有効的に、効率的に使い潰すのよ)
あのコボルド達の命を、人生を。
そしてそれが出来るのは、この状況下ではサーシャリアだけなのである。
彼等の信頼に報いる為にこそ、彼女はコボルド達を消耗するのだ。
(倒してみせる、ガイウス様の、コボルド達の敵)
私はもう、剣を持って走れない。
でも、ここから皆を支えられる。
いいえ、ここからでこそ。私はあの人と並んで立つことが出来るの。
さあ来なさい、【私の敵】。
何百人来ようと、全部打ち破ってみせるわ。
そう。
これこそが。この指揮所が。この盤面が。
ここが、私の戦場よ。
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