72:忘れっぽい人
72:忘れっぽい人
ガイウスという王と、サーシャリアという将軍を得てからのコボルド達の働きは、目覚ましいものがあった。
サーシャリアの指揮の元、防衛体制や対策施設の構築、建築は急ピッチで進んでいたのだ。
コボルドはそれまででも十分に勤労的かつ真摯な者達であったが、精神的支柱が構築されたことで、より一層、その肉体と精神が活性化された感がある。
フォグは事ある毎に『アタシらは犬じゃないよ!』と否定していたが。やはり種族の起こりを考慮すると、狼や犬のような強い社会性、そして主への高い忠誠心があるのだろう。
心なしか体つきまでよくなってきたようにすら見え。サーシャリアがそれを長老に尋ねると、『コボルドは半神の末裔ゆえに、神魂を種全体で分け合っている。集団の状態や精神的なものがその身体へ影響しているのではないか』という仮説が返って来た。が、はっきりとは分からないらしい。
何にせよ。ガイウスの即位がコボルド達に与えた影響は、心理面でも肉体面でも種族としての活力を向上させつつあることは、疑いようもなかったのである。
◆
「ここに、いらっしゃったのですね」
杖をついたサーシャリアが、作業を終え野良着のままで跪いているガイウスの背後へと声を掛けた。
ガイウスの眼前には焼け朽ちた木杭と夕陽に照らされるダガーが一本地面に刺さっており、その手前には数輪の白い花が供えられている。
「そんなに歩いても、大丈夫なのかい」
「ええ。それに、慣れておかないと私自身が今後困りますので」
「……そうか、そうだね」
「そうですよー。頑張らないと! 私、やること、沢山あるんですから!」
サーシャリアは「あはは」と笑って右腕で力こぶを作る仕草を見せた。
「フォグさんに、お花ですか」
「うん。それから、先日の戦いで亡くなった者にも」
サーシャリアが見渡すと。他の焼け杭にも六ヶ所ほど、同様に花が添えられていた。
「スピアーテイルは、弓の上手な男であった。狩りで鹿を射止めるのは、いつも彼だったな。リーフイヤーは笛を吹くのが得意でいつも腰に下げて、休憩の時はよく演奏していた。ダンシングスパイダーは地面に絵を描くのが達者で、子供達からよくせがまれていたなぁ。シッティングベアは茸の生える場所をよーく知っていてね、何度かうちにもおすそ分けしてくれたよ。ブラックスタッグは成人したばかりなのにしっかりした子で、皆をよく手伝っていたんだ。サンドクロウは昼寝が好きな奴でな、天気の良い日は隙あらば狩りの途中でも日向ぼっこをしようとして、レイングラスによく叱られておった。でも力持ちで、他の男衆の倍くらい荷物を運んでいたものさ」
「……よく、ご存知なんですね」
「皆、仲良くしてくれたからね」
とん、とんと地面を突きながら。サーシャリアがゆっくりと、ガイウスの脇に立つ。
「昼寝好きと言えば、昔、スネーク・ブッシュの戦いで死んだ戦友にもそんな奴がいたっけ。ランディ=ハドリーという騎士だったが、よく先輩に叱られていたなぁ」
「スネーク・ブッシュの戦いですか」
スネーク・ブッシュの戦いは、五年戦争の趨勢を決めた大きな戦闘であった。
当時の鉄鎖騎士団も、かなりの損害を出したと聞くし、記録にもそう記されている。
「とても、激しい戦いだったそうですね」
「うん。私の周りでも、騎士兵員合わせて60人近く亡くしたよ……ランディ=ハドリー、ロイ=ホーケン、ソーパー、デクスター、ハリー、コーディ、アスター、ヴィンス、ジェフ=ソザートン、デリック、ダンカン、ドウェイン、ハリー=エリオット、シェリー=エリオット、アール、クラリッサ=ホワイト、ドム、グレアム、ジャイルズ、ジョージ、ジョージ=グリーン、アンドレア、レイ=ウルストンクラフト、グレン=セバリ、ガス=セバリ、レイ=セバリ、アン、クレイヴ、クレア=サムズ、ザック、ギルバード、グレッグ、バクシー、ミッキー、ハル=フーヴァー、ケン、ジェンセン、マロリー、エリック、ハンソン、ロキシー、チャーリー、ラウンド、エレク=キャンベル、ルロイ=オコンネル、ライリー=ヘンダーソン、マーチン、ショーホー、ジャック=カーライル、リチャード、サミュエル、ハンス、ジョン=スタンリー、ダニエル=ホワイト、クリスティアナ、ジェフ=ソーク、クエンティン……良い奴が沢山いたなあ」
遠い目をしながら、スラスラと名前を連ねるガイウス。
若干以上の驚愕をもって、サーシャリアが彼の横顔へ視線を向けた。
「とてもよく、覚えてらっしゃるんですね」
「ん? そうかな」
「……第二次ムーングロー城攻略戦も大変だったとお聞きしていますが。その時も……?」
ああそうだねと言って、ガイウスはやはり30名近い名を口にした。
「トリンシーの会戦では?」
20人近くの名が挙がる。
「ミノク防衛戦」
10名程度。
「第二次ジェローン会戦」
25名ほど。
「第七次マデンティア防衛戦」
12人の名前。
「ヴェスペリアの戦いは」
「あれは奇跡的に、誰も死なずに済んだんだ」
「昨日の晩御飯は?」
「え!!?? あ、あの、えーと、うーん、コボ汁?」
「……一角猪肉とキノコの卵炒めです。ダークに怒られますよ」
うぐぅ、と低く唸り、肩を落とすガイウス。
サーシャリアはくすくすと笑いながら、その様を見ていた。
「……そんなに面白いかな」
気恥ずかしそうに頭をかくガイウスに、
「ええ、とっても」
サーシャリアは微笑みながら答えた。
(ああ、そうなんだわ)
昨日の夕餉すら覚えていないくせに。
ずっと昔に失った戦友や部下達のことは、一人残らず鮮明に記憶している。
この人は、そういう人なのだ。
自分が追いかけてきた背中はやはり間違いではなかったのだ、と再確認したサーシャリアは、それがたまらなく嬉しかったのである。
「さ、ガイウス様、戻りましょう。ダークが晩御飯の支度を済ませている頃ですから。ブロッサムも一緒に手伝っていましたよ」
「それはいいことだ。フラッフは?」
「手伝う! と鍋にカブトムシを入れようとして、ブロッサムに取り押さえられていました」
「煮たのはちょっと嫌だなあ」
「煮なければいいんですか!?」
よいしょ、と呟きながら腰を上げるガイウス。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
「家まで、大丈夫かい」
まだ杖に慣れないサーシャリアを気にかけたのだろう。
「ええ。大丈夫です。でも、ちょっとだけ疲れたので」
一呼吸おいて。
「……手を引いていただいても、宜しいでしょうか」
「お安い御用だとも」
ガイウスが身体を傾けて手を伸ばし、サーシャリアはその太い指を一本握って支えにする。
ゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ家へ向かう二人。
実は却って歩き辛くなっていたのだが、そんなことはサーシャリアにはどうでも良かったのである。
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