71:人事

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「でもさあ」


 ドワエモンが、うーん、と唸り声を上げた後、口を開いた。


「これ、動きながらは出来ないだろ。オッサンがこれで指揮執ってたら、前線の戦力がガタ落ちになるんじゃねーの? 森でカッコゲキハするにしても、枯れ川を上ってくる敵を食い止めるにも、オッサンが剣をブン回してないと人手が足りない気がするんだけど」


 少年の指摘を聞いたコボルド達が、微かにざわつく。

 サーシャリアは皆の動揺を抑えるように手を上げると、エモンの問いに答えた。


「性質上、指揮所を移動させながら戦うことは出来ないの……確かに、ガイウス様を前線から下げるのは大きな戦力減だわ。でも、最終的にはこの仕組みの方が、ガイウス様一人分よりも有利に働くの。減った分を補う算段も立てているから、何とか……なるわ」


 少しの静寂。

 それを破ったのは、それまでずっと黙り続けていたガイウスだ。


「いや、サーシャリア君、エモン。大丈夫だ。この方式を採用しながらも、前線の戦力を維持する方法は、ある」


 意外な彼の言葉に、二人は思わず王の顔を二度見した。


「サーシャリア君。君が全軍の指揮を執りなさい」

「ほへあっ!?」


 素っ頓狂な声を上げてバランスを崩したサーシャリアを、周囲の主婦達が慌てて支える。


「ななな、何を仰るのですか! 私はガイウス様と違い、部隊を、ましてや軍を率いた経験なんて無いのですよ!?」

「私だって初めての時はそうだったさ。だが、騎士学校の落ちこぼれだった私より、次席卒業の君の方がずっと開始点は良いと思うよ。君は資料部の戦史資料だって全て覚えているじゃないか。下地は十分にある」

「あ、あの、その……き、記憶しているだけです! それに、書面の記録や机上の計算は、実際の戦場とは全然違うじゃないですか! そんなことくらいは、私でも承知しています!」


 騎士団時代の剣術鍛錬と同じく。彼女が隠れて続けていた研鑽は、ガイウスの知るところであったのだ。

 真っ赤な顔をして、照れ隠しに両手をせわしなく交差させるサーシャリア。奥様方による懸命の保持で、その姿勢は保たれていた。


「勿論そうだ。だが君も知っての通り、私の指揮経験は剣を担いでの前線指揮ばかりだったからね。基本的には将軍や王の指揮の元、戦っていたのだ。だからこのように俯瞰的に全体を指揮する経験はほとんどない。いや……と言うよりも、これは誰も触れたことのない仕組みだ。ならば自然、発案者のサーシャリア君が最も習熟しているのだと言えるだろう。世界で一番、ね」


 ガイウスの言葉に、コボルド達やダークも頷いて視線を集中させる。

 サーシャリアは、軽く唸って目を伏せていた。


「君が適任なのだ」

「でも、ガイウス様」

「私は騎士学校ではずっと落第寸前だったし……いや、戦時だから卒業させてもらえたのかな……姫様達からも、よく昼行灯と言われていた。まぁ実際、そうだと思う。騎士団でも、君には随分と迷惑をかけた」

「そんな」

「だがそれでも。いや、それだからかな? 私はね、人を見る目には、ちょっと自信があるのだよ」

「……そんなこと言って……ライボローの親方の勘違いに気付いてなかったじゃないですかぁ……」


 口を尖らせ、頬を膨らませながら。サーシャリアがこぼす。

 ガイウスは苦笑いして頭を掻き、それを見たダークは眉間を摘んで溜息をついていた。


「なあなあ! サーシャリアがやらないなら、俺がやってみようか? 良いだろ、オッサン?」

「ふむ。大軍師ドワエモンか」


 話に割り込んだのは、エモンだ。自身を指差しながら手を挙げている。

 コボルド達が驚きの声を上げつつ、彼の方を振り返った。


「ぎゃあああ!? だめよ! 良い訳ないでしょ!? ああもう! 分かったわよ! やるわよ! やっちゃうわよ!」


 エモンの言葉が引き金になったのだろう。サーシャリアは焦り、慌て。そして、一気に吹っ切った様子で叫んだ。


『よっしゃ! 頼むぜサーシャリアちゃん!』

「まあ、これが一番でありましょうなぁ~」

『さんせーさんせー!』

『さんせーのはんたいのはんたーい!!』


 霊話応用の解説で、既にサーシャリアに敬意を抱いていたコボルド達が一様に賛同の声を上げる。ガイウスたっての頼みでもあり、彼等が異を唱える筈もなかった。

 そんな中で、エモンだけ残念そうな顔をしていると。


『流石ですねエモンさん!』


 先程までサーシャリアを手伝っていた長老の孫娘、ホッピンラビットがぽてぽてと歩み寄ってきたのだ。


「何がだよ、ラビ」

『敢えて最悪の提案をすることで、決断を引き出すとは! これがドワーフ流の交渉術、駆け引きなんですね! 私、感服致しました! すごいです、エモンさん!』

「えぇー……」

『……どうして落ち込んでるんですか?』


 賑やかになった集会所の中で、サーシャリアが「貴方達、徹底的にこき使ってやるからね! 覚悟なさいよ! ムキー!」と声を張り上げている。

 ダークに耳打ちされたコボルド達は、『イエスマム!』『アイアイマーム!』などと応じていた。


 ガイウスはそんな彼女達を、目を細めて眺めていたが。


「頼んだよ、【将軍】」


 と声を駆けたことで、サーシャリアが硬直する。


「ガイウス様? 今、なんと? 何故に?」

「君はコボルド王国の軍事指導者になったのだ。将軍と呼ぶのが当たり前だろう?」

「確かに確かに。そうでありますなー」

「ちょちょちょちょ! 止めて下さい! そんな、恥ずかしい!」


 新任の軍司令官は慌てて拒否するが、周囲の毛玉達は諸手を挙げてその役職名を歓迎した。


『なにそれ……』

『……かっこいい』

『しょうぐんだ、しょーぐん!』

『将軍ばんざーい!』

「素敵! 抱いてー!」

『サーシャリアちゃん将軍がんばれー!』

『ヒャッハー!』

「いーーやーーーー!」


 ……こうしてコボルド王国は。

 新たな防衛戦術と、軍事指導者を得たのである。

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