65:閃き

65:閃き


「ズバーン」とか「ドギャーン」とか訳の分からない擬音とジェスチャーを交えつつ。

 ダークは自分の昔話をかいつまんで、所々は伏せ、場合によっては柔らかく言い換え、時にふざけながらサーシャリアに語った。


「まぁあれですよ、【ベルダラスの試し斬り】とか【味方殺し】の話とかは、その辺りから回り回って歪曲されて、宰相派の吹聴もあってそこに尾鰭がさらについたモノでして」


 目を細め、愉快そうに笑いながら、自身の頭をペチペチと叩く。

 ダークの胸から身を離したサーシャリアは、戦慄に似た思いで彼女の顔を見つめていた。

 そして、彼女の笑みと瞳の下に感じていたものの正体に気付いたのである。


 おそらく、この僚友は狂っているのだ。

 自分と出会う、ずっとずっと以前から。

 ガイウスの純潔を狙うという言葉も。決して冗談からでも、下卑た戯れでもなかったのだ。

 彼女の思考の中では。論理では。倫理と誠実さを含有した、歴とした目標だったのである。


 もしその手足がもぎ取られたしても。ダークは地面を噛んででも這い、ガイウスを追いかけていくだろう。

 それでいて、自分の存在が彼の命取りになるならば、躊躇なく自決するに違いない。

 問わずともそう確信させる熱量と狂気が。今は裏付けを伴って、サーシャリアには感じられたのだ。


 背を、汗が伝う。

 だがそれと同時に、サーシャリアは否定しようのない感情に駆られた。

 それは、羨望と妬心である。


 ガイウスとの絆にではない。

 ダークという一人の人間に対して、サーシャリアは身を焼くような嫉妬に焦がされたのだ。

 果たして、自分はこれほどの熱と質量を持って生きてきたのだろうか、と。

 そうまでして、何かを為そうとしているのかと。


 いたたまれなくなり、サーシャリアが目を背けた時。

 療養所の戸を開けて、一人のコボルドが入って来た。長老である。


『ほれ、顔色の悪いの。交代じゃ交代。お嬢ちゃん、具合はどうじゃ?またそろそろ精霊に来てもらおうかの』

「おや、御老体……では、後は宜しくお願いするであります」

『うむうむ。ほれ、行った行った』


 ダークが出ていくのを見送った彼は、傘代わりの葉っぱを置き、サーシャリアから離れたところで身体についた雨を振り払う。

 そして、囲炉裏の脇に座ると薪と焚付を放り込み、火打ち石から火花を飛ばす。

 自身の身体を温めるのではなく、火の精霊を呼ぶためだ。火精は癒す力を持つ訳ではないが、他の精霊に顔が利く。そのため、精霊魔法の儀式では火を焚くことが多いのである。

 サーシャリアの切断された左耳と毒に侵された左脚のために、癒やしの精霊を日に数度呼んでいるが。耳の傷はともかく、脚の回復はやはり絶望的であった。

 だがそれでも、長老は毎日何度も精霊治療を施術しに来ていたのだ。サーシャリアが寝ている間にも、儀式を行った痕跡がいつも残っている。


『耳は……うむ、もう腐れが入る心配はないな……脚の方はどうじゃ?感覚の方は』


 サーシャリアがゆっくりと首を横に振る。


『そうか。まあ、精霊もお前さんを気に入っとる。頑張ってくれとるから、もうしばらく様子をみようかの』

「……ふふふ、おじいさん、私には優しいんですね」

『そうかの?』

「ええ」


 会話を交わしながら、長老がサーシャリアの脚の傷に薬草を貼り付けていく。

 それに合わせて、何かモヤのようなものが彼女の膝のあたりに纏わり付いた。おそらくは治癒の精霊なのだろう。


「そう言えば私、おじいさんの名前をまだお伺いしていませんでした」

『ワシのか?』

「ええ。皆さん長老と呼んでらっしゃるので、つい」

『ワシの名はバーニングクオーツフライングナックルハンドアックスオブスリーマジックアンドマイトじゃ』

「……おじいさんでいいですか?」

『構わんよ』


 長老は優しげに微笑むと。持ってきた器の蓋を開けて、サーシャリアに手渡す。

 サーシャリアはその薬を、苦いのを堪えながら飲み込んだ。


『お前さんには、本当に感謝しておる』

「いえ、私は結局、何も出来ませんでしたから……」

『何を言うか!お前さんが身を挺して守ってくれたからこそ、避難した女子供は殺されずに済んだのじゃ!それがどれほど有り難いことか、嬉しいことか!ワシは、感謝の言葉をいくら並べてもまったく足りん!あの場でお前さんは、あの時お前さんにしか出来んことをして、ワシらを助けてくれたんじゃよ。じゃから、頼むから。何も出来なかったとか、言わんでくれ』

「おじいさん……」


 鼻の奥が熱くなったサーシャリアは、自分の顔を見られぬように。空になった器に再度口を付け、飲み干す振りをする。

 そして口周りを拭うように誤魔化して、素早く目の端に溢れた水分を指で弾き飛ばすのであった。


『ああ、今夜には集会があるからの。しんどいじゃろうが、嬢ちゃんも出てもらいたい』

「いいの?」

『勿論じゃとも。その時はちゃんと、迎えの若衆を寄越すから……んー……?』


 話の途中で長老は耳をひくつかせ、急に怪訝な顔つきになった。


「どうしたの、おじいさん」

『まーたどこかのガキんちょが霊話(スピリットスピーク)覚えたんかのう?何か、ツーツーツーツーさっきから五月蝿いんじゃよー』


 以前聞いた固有名詞に、サーシャリアが記憶を手繰り寄せる。


「ああ……たしか、精霊魔法を使える素養の有無が分かるんでしたっけ?」

『姿を現していない精霊へ呼びかける、最低限の資質じゃ。大昔、ご先祖様の時代ではこれで会話が出来たから【霊話】とかいう名前が残っておるようだが、実際どうかのー?まあとにかく、今ではトントンツーツー音を鳴らしたりそれが聞こえるだけの、鬱陶しい代物よ』


 その時、サーシャリアの全身を電流が駆け抜けた。

 麻痺した左脚ですら、何かが伝わった錯覚を起こしたほどである。


 次の瞬間、サーシャリアは上体を捻り。がしり、と長老の肩を両手で強く掴んだ。


『おほ?びっくりした』


 ほっほっほ、と笑い声を上げていた長老であったが。彼女の顔を見て、すぐにそれを止める。


 ……先程まで、あれほど力なく弱々しげであった娘が。

 目を大きく見開き、唇をぎゅっと結び。真剣で力強い瞳で、彼をじっと見つめているのだ。


『どうしたんじゃ、お嬢ちゃん』


 そして彼女は、力を取り戻した声で長老へと問う。


「おじいさん。その話、もっと詳しく教えて欲しいの」

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