63:求めるものと、求められるもの

63:求めるものと、求められるもの


 死んだコボルド達6人はそれぞれが、一家の長や、誰かの息子だった。

 仲間を、家族を失った悲しみは深く、重く、苦しい。

 それはガイウスが村に来て以降、狩りが安定した日々の中で、ついつい忘れられがちな感情であった。心の痛みは、より強いものだろう。


 だが今は、泣いて伏すばかりではいられない。村の皆は、それを理解していた。

 顔を上げ、立ち上がり、戦わねば、守らねば。

 そうでなければ彼等は。そして彼等の子供達は。悲しむことすらも出来なくなるのだ。


 ……だからこそ、必要なのだ、と。


 言い出したのは、誰だっただろうか。

 レイングラスであったか、若い衆の一人か。主婦連合の誰かかも知れない。

 まあ、今となっては誰の言葉かは分からないが。


 ただ、それを訴え。説いて回った者は確実に居たのである。


 それ故に。

 皆が心の中で漠然と考えていたものに、姿は与えられたのだ。


 今、必要なもの。

 彼等が欲するもの、に。



「やはり、かなり傷んでおるな」


 明け方からの土砂降りで作業が出来ぬ、ある日。家の中で、ガイウスが武具を手入れしていた。

 傍らには、外で遊べぬコボルドの子供達がずらりと並んでその様子を眺めている。

 ガイウスが手を動かす度に、一斉に頭ごと目で追う姿が愛らしい。


 その中には、フラッフとブロッサムもいた。そもそも子コボルド達は、彼等を元気づけるために毎日寄り添っているのである。

 母親を失い若干の退行がみられ、心配されたフラッフであったが。フィッシュボーンや彼等の励ましで、徐々に心身を安定させつつあった。

 ただ、夜になって友達が去るとやはり落ち込むのだろう。日が暮れて以降は、ダークの胸元に甘えてべったりである。

 当のダークは療養所で臥せっているサーシャリアの看病についていた。

 ガイウスも世話を申し出ようとしていたが、それはダークに止められたため。彼は空いた時間をこのように使っているのだ。


「傷んでるなあ」

「どうしたんだオッサン」


 エモンから問われ、これだ、と現物を見せるガイウス。

 やはりその動きを子供達の視線が追いかけるが。武器に近付くと本気でガイウスが叱るため、一定距離は確保したままである。


「うっわ、刃もボロボロだし、亀裂も入ってるじゃねーか」

「先日の戦いのために、替えから新しいのを下ろしておいたのだがなあ。刃が欠けるのはいつものことなのだが、こんなに早く割れてしまうとは、な」

「あんな使い方していれば、当たり前だろ」

「はっはっは。それもそうだな。何にせよこれはもう駄目だ。このまま使っていたら、戦いの最中にバッキリいってしまう。別の替えをもう一本下ろすか、持ってきた他の武器を使うとしよう」


 敷き詰められた筵の上に、ゆっくりとフォセを置く。

 子供達が律儀に、それに合わせてさらに距離をとった。


「それよりエモン、君の剣の手入れは大丈夫か。ほれ、よこしなさい」


 手渡された剣を鞘から抜き、眺める。

 エモンが家から持ち出してきたというこのドワーフの幅広剣は、刃だけ見ればアネラス(幅広のブロード・ソード。護拳を備えているのが特徴)やヴァイキング・ソードにも思える形状をしているが、両手持ちも想定してやや柄が長くなっているあたり、バスタード・ソードの性質を備えているとも言えた。

 ドワーフの戦法や戦訓からなる作りだろうか、と興味をもったガイウスがエモンに尋ねてみたが。元の持ち主である父親はエモンが二歳の時に戦死しているため、何も教えられていないらしい。

 魔剣や逸品の類は全て姉達に持って行かれたということなので、そこまで良品ではないのかも知れぬ。

 だが、かつて使い込まれた一振りであったということだけは、ガイウスからは容易に見て取れたのであった。


「んー、ここ、少し研いでおこうか」

「お、ヨロシク、オッサン」

「君がやるんだよ!」


 けらけらと子供達が笑う。

 少し頬を膨らませていたエモンであったが。フラッフも一緒に笑っているのを見ると、表情を緩め。それから、一緒になって笑い声を上げるのであった。


 そんなところに。


『おう、邪魔するぜ、ガイウス』

『畑仕事は大雑把なのに、お前、そういうのはマメだなあ』

『こんちわー』

『やっほう』


 大きな葉を傘代わりにしながら現れた、レイングラスやレッドアイ、そして男衆の主だった者達が、ぞろぞろと家に入って来た。


『おじさん達はお仕事の話があるからね。チビちゃん達は集会所に行っておいで』

『『『『『『『『ハーイ』』』』』』』』


 レッドアイの言葉に従い、子供達は嬌声を上げながら連れ立って集会所へと走っていく。

 男衆はそれを見送ると、揃ってガイウスの前に座り込んだ。


『いきなり、すまないな』

「いや、一向に構わんよ」


 レイングラスの問いに、首を傾げながら答える。

 男衆は互いに顔を見合わせると、レッドアイが特に深く頷き。そしてガイウスへと向かい合い、神妙な面持ちで口を開くのであった。


『ガイウス、お前に頼みがあるんだ』



「雨、止まないでありますなぁ」


 傍らに座るダークのぼやきに、サーシャリアは力なく「ええ」と応じる。

 心ここにあらず、といった面持ちだ。

 他のコボルド達は家に帰ったため。療養所の中に聞こえるのは、屋根と地面を叩く雨音だけであった。


 二人共目を合わすのを避け。閉められた戸を、それぞれ何となしに眺めている。

 そんな時間が過ぎた後。


「私ね、村を出ようと思うの」


 顔を動かさぬまま。ぼそりと、サーシャリアが口にした。


「……デナン嬢は、それでいいのでありますか」


 ダークは敢えて、サーシャリアの方を見ない。


「ここに残っても、足手纏いになるだけだし」

「コボルド達は感謝しておりますよ? ガイウス殿とて同じ。足手纏いだなんて、だーれも思いませぬがねえ」

「私が思うのよ」


 サーシャリアの視線は、入り口へ投げられたままだ。


「森を出て。それからどうするつもりでありますか」

「……分かんない」

「行くところは?」

「そんなの分かんないわよ!」


 首を振るサーシャリア。

 背中が、震えている。


「じゃーダメですな。却下却下。外出許可は下りませぬ」

「……どうして貴方が却下するのよ」

「んー? 年長者の言うことは、大人しく聞いておくでありますよ? ケケケ」

「何言ってるのよ。同期じゃないの。歳同じでしょうが」

「あれ、言っておりませんでしたか。実は自分、三つばかり歳をサバよんでいるであります」

「はぁああ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、サーシャリアが振り向く。

 涙と鼻水が顔についていたが、隠すのを忘れるほどの衝撃だったらしい。


「あー、いや、実はガイウス殿の預かりになって戸籍を作った時に、歳を誤魔化しまして。内緒ですヨ?」

「え、じゃあ貴方、今26歳なの?」

「まあ、そうなりますな」

「四捨五入すると30!?」

「何でいま四捨五入したでありますかぁぁぁぁ!!??」


 今度はダークが裏返った声で叫んだ。

 そのまま、にらめっこのような表情でしばらく見つめ合っていた二人であったが。


「ぷっ」

「ケケケ」


 耐えきれなくなり、声を上げる。

 楽しそうに、心底愉快そうに。しばらくの間共に笑い続けた後。

 腹の筋肉がいい加減過労を訴えてきた辺りで、サーシャリアが肩を震わせながらそれを中断し。


「……そう言えば、貴方はどうしてガイウス様の預かりになったの」


 と、ダークに問うた。


「んー? あんま、面白い話でもないですよ?」

「いいじゃない。教えなさいよ。どうせ貴方のことだから、私がガイウス様を追いかけてきた理由だって調べてあるんでしょ。そっちだけ、ずるいじゃない」


 そう言ってサーシャリアは身体を捻り、傾けると。

 そのままぽすん、と頭をダークの胸に預けた。


「おやおや。今日の副官殿は、随分甘えん坊さんでありますなぁ」


 ダークがサーシャリアの背中を、軽く叩く。

 拍子をとりながら、まるで子供をあやすように。


「そういう日だってあるわよ」

「……そうですな。それも、いいですなぁ」


 ダークは小さく頷き。

 ゆっくりと。昔の話を、語りだすのであった。

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