61:これから

61:これから


 戦死者達の【星送りの儀】を終えた翌日の早朝。

 村外れでエモンが一人、木剣を振るっていた。


「見当たらないと思ったら、ここに居たでありますか」


 彼に声を掛けたのは、ダークである。


「傷の方はもう大丈夫でありますか?」

「俺の怪我なんか、どうってことない。アイツに比べれば、かすり傷だよ」


 エモンは素振りを続けたまま、背中越しに答える。


「なあ姐御、サーシャリアの具合は、どうなんだ」

「あれからずっと、眠ったままであります。皆も精霊も、手を尽くしたが……」


 ダークはそこで区切って。重く、ゆっくりと息を吐き出してから言葉を続けた。


「……もう杖無しでは歩けぬだろう、と」


 ヒュッ、と木剣を振り下ろしたエモンの動きが、止まる。

 やや頭を下げ、顎を引いたその姿勢から。歯を食いしばっているのが、背後からでも見て取れた。


 少年は、己が無力を噛み締めているのだ。

 農村へ駆けつけたあの時も、フォグの時も、そして今回でも。

 為せなかったことを、守れなかったことを、助けられなかったことを。


 フォグが死んだあの日から。エモンは進んで鍛錬に励んでいる。

 ガイウスの指導とドワーフ故の素質があったとはいえ、その成果が出たからこそ、彼は冒険者二人相手になんとか持ち堪えたのだ。

 だが初めての努力に対しても、現実は寛容ではない。少年は仲間の援護に行くどころか、助けを待つので精一杯だったのである。


 ドワーフは強い。生物としての性能は、異常ですらあった。ヒューマンやエルフ、果てはオークやオーガといった戦闘種族をも遥かに上回る。知的種族として、おそらく大陸でも最強に近いだろう。

 それ故、エモンは自らが外界でも十二分に通じると思っていた。いや、今は通用しなくとも、いつかは自然に強くなると思い込んでいたのだ。


 野盗に襲われた時は、そこまで気にしていなかった。怪我をしたのは、自分だけだったからだ。

 農村で賊に苦戦した時も、やはり傷を負ったのは少年自身であった。

 だが、フォグを。小さな友人の母親を助けられなかった時。

 さらに、仲間が生涯に関わる傷を受けた今。

 彼は、己の無力さ、そして甘えと対峙せざるを得なかったのである。

 少年特有の全能感は消え。自ら強くならねば、決して強くはなれぬと理解したのだ。


 手に力が蘇り。

 ぴゅん、と木剣が空を斬る。


「もうしばらくしたら朝飯なので、ちゃんと来るよーに」

「分かったよ」

「無闇やたらに振っても、一両日で急に腕前が上がる訳ではありませぬよ?」

「分かってるよ!」


 ダークは肩をすぼめると、踵を返す。


「……俺は、俺にも出来ることが欲しいんだよ」


 構えを変えながらぼそりと溢れた少年の言葉を、ダークは聞こえなかった振りをしてその場から立ち去り。

 そしてエモンに聞こえないように、彼女も小さく呟く。


「……男の子でありますなぁ」


 ふっ、と小さく息を吐いて。

 彼女は後頭部を掻きながら、家へと向かうのであった。



 サーシャリアが目を覚ました時、傍らにはガイウスが座っていた。


「サーシャリア君」

「……ガイウス様? ……私……」


 己の額とこめかみに右手指を当てるサーシャリア。手が、顔に貼られた薬草に触れる。

 ほどなくして、あの戦いと現状が脳内で繋がり、彼女の中で整理され、認識された。

 身体を起こすために膝を曲げようとするが、左脚太腿の半ばあたりから下の反応が帰って来ず、身を捩るだけに終わった。

 すぐに記憶が理由を導き出し。彼女は「ああ」と小さく納得の声を上げ、息を吐く。


 ガイウスはそれを見てしばらく目を伏せていたが。

 やがて彼女の背に手を当て身体を起こさせると。


「サーシャリア君。何と言って詫びれば良いだろう。全て、私の失策だ。私のせいで、君をこんな目に遭わせてしまった。本当に、申し訳ない」


 跪いたまま苦しげな顔を伏せ、深く頭を下げ、侘びた。


「お、お止め下さい団長! だん……ガイウス様の責任では、ないです。決して」

「いや、こうなることを防げなかった私のせいだ。村にもう少し戦力を、せめてダークだけでも残しておけばよかったのだ」


 ずきり、とサーシャリアの胸が痛んだ。

 ガイウスに彼女を貶める意図は無い。ある筈がない。そのような人物ではないことを、彼女はよく知っている。

 だがその言は、「ダークは戦えるが、君は戦えない」と語るに等しいように、サーシャリアは感じられたのだ。

 何よりそれは。彼女本人がずっと、自身で胸に刺し続けていた棘なのだから。

 その上、作戦についてまで侘びられては。それこそサーシャリアは、戦士としても、副官としても、何もガイウスの助けにならなかったことになるのだ。


 つぅ、とサーシャリアの頬を涙が伝う。


「あ、これは、その、違うんです」


 取り繕うために慌てて笑顔を作るが、両の目から溢れる熱いものは、止まりはしなかった。


「すまない」

「謝らないで下さい」


 ……謝られたら、私が惨め過ぎます。

 その言葉は辛うじて抑えつけ、飲み込む。


「ガイウス様、お願いです。しばらく、一人にしていただけませんか」


 彼は数秒、迷うような表情を見せたが。


「……また後で」


 と言い残して、家の外へと出ていった。


 これ以上今の顔を見せたくなかったサーシャリアは、それを見送ることもしない。

 だが見ずとも。その背中がどのようであるかは、容易に想像出来た。


(……私、馬鹿だ)


 何が、一番の副官、だ。

 何が、お支えするのが当然、だ。

 結局、この大事な局面で何の役にも立てぬまま。

 いや、むしろ今となっては足手まといですらある。

 その上、あの人にあんな顔をさせてしまうなんて。


(死にたい……)


 だが、そうはいかない。

 そんなことをすれば、余計に悲しませるだけなのだ。


「いつか、恩を返したいと思ってたのになぁ……」


 絶望と失望の中に居た自分に、希望をくれた人。

 ガイウスにとっては何でもないことだったかも知れない。だが、サーシャリアにとっては、あの出会いこそがまさに。彼女がここまで生きてきた力を与えたのである。

 あの大きな手と、不器用な笑み。あれが、サーシャリアにとっての光明だったのだ。

 やがては恩に報い、そしてあの人の横に並びたい。あの人の横に立つに足る人物になりたい。

 そして、もしそうなれたら。今度は。

 ……そう思っていたのに。


「私、馬鹿みたいに追いかけてきて、はしゃいで。最後に足を引っ張っただけだなんて」


 サーシャリアは肩を震わせながらそう呟くと。立てた右膝に顔をつけ、嗚咽を押し殺すのであった。



 同じ頃。


 捕虜達を尋問していたダークは、聞き出した情報、そのうちのある内容について危機感を抱いていた。

 多少の誤差はあるが、個別に尋問した結果である。信憑性は高いだろう。


 杞憂かもしれない。

 単なる情報で終わる可能性もある。

 そもそも、敵が再侵攻してくるかも分からないのだ。

 だがその内容は決して無視できず。そして直ちに共有すべきものと言えるだろう。

 ダークは舌打ちして頭を掻き、ガイウスや村の皆に相談するため。集会場へ、足早に歩き出した。


 ……ライボロー冒険者ギルド、現役登録者数、約400名。


 ギルドオーダーによる推定最大動員数は、300名である。

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