58:私だって戦える

58:私だって戦える


 コボルドは、瞬発力は高いが長距離を走るのにはあまり向いていない。

 それでもなお駆け、村に到達するやいなや倒れた見張り役が、息も絶え絶えに口にしたのだ。


『列を離れた数名が、森を通って村へ向かっている』


 村は騒然となった。


「おじいさん、村の皆を連れて森へ逃げて!」


 サーシャリアが長老の両肩を掴み、依頼する。


『お前さんはどうするんじゃ』

「私は足止めするわ。見張りの人の話では、知らせに一人走っているの。しばらくすればガイウス様達が戻ってくるから」


 子供や老人の足では、避難にも、森の中で隠れるにも時間がかかる。

 誰かが時間を稼がねばならなかった。


『馬鹿な!相手は10名近いのじゃぞ!あの薄らでかいボンクラならともかく、お前さん一人でどうするんじゃ!』

「あら、私こう見えても軍人なのよ?それも、学校では二番目の成績で卒業した、ね。時間稼ぎくらい、なんとでも出来るわ」


 誇張だ。サーシャリアの次席卒業は、実技を補うほどの学科成績によって得られたもの。

 鍛錬を積んでいるとは言え、半ハイエルフたる彼女の身体は人間に相当すれば12歳程度にすぎないのだ。


「森には魔獣も居るわ。戦士達の護衛もなしに、そんなに長くは隠れていられない。でも、このままここにいたら確実にやられるの。だからお願い、おじいさん。こういう時、貴方みたいな人が必要なの」

『……わかったわい……無理するんじゃあ、ないぞい』

「大丈夫!私はガイウス様の副官の中でも、一番優秀だったんですからね!」


 言っても聞かぬことを悟った長老が、屈んだサーシャリアの肩を、ぽんぽんと叩く。

 サーシャリアは、「ええ」と微笑んで答えた。


(自分で言っておいて嗤っちゃうわ。何が一番の副官よ)


 ……彼女は、この展開に見抜けなかった自分を悔いているのだ。


 この状況で冒険者達が戦力を分けたことに、戦術的な意味は無い。

 40、50名の冒険者は確かに多い。多いが、その程度の人数から一部を割いて危険な森の中をショートカットさせるのも、しかもよりによって本隊とタイミングをずらして攻撃してくるのも。そこに利点があるとはサーシャリアには思えなかった。当然である。彼女は冒険者ヒューバート達の事情など、知る由もないのだから。

 そしてそれがそのまま、ガイウスやサーシャリアの盲点となっていたのである。


 待ち伏せ部隊に全戦力を集中せざるを得ない村側の事情や、コボルドを数名配したところでヒューマンには対抗出来ないという事実はあるが。

 それでもサーシャリアは、対策をガイウスに進言出来なかった己自身を責めて止まないのだ。


「ま、俺もいるしな!」


 自らの二の腕をぱんぱん、と叩きながら話に割り込んでくるドワエモン。


「……私から一本取れるようになったくらいで、調子に乗っちゃだめよ」

「ふっ、すぐに乗り越えてやるさ!俺を阻む障害物としては、お前じゃ色々と起伏が足りない」

「年長者に対して何だその口の利き方はァッ!歯を食いしばれ小僧!」

「それ腹ァ!?」


 ドワーフ少年へ鉄拳を叩き込むサーシャリアを、長老がなんとか引き剥がす。


「ぐぼぼぼぼ。何でお前時々乱暴軍人みたいになるんだ……ウチのねーちゃんかよ」


 腹を擦りながらぼやく。


『坊主が悪いわい』


 ……こうして。

 サーシャリアとエモンによる遅滞作戦が始まろうとしていた。



 村に入ってきたのは、8名の冒険者達であった。


 先頭に立つのがリーダー格だろう。

 ガイウスに近い巨体と、金属による打撃武器……片手用のメイスを携えた男だ。

 冒険者らしく、魔術師の支援無しでも移動出来るように、か。胸甲や篭手等、要点を押さえた防具だけを装着している。

 残りの者も似たような装備だが、やはりリーダーの装備が一番上等で、かつ使い込まれていた。おそらく、あの男は相当に腕が立つ。

 一人やたら軽装で狩人のような男もいるが……あれは、先導役か。


 サーシャリアは竪穴式住居の陰に隠れながら、半身を出して侵入者達を観察していた。

 そして、別の家の陰に隠れるエモンへ「まだ待て」とハンドサインを送ると、背後の森の方へ振り返る。

 視界には、やっと森に入りかかろうとする避難民の一団が見えた。子供や老人が居ては、無理からぬ速度だ。


(やはり皆を追わせないためには、ここで冒険者達を足止めする必要があるわね)


 注意を冒険者達へと戻す。


「ヒューバートさん、もぬけの殻ですね」


 鎖帷子を着た、剣士風の男がリーダー格に言った。


「折角近道してきたのに、逃げやがったのか。まずいな、ある程度モンスターどもを殺しておかないと、ワイアットさんへ「モンスターから仕掛けられた」っていう言い訳が難しくなる」


 ヒューバートと呼ばれた大男は舌打ちして首筋を掻く。苛立っている様子だ。


「シリル、二人連れてモンスターを探しに行け。お前なら多少森に入っても大丈夫だろ。残りは俺と一緒に家探しだ。魔獣の牙や爪も金になるが、蟲熊の肝は特に捌きやすい。絶対に見落とすなよ」

「「「はい」」」


 狩人風の男が二人伴って、集団から離れる。


(まずいわ、森に慣れている奴がいるのね。アイツに追わせたら、隠れた皆が見つかってしまう!)


 サーシャリアは唾を飲み込んだ。

 彼等が森へ向かわねば、このまま隠れてガイウス達を待つつもりであった。さもなくば、出来うる限り散らばってから仕掛けるか。

 だが、もうそんな余裕は残されていない。


 サーシャリアはエモンへ再びハンドサインを送ると、右手の剣をさらに強く握りしめ。

 その時を待ち構えるのであった。

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