56:枯れ川の戦い
56:枯れ川の戦い
相手が同じ号令を発したことに気付いたワイアットは、咄嗟に周囲を見回した。
すると、彼が視線を動かすのと刹那を同じくして。枯れ川両側の森、木の陰や草むらに隠れていたコボルド達が姿を現し、一斉に弓を構えたのである。
「魔術師を狙え!徒手の者と、杖を持った者がそれだ!」
ガイウスの号令で、数十の矢尻が魔術師、そして魔杖持ちへと向く。
「いかん!盾持ちの陰に隠れろ!」
ワイアットが急ぎ指示を飛ばすが、間に合わない。
各自慌てて身を伏せ、荷物や盾を掲げて防御しようとする中。放たれたコボルドの矢は、三人の魔術師と二名の魔杖兵。その周辺へ、嵐となって吹き付けたのだ。
「あぁあああ!?」
「がばぁあ!」
コボルドの体躯で扱える矢の長さや重さなど、たかが知れている。だが、狙われたのはほとんどが鎧も纏わぬ者達であった。
命中した矢はそのまま身体へと突き刺さり。彼等はまるで出来の悪い外套掛け(コートツリー)のような姿となって、次々と倒れていく。
威力の低さ故に絶命まで至らず、大半は地面で悶え苦しんでいるが……もうこれで戦力としては期待出来ないだろう。
ワイアット側は、真っ先に魔術攻撃を潰されたのである。
「畜生!腕に刺さりやがった!」
「おいコラ!俺の盾に入ってくるんじゃあない!」
「ちょっと!弓持ってる奴!とっとと射返しなさいよ!」
「森に射掛けても当たらねえよボケ!」
「次だ!次が来るぞ!」
冒険者達は騒然とし、罵り合う声も聞こえる。元々、総員が一丸となった集団ではないのだ。互いが商売敵のメンバーだっている。仕方のないことではあった。
ワイアットはその醜態に舌打ちすると、形勢を立て直すために、指示を飛ばす。
「ここに留まっては撃たれるだけだ!第二射が来る前に斬り込め!」
弓矢のような遠距離攻撃への対応は、近付くか、防ぐか、射程外へ出るか、になる。
枯れ川は、遮蔽物の無いまさに射場同然の場所であり、さらには両側から十字射撃を受けるという最悪の状態であった。盾に出来る荷物も、全く足りない。反撃も出来ないだろう。
だから、斬り込むのだ。近付いて弓を封じてしまう方が、遥かに良い。それに木々の間に入ってしまえば、そうそう矢を当てられぬ。
ワイアットは一声で、そのあたり前のことを冒険者達に思い出させたのである。
効果はすぐに現れた。
混乱していた冒険者達はすぐにその常識を再認識すると、今取るべき行動を理解したのだろう。近接武器を携えた者達が、木々の間に潜むコボルド達へ猛然と向かっていく。
枯れ川に残っている者もいるが、これでもう矢を射掛けられる心配はない。
だが。
「逃げよ!」
ガイウスの声によって、
『逃げろ!』
『逃げるー!』
『ひえー』
コボルド達は弓を放り捨てて、一斉に逃げ出してしまったのだ。
冒険者達は一瞬、呆気にとられたものの、これで一気に形勢が逆転したのだと判断したのだろう。
「犬が逃げたぞ!」
「追いかけて殺せ!あの小さな図体なら、近づいちまえばこっちのもんよ!」
てんでバラバラに森へ入り、追いかけて行く。
瞬く間に枯れ川の残り人員は半分以下になり、追撃に向かった者達はワイアットの指揮出来うる範囲を離れてしまった。
そしてこの時、ワイアットはガイウスの掛け声の意味を理解したのである。
(分断されたのか!?)
ワイアットは直ぐ様追いかけ、深追いを止めさせ。戦力の再集結を図ろうとした。
……したのだ。
だが、それは成らなかった。それをすれば、次の瞬間にでも彼の背は割られていただろう。
最初から茂みにでも隠していたに違いない。
まさに人斬り包丁という言葉を連想させる、分厚く、無骨な刀身。
大型の鉈とでも表現すべき剣……フォセが、ガイウスの手に握られていたからである。
◆
実は、剣というものをロング・ソードやバスタード・ソードといった風に細分類する厳格な基準というものは存在しない。
だが、強いていうならワイアットの魔剣【ソードイーター】はやや肉厚のバスタード・ソードと形容すべきだろうか。
近年はロング・ソードも昔に比べ柄が長い拵えが一般的になり両手で扱うことも多いが、バスタード・ソードはさらに柄を伸ばした物であり。片手斬撃、両手突き、と様々な攻撃が繰り出せるのが特徴だ。
ただそれ故に重く。そして長い柄故に重心がロング・ソードと違ってくるため、使用者には専門の習熟とセンスが必要とされるのである。
しかし。流れるように【憤怒の構え】をとったワイアットからは、そういった重心のブレや不熟さは感じられなかった。彼は完全に、この武器を使いこなしているのだろう。
【憤怒】とは、剣を背中に担ぐような形の構えである。一見、力任せに攻撃するためだけの姿勢に思われるが、実際には防御にも適している。
彼は、この構えをもって相手を牽制し、その間に配下の者をもって包囲をするつもりであった。
ワイアットは、自身の剣技と戦歴、そして戦績に確固たる自信を抱いている。
だからといって。いや、だからこそ。ガイウス=ベルダラスを侮るなど、彼は決してしないのだ。
「追いかけていった者は放っておいてよい!まずはこの男を斬る!囲め!」
対峙しながら、残った冒険者達へ呼びかける。
確実な上長から明確な指示を与えられたことの意味は大きい。彼等はすぐに対応した。
たちまち、槍や剣を構えた者達がガイウスを取り囲む。この状態で射れば味方に当たるので、弓持ちはワイアットの背後で様子を窺っている状態だ。
ガイウスは棒立ちのまま、片目を閉じて左から右へと視線を走らせる。そして「うむ」と一人頷くと
「ダァァァァク!」
今度は誰かを呼ぶように、吠えたのである。
呼応するように、ワイアットの右後方で草むらが揺れたかと思うと。
黒いマントを纏い、つば付き帽子を被った一人の女が、へらへらとした笑みを浮かべつつ歩み出てきたのだ。
「あーハイハイ。こんにちは。こんにちは。すいませんねー、申し訳ないですねー、お忙しいところ。ちょっと通らせていただくでありますよ?」
猥りがわしい雰囲気を漂わせる彼女は、マントから出した右手をぺらぺらと前後に振ってケケケと笑いながら、ふらふらとした足取りで弓持ちへと近づいていく。
弓持ち達は呆気にとられているが。ワイアットには、この女が手前の一人を盾に、射線を遮る立ち位置を取りつつ接近していることが分かった。
「離れろ!その女は」
「えいっ」
ぶすりと。女がマントから取り出した短剣で、目前の弓持ちの喉を突く。
そして崩れ落ちる前の身体に隠れて剣を抜くと、すぐに次の獲物目掛けて襲いかかったのである。
弓兵達は叫びを上げながら。ある者は弓を構え、またある者は弓を捨てて腰の剣へと手を伸ばしていた。
剣士に距離を詰められたのだから、堪ったものではない。
しかしワイアットは、援護に入るのを躊躇した。
時を同じくして、反対側でも剣戟が始まっていたのだ。
だが、十名程度の人数では【イグリスの黒薔薇】を止めるに不足なのだろう。
背後から飛びかかるように斬りつけた者は、振り向きもしない横薙ぎで胴を割られ。
続いて突きに入った槍持ちは、穂先を叩き切られた上に踏み込まれ、蹴り飛ばされていた。放物線を描いて木に激突したその男の首は、あらぬ方向に曲がっている。
その隙を狙って矛を振るう者もいたが、刃を届ける前に自らの頭部を失っていたのであった。
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