54:暗い矜持
54:暗い矜持
移動を再開して、しばらく進んだ頃。
「申し訳ないのだが。少し、お待ちいただけるかな」
ささ、と茂みを揺らし。そこから大きな人影が行列の前方に進み出てきた。
「何だお前!」
先頭にいた剣士風の男が素早く刃を抜き、切っ先を向ける。
それに呼応して周辺の者も身構え、戦闘態勢をとり。さらにその背後では、魔術師が三名、そして貴重な魔杖を持つ者が二名、詠唱に備えて大きく息を吸い込んでいた。
(集団としての運用は不安が残る冒険者だが、やはり個人単位としてはそれなりのものだな)
その動きを見ていたワイアットは、改めてそう考えつつ、前方へ視線を移す。
「ああ、いやいや。私は怪しいものではない」
現れた男が、慌てて釈明混じりに手を振る。革の防具はつけているが、武器は手にしていない。
丸腰と認識した冒険者達の警戒心が、頂点から徐々に下降線を辿り始める。
「少々、話をしたいだけだ。隊長……いや、代表の方はおられるかな?」
臨戦態勢に入っていた先頭集団は困惑したように互いに顔を見合わせた後、一斉に彼等のギルド長へと視線を向ける。まあ、当然の流れだろう。
ワイアットは一呼吸して馬の腹を蹴り、騎乗したまま前に進む。無論、何時でも剣を抜けるよう備えながら。
「私が討伐隊を指揮している、ライボロー冒険者ギルド長、ワイアットだ。何の用があって……」
冒険者達を左右に押し分けながら、闖入者の問いに答えるワイアット。だが。
「ぬ?」
「ん?」
互いの顔を見た瞬間。二人は片眉を顰めながら、軽い驚きの声を上げた。
「ワイアット殿?」
「ベルダラス卿!?」
ワイアットは慌てて馬を降りると、ガイウス=ベルダラスの方へ歩み寄る。
「ワイアット殿……冒険者ギルド長、自らの出馬でしたか。そうか、その可能性もあったか……」
「え、ええ。モンスターの討伐に出向いてきたのです。それより何故、卿がこんなところにおられるのですか!?」
予期せぬ展開に、動揺を隠せないワイアット。
一方でガイウスは、この成り行きにもそれなりに納得しつつあるようだった。
(おかしい)
そう、おかしいのだ。
だが、一番の違和感はそれではない。
(何だ、この圧力は)
目が違う。気配が違う。言葉の、重圧が違う。
丸腰でありながら抜き身を携えるに等しい殺気が、ガイウスの全身から発せられていた。しかもワイアットの存在を認識してから、だ。
確かにワイアット自身、彼に対して思うところはあるが。だがそれでも、先日の出会いは礼節をもって友好的に終わったはずなのである。
なのに、何故。
「こちらとて、ワイアット殿にはお尋ねしたいことがある。事と次第によっては……」
睨めつけるような視線のまま、ガイウスはそう言った。
が、すぐに何事か気付いたらしく。首を軽く振り、
「いや、止めておこう」
と短く繋ぎ直して言葉を切る。
そしてワイアットと冒険者達へ視線を走らせると、
「この先には、私が世話になっているコボルドの村がある。剣を持ったままこれ以上進むのは、お控え願いたい」
一同へ向けて言い放つのであった。
「コボルド?」
「何だそれ」
聞きなれぬ単語に対し、冒険者達は互いに囁き合い、首を傾げる。
ただ一人ワイアットだけが
「……コボルドか。ギルド長の任を受ける前、イグリス冒険者ギルドへ研修に行ったことがある。そこの古い資料に載っていたな。【大森林】外縁に棲む獣人だと……なるほど、【犬】とはそういうことだったのか」
思い出したように、口にしていた。
「ええ、そうです。狩りをし、畑を耕し、森の中で暮らしているだけの、素朴な種族です。人界には関わらぬ者達ゆえ、貴殿らもそのあたりを理解してここで引き返しては貰えませぬか。そして今後一切、彼等の領域へは踏み込まぬようにしてもらいたいのです」
「ベルダラス卿、そうはいきません。その獣人達……コボルドは人を襲うのです。現に、ギルドの者が五名も殺されている」
ワイアット個人としては、本当はコボルドなどどうでも良いのだ。あくまでこの討伐は、計画のついでなのだから。
だがそのことを、冒険者達の前で口にするなど出来なかった。
そしてそれ以上に。ガイウスの言に合わせるのを、彼の心底に堆積した泥のような暗い矜持が拒んだのだ。
端的に言えば、反発である。しかも打算や立場からではなく、自身の感情に基づいたものでしかない。
その理由にワイアットは気付いている。だが、目を向けようとは思わない。思いたくもなかった。
「ジガン家にお仕えする者として、侯に、そして民に危害を加えるモンスターを見過ごすわけにはいきません」
民という言葉を聞き、ガイウスの表情が一瞬強張る。ワイアットにはその理由は分からない。
「それは違う、ワイアット殿。かの者達が一方的に村を襲ったのです。そのせいで怪我人も、死者までも出ました。冒険者達は防戦の過程で報いを受けたに過ぎません。人が狼藉さえ働かねば、コボルド達が人界に仇なすことは、決してありますまい」
「その保証がどこに?」
「私が生涯をかけて、監視しましょう」
「ほう、かの高名な【イグリスの黒薔薇】一生のお約束ですか!なるほど、なるほどッ!それほどまでに確かなものはありませんな、ハハハ!」
その呼び名を聞いた後列から、どよめきが起きた。
驚いた表情を見せているのは主に中年以上の冒険者達だ。だが、若い者達はしきりに首を傾げている。
戦後既に十五年。世代交代も進み、戦時の武将など知らぬ者が多くなっているのだろう。
「ですが、ベルダラス卿。それは駄目です。理由はこの際、意味がない。考えてもみて下さい。人がモンスターを倒す法はあっても、モンスターが人を殺めてよい理はありません……あるはずがないでしょう?」
くくく、と馬鹿にしたような笑いを浮かべ。
「法に則れば、非はコボルド達にのみ存在する。であれば、コボルドは必ず掃討されねばなりません」
詭弁である。人を食った魔獣や怪物が「人里から離れている」という理由で放置された事例など、枚挙にいとまがない。
「ワイアット殿!それは人界の法でしょう?ここは【大森林】です。ノースプレイン侯爵領は勿論、イグリス王国内ですらない」
「他領へ逃げた犯罪者を追って捕らえることもありましょう。それに反対する統治者はこの地には存在しません」
横暴。
だがワイアットには、そんなことはどうでも良かったのだ。
彼はただ、蹂躙したかったのである。拒絶したかったのである。
自らが憧れたガイウス=ベルダラスという男が、英雄と謳われた者が。
人界での名誉と地位を塵屑のように捨てたその先で、そこまでして庇うものを、守ろうとするものを。その生き方を。
ただひたすらに、否定したかったのである。
そうでなくては。
自らの心が、自身の拠り所が。
砂のように崩れてしまいそうだったからだ。
「コボルドは人を殺したため、理由を問わず絶対に滅ぼすという訳ですか」
「左様。ベルダラス卿も早々に、この地から立ち去られるが宜しいでしょう」
頬を釣り上げながら、ワイアットは悦に入った声でそう告げた。
ガイウスは彼を睨んだまましばらく黙っていたが。やがて、何事か思いついたような表情を見せ。その後、ゆっくりと口を開いた。
「……いえ、やはりコボルドが攻撃される理由はありません。冒険者を殺したのは私なのですから。我が身が縛につけば、それで事は足りるはずでしょう」
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