53:森の進軍
53:森の進軍
「どうしてこうなっちまったんだかなあ」
苦々しい顔でぼやくヒューバート。それを横目にしながらシリルは心中で毒づいた。
(それはこっちの台詞だよ)
二人がいるのは、【大森林】を貫きモンスターの村へと続く枯れ川の道。そこを進む、行列の最後尾だ。
当初はヒューバートの取り巻きとシリル、合わせて10名で討伐に向かう予定が、ワイアットが参加したことによって50名近くまで膨れ上がってしまった。
これだけ人数が居れば魔獣が現れても十二分に対応出来るし、【犬】の掃討も容易だと思われるが、二人が気にしている問題はそこではない。
「この人数で分配したら、はした金にしかならねえじゃねえか!」
そうなのだ。冒険者ギルド長たるワイアットが来ている以上、収奪品の独占は叶わない。ギルドの決まりで、戦利品は参加者で平等に分配せねばならないからだ。
それでは、儲けどころかセロン達が作った借金の穴埋めにすら程遠い。ヒューバートとしても、シリルとしても、それでは意味が無いのだ。
だから二人は、恨めしげにワイアットの背中を睨みながら、とぼとぼと歩いていたのである。
(クソ、どっちに転んでもうまくいく計画が)
あの【農夫】にヒューバートが殺されれば良し。ヒューバートが勝って、モンスターの貯蔵品を略奪出来るのでも良し。そのはずだったのに。
これでは、ヒューバートは死なず、戦利品も僅かしか得られず、という最悪の結果になってしまうではないか。
(何で僕は、こんなにツイていないんだ!)
シリルは喚き散らしたいのを堪え。時折足元の石を森へ蹴っ飛ばすことで、なんとか苛立ちを誤魔化していた。
そんな折。
「シリル。お前、この辺の地理は調べてあるんだよな」
ヒューバートがぐぐっと顔を寄せ、囁いてきたのだ。
「え!?ええ。下調べの時に」
「声がでかい!……じゃあ、村へ先回りする道も、分かるか?」
「ええまあ、先回りは出来ます。森の中を突っ切ることになりますが、僕が先導すれば大丈夫ですよ。ですが、どうしてです?」
「本隊が到着する前に村に行って、めぼしい金目のモンだけ押さえておくんだよ」
なるほど、とシリルは素直に感心した。
流石は欲深さで名高いヒューバートである。そういった要らぬ機転だけは、よく利くものだ。
「ですけど、勝手に列を離れたらまずいんじゃ」
「先んじて偵察に出たとか、舎弟から適当に説明させておくさ。先に仕掛けるのも、見つかったから仕方なく、とか言い訳すればいい」
「ギルド長に怒られませんか?」
「ゴブリン程度のモンスターなんだろう?この人数が居りゃ、楽勝さ。ワイアットさんだってそこまで気にしやしねえよ。それに、ここまで来て小遣い稼ぎ程度とか、やってられるか」
「ですが」
「おいおいシリル、忘れたのか?金が手に入らなくて一番困るのは、お前なんだぜ?」
(チッ……でもまあ、それもそうか)
ギルド長の不興は、彼に全て買ってもらえばいい。それに、少人数で先行するならあの農夫にヒューバートが殺されてくれる可能性だってある。
そう考えると、シリルにもヒューバートの提案が魅力的なものに思えてきた。
「分かりました。僕も協力します」
「物分りが良い奴ぁ、好きだぜ。じゃ、一人残して、舎弟どもを連れてくわ」
機嫌良さげに、ばしばしと肩を叩いてくる。
シリルは愛想笑いを浮かべて、その衝撃に耐えていた。
◆
「ヒューバート達が先行した?」
ワイアットが彼等の不在に気付いたのは、小休止の時になってからである。
「へ、へい。ヒューバートさんが言うには、セロンの仇討ちを皆に頼ってばかりでは申し訳ないので、先に行って様子を確認してくる……ってことでして」
「勝手なことを」
手を振ってヒューバートの子分を下がらせると、ワイアットは忌々しげに舌打ちした。
(想定内とはいえ、冒険者を兵員化する時の懸念が早速現実になったな)
確かに、荒事を生業とする冒険者には腕が立つ者が多い。文字通り自身が生きるためだけに、個々の技術を磨いてきた連中なのだ。
一方で兵隊は、王家や貴族の正規兵と言えども、素人に毛が生えた程度の技量の者がわんさかいる。
二者を仕合せても、十中八九、勝つのは冒険者だろう。三対三のチーム戦でも、五対五にしたとしても。やはり勝つのは冒険者だ。
だが、百対百で指揮官を置いたその時。敵を打ち倒しているのは兵隊の方なのである。
(確かに数を集めるだけならケイリー様の目論見で良いが、実際に運用するのは難しいものだ)
冒険者は、戦闘経験はあっても【指示に従う】訓練は受けていない。数が多くなるほど、自分勝手で行き当たりばったりの行動が増えるだろう。
軍隊の本質とは何百、何千単位の武装人員を組織運用出来る点にある。つまり【冒険者部隊】では軍として一番肝要なものが欠けている、ということになるのだ。
傭兵団のように即戦力としては難が多い。実戦に投入するには運用方法を熟考するか、訓練期間が欲しいところである。
(まあその意味では、こういった討伐は行軍、軍事行動の訓練代わりに出来るな)
そう考えると、今回の出動は一石二鳥ならぬ一石三鳥とも言えた。
ドゥーガルド派との戦端が開かれるまでに、同様のオーダーを何度か出してもいいだろう。幸い、資金は潤沢にある。
(のし上がるためにも。手持ちの札に文句をつけているだけでは、駄目なのだ)
そういったことを考えながら。
ワイアットは休憩を終わらせると、再び冒険者達を率いて枯れ川を進み始めるのであった。
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