52:迎撃準備
52:迎撃準備
まだ、装具を整えた軍を用意するのが困難であったような、ずっと大昔。
当時のイグリス家が苦心の末に鎖帷子(チェインメイル)を揃えた精鋭部隊を編成し、戦場に投入して大きな功績を挙げた軍団が、イグリス王家直属部隊【鉄鎖騎士団(チェインメイルズ)】の起源である。
その後、板金鎧(プレートメイル)が正規兵に普及するまでの過渡期にチェインメイルに代わって導入されたものが、鉄鎖騎士団の運用変化と現場の希望で使われ続けていた。
ガイウス、サーシャリア、ダークが今身につけようとしているのは、そんな経緯で使い慣れていた胴鎧だ。革の裏地に金属板を縫い込んだ防具で、装甲着(コート・オブ・プレート)と呼ばれている。
チェインメイルよりも製造や手入れが遥かに簡単で、防御力は劣るものの板金鎧より着脱が容易である。体躯に応じた重量調整や形状加工もしやすい。また、外側に革や布を用いているため、装飾も出来、威圧感も薄い。王宮に出入りする機会の多い直属集団としては、うってつけの装備だったのである。
ただ、使用後はしっかり干さないと臭くなりがちなのが難点と言われていた。
……まあ、実は干しても臭うのだが。
「これでよし、と」
互いに着装を手助けし合い、武装した三人。
胴はコート・オブ・プレート、腕や脚はレザーアーマーやガントレットで防御している。ダークはそれに防御用のマントを羽織り、つば付き帽を被ったスタイルだ。
「では、陣立てですな。広場に行くでありますよ」
ダークの言で、三人がフォグ家を出る。
剣を持ったエモンも、後に続いた。
「腕が鳴るな、オッサン!」
戦意高く、エモンが意気込んだ声を上げる。
だが。
「……エモン、陣立ての際に説明するが、君は留守役だ」
「はぁ!?何でだよ!俺にも、フォグの仇を討たせろよ!」
全く予想していなかったのだろう。エモンが声を荒げて抗議した。
「だから連れて行けぬのだ」
「エモン。我儘言わずに、聞き分けるであります」
「ガキ扱いしないでくれよ、姐御!」
食って掛かる。
「エモンよ、仇討ちが今回の目的ではない」
「どういうことだよ」
「接触し、撤退するよう交渉する。二度と村に近寄らぬようにと、な。戦闘は最後の、本当に最後の手段だ」
「全員ぶっ殺せばいいじゃねえか!」
「事はそう、単純じゃないのよ」
そう言ったのは、サーシャリアだ。
「前回は数人だったわ。でも今回受けた報告では40人以上。単純に計算すれば、これは村の戦力を上回るのよ。それにね、もしそれを撃退出来たとして、次にもっと大部隊を動員されたらどうするの?」
「が、頑張って全部倒す?」
「……戦えば戦うほど、報復は大きくなる。心情的にも、戦略的にもな。そもそも、コボルド村と人間社会では、戦力の分母が違いすぎるのだ。始めは冒険者個人だったものが、やがてはギルドや街まで巻き込み、最終的に軍隊の出動さえも招く事態も有り得るだろう。地方を占拠した武装集団、盗賊団、教団、反乱勢力が数度の戦いの末に鎮圧された例を、私は何件か知っている」
静かに、だがはっきりとした言葉で、ガイウスはエモンに説いた。
討伐する側で幾度も参加した経験故の、重みである。
「なので、交渉が成立するまで。もしくは必要になる段階まで、皆は伏せて隠れるのだ。君はまだコボルド達程森に慣れていないからな、気取られぬためにも、今回は連れて行かん」
なおも食い下がろうとするエモンの肩を、サーシャリアが掴む。
「だからねエモン、貴方は留守番よ。私と一緒にね」
「え?姐御は行くのに、サーシャリアは行かないの?」
エモンのその言葉に一瞬動揺した表情を見せたが、サーシャリアはすぐに「ええ」と頷いた。
そしてその声に活力は無くとも、指に力が込められているのをエモンは理解したようだ。
やや間を置き。渋々ではあるが、彼も首を縦に振る。
「いざという時は村人の避難を頼むぞ」
「チッ。今回だけだぜ?」
「次は無いようにしたい。サーシャリア君も、宜しく頼む」
「……了解です」
胸中の劣等感を押し殺しながら。サーシャリアは、拳を胸に押し当てるのであった。
◆
広場には、槍や弓を持ったコボルド達が50名程集まっていた。男衆の中でも強健な者や、狩りに出ている者が主である。
さらにその周囲ではそれらの妻や母親といった女衆が、心配そうな顔をして彼等を遠巻きに眺めているのであった。
『おお、それがヒューマンの戦装束か』
顔を上げ、迎えるレッドアイ。今まで眺めていたのは、ガイウスがコボルド達から聞き込みをして作り上げた周辺地図だ。
絵図の上に置かれた黒い石は、侵入してきたヒューマン達を示すものだろう。一方、白い石はコボルド達を示す分だと思われる。
『今、追跡していた奴が交代で戻って来た。連中、大半が歩きだが結構早い。このままだと日が傾くのを待たずに村に着くぞ』
「そうか……装具はバラバラだったのだな?」
ガイウスの問いに、偵察に出ていたコボルドが頷く。
「すると、軍隊ではなく、冒険者か傭兵だな。状況から言って前者か。正規軍と違って基本は軽装だし、人数も40人程度だから強行軍も可能なのだろう」
「まあ、道があるとはいえ【大森林】の中で野営は極力避けたいでしょうしなぁ。ケケケ」
おそらく日中に移動と掃討を済ませ。村で夜を明かし、それから帰還するつもりなのだ。
やはり、先の冒険者達は外部と情報を共有していたのだろう。もしくは、討ち漏らした者がいたか。
サーシャリアは、そう考えた。
『どこで待ち伏せする?』
「道沿いの直線視界があまり良くないのと、身を隠すのにいい場所だな。ついでに、出来るだけ幅が狭まっている所だと、なお良い」
「すると、この辺りですかね。少し村に近いですが、展開する時間も考えないといけませんから」
『お、いいね、サーシャリアちゃん。その辺は茂みも多くて、皆が隠れるに丁度良さそうだ』
【大森林】の原生植物は基本的に大型かつ、周囲の木の生成を阻害する傾向があるため、木々の間がそれなりに開けている場合がある。
身を隠すなら、そういった所よりもなるべく茂みの多い場所が望ましいだろう。
『で、もう一度確認するけどさ。ガイウスが話をしている間、俺達は隠れておけばいいんだな』
腕を組んだまま尋ねる、レイングラス。
血の気がやや多い彼もエモン同様、当初は交渉に否定的だったが、今では納得して作戦に従う姿勢を見せている。
やはり不満を訴える長老とまたもや一悶着起こしたのだが、今度はダークから「わしわし」とされて鎮められていた。
その際レイングラスが漏らした感想は、『……テクニシャン』とのことである。
「そうだ。今後のためにも、剣は交えずに追い返しておきたい。だが、どうしようもない時は……」
『……いいぜ、お前の指示を待つさ』
武装した男衆も、口々に同意の声を上げる。
サーシャリアはそれを、歯がゆい思いで眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます