50:僕は自由だ!

50:僕は自由だ!


【大森林】からライボローへと戻ったシリルは、晴れやかな顔で通りを歩いていた。

 人の目がなければ、跳ね歩きたい気分ですらあったのだ。


(やった!やった!セロンが死んだ!しかも僕の手を汚さずに死んでくれた!)


 これで僕は自由だ!と心の中で叫び、歓喜で拳を握りしめる。

 それ程までにシリルはセロンを嫌っており、憎んでいたのだ。


 同年代の幼馴染でありながら、故郷の開拓村での二人はあまり仲が良いとは言えなかった。元々、反りが合わないのだから。

 それなのに、シリルは何故行動を共にしていたのか。しかも、各地で犯罪者として追われるようなセロンという男と。


 理由は簡単だ。弱みを握られていたのだ。

 18歳の夏。恋人であったリリーの浮気に逆上したシリルは彼女を殺してしまい。死体を森へ運んで魔獣の仕業に見せかけたのである。

 魔獣の餌にするための工作は、毎日【大森林】へ狩りに出ている彼からすれば簡単なことだった。問題無く死体は蟲熊に屍肉食とされ、証拠は隠滅された。

 ただ一点、セロンにそれを見られていたことを除けば。

 かくして急所を押さえられたシリルは、半ばセロンの舎弟として各地を転々とする冒険者にならざるを得なかったのだ。

 セロンが犯した犯罪の片棒を担がされたことも、一度や二度ではない。


 だからずっと、シリルは隷属から解放されることを望んでおり。そして、その機会は唐突に訪れたのである。

 そんな好機を逃すだろうか?有り得ない。それ故に彼は、喜々としてチーム全員を見捨てたのだ。

 ……もっとも、シリルが加勢したところで結果は何も変わらなかっただろうが。


「これでやっと、村に帰れるぅ!」


 シリルは鼻歌を歌いながら、セロン達の死亡報告をするために冒険者ギルドへ軽やかに向かうのであった。



「おうシリル、大変だったみたいだな」


 元仲間達の死亡報告を済ませ、自身の登録抹消書類に記入をしていたシリルに、一人の坊主頭が声を掛けてきた。

 グラエムを上回る巨躯、岩肌のような顔つきをした彼は、冒険者ギルドの顔役たるヒューバートだ。


「ヒューバートさん、どうも……ええ、ダンジョンでも押し出されていないものかと【大森林】に調査に入った際、犬ゴブリンのような連中に襲われまして。不意を突かれて、皆は……」


 まるで体内からトゲが押し出されるかのように、【大森林】外縁部ではごくたまに、奇妙な方舟じみた物が地下施設となって、押し出されてくることがある。

 大概は空っぽだが、中には珍しい遺物が残されていたり、ミスリル銀のような希少金属が発見されたりする。聖人教団が崇める【天使】が眠っていた時も何度かあったらしい。

 小規模なら冒険者で対応させることもあるし、【天使】のような凶暴な異形が居たなら、軍隊が出動する。

 その初期段階として冒険者のような者が調査を行い、自治体に報告して報酬を得るのはありふれた民間外注であった。それを専門にしている者までいるくらいだ。


「そうかいそうかい。残念だったな。お前さんも、さぞかし悲しいだろう」


 ヒューバートは神妙な顔をして腕を組み、一人勝手に頷く。

 だがシリルは、彼がそんな人情に厚い人物ではないことを知っている。どちらかと言えばこの男は、人の不幸を喜んで止まない型の人間だ。

 だから、あまり関わりになりたいとは思わない。


「ええ、痛み入ります。では僕は申請があるので、これで失礼致しますね」

「まあ、待てよ」


 がしっ、と肩を掴まれる。強い、とても強い力だ。小柄なシリルの骨が、軋むかのような。


「セロン達が、俺から金を借りていたのは知っているよな?」

「え!?あ、はい。でも僕自身はヒューバートさんには借金をしていませんが」

「ああそうだな。お前さんはしていない。だが、これを見ろ」


 ヒューバートはそう言って、数枚の証書をテーブルの上に置いた。

 セロン達が書いた、借用書だ。


「保証人の欄に、お前の名前があるだろ」

「はあああああ!?」


 シリルの目が見開かれる。

 そこには、確かに自身の名が記されていた。明らかに、彼の筆跡ではない文字で。


「ぼ、僕こんなの書いていません!」

「そんなこたぁ、俺の知ったことじゃない」


 ヒューバートが、にやりと笑う。

 鮫のように尖った歯が乱雑に生えているのが見え、シリルの背筋を冷たくした。


「大事なのは、ここにお前の名前があって、そしてお前は来月までに金を返さなけりゃーいけない、ってことだ」


 馬鹿な、馬鹿な!セロンの野郎!あの糞野郎!

 シリルの脳内で罵倒が繰り返される。

 動揺で視界が歪み、心臓が好き勝手な鼓動を刻む。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!?


「逃げられると思うなよ?」


 ヒューバートが、ぐぐっ、と顔を寄せて囁いた。

 シリルの動悸は焦りと恐怖で限界に達し、狂騒の一歩手前まで彼を追い込み、そして。


「……いいえ、逃げませんよ。それよりヒューバートさん。その借金を返済して余りある、いい金策があるんです」


 土壇場で起死回生の一手を閃かせたのである。


「ほう、教えてもらおうじゃねえか」


 ヒューバートが再び笑みを浮かべる。それに対し、セロンもまた、微笑み返した。


(ああ、そうさ)


 そうだ、簡単なことさ。

 セロンと同じにすればいいんだ。

 ヒューバートも、あそこに連れていけばいい。

 あの化物男にぶつけて、殺させればいいんだよ。


(もしヒューバートが勝つようなら、普通に【犬】から略奪すればいいんだし、な!)


 冷や汗が、嘘だったかのように引いていく。

 害意をにこやかに隠しながら。シリルはヒューバートに【計画】を話し始めるのであった。



「ヒューバートがセロンの仇討ちに?」


 ヒューバートが仲間を引き連れ、セロン達を殺したモンスターを討伐に向かうという報告について、ワイアットは軽い驚きをもってそれを受けた。

 ワイアットとしてもヒューバートの人格については全く評価をしておらず、彼がそういった仁義に応じた行動をするとは思ってもいなかったのである。


「まあ構わん、行かせてや……いや、ちょっと待て」


 一階に戻ろうとした事務員を引き止めると、彼は机上に地図を広げた。


「目的地は【大森林】外縁の、このあたりだったな?」

「ええ、そう聞いております」


 顎に手を当て考え込む。


(この方角なら。帰りに例の村々に立ち寄れば、冒険者達を目撃者として利用できるな)


 焼けた家屋、殺された村人、そして僅かの生存者。

 自分がその場に居れば、村を襲ったのはドゥーガルド派であると、より巧妙に誘導出来るだろう。

 後は勝手に、彼等が情報を拡散してくれる。

 好都合。実に好都合ではないか。


「私も同行しよう。ギルドオーダーで人数も用意する。ヒューバートにも、出立の日時を合わせるように伝えてくれ」

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