48:終わらぬ予感

48:終わらぬ予感


 フォグの葬儀も終わり、落ち着いた頃。家長や主だった大人達が広場に集い、輪を作っている。今回、そして今後の対応についての集会だ。その中にはガイウスとサーシャリアの姿もあった。

 エモンも出席を希望していたが、周囲により療養を強制され。また、ダークはフォグに代わり傷心の子供達の面倒を見ている。今は、誰かがついていてやるべきだろう。


『冒険者か。全員始末出来たのだけはまあ、良かった』


 顎をさすりながら言う、レイングラス。

 幼馴染であるホワイトフォグの死を悲しんでいるのは彼も同じだが、村を背負う一員としては沈んでばかりもいられない。


 賊達の持ち物に登録証があり、彼等がライボロー冒険者ギルドに籍をおく者達であることが明らかになっていた。

 また、コボルド達に協力してもらい首実検を行ったところ。旧コボルド村を襲撃した犯人の一味、というのも判明している。

 つまり彼等は、前回と同様に村を襲っての略奪を考えていたのだ。【大森林】で採れる珍重品が、おそらく目当てだったのだろう。


『なあガイウス、ヒューマンからの報復はあると思うか』

「冒険者というのは、自分の為にはどんな悪行でも手を染めるが、逆に言えば益のないことはせん。あるいは実際には彼等なりの仁義があるやも知れぬが……【大森林】に入り帰ってこなかった者達をわざわざ探しに来るとは考え辛い」

「そうですね、【大森林】で消息不明になったなら、魔獣の餌食と考える方が自然でしょうし」


 ガイウスの言に、サーシャリアが同意する。


『なら、また村が襲われるとしたら。今回来なかった奴等がもう一度略奪に来る場合……ということか。だが、今回の連中を皆殺しに出来たことで、村の秘密は守られたんじゃないかい?』


 腕を組みながらの、レッドアイの言だ。


「今回の者達が外部の他者と情報を共有している可能性があります」

『そうなると、いつ襲ってくるか分かったものじゃないな』

「ええ。ただ、村への侵入経路は私達も馬車で【大森林】の出入りに使っている、あの枯れ川になるかと」

『どうしてそう思うんだい、サーシャリアちゃん』

「レッドアイさん達のように普段から【大森林】で生活しているなら平気でしょうが、不慣れなヒューマンであれば、森は出来るだけ通りたくないものです。都合のいい道があるなら、尚更」


 コボルド達は『なるほど』『それもそうか』等と口にしながら、一様に頷く。


「ですから、枯れ川の入り口付近に壕を掘って見張りを立てておきます。当番で交代し、常に警戒しておけば侵入者は見逃さないでしょう。狼煙が使えれば良いですが、これは相手にも気付かれる上、天候に左右されます。煙は森の木々に邪魔されて見えないかもしれません。連絡要員の確保も含め、念のために三人一組で配置しましょう。出来れば二箇所に。これなら、最低限の人数でも早期発見が可能かと」


 こうなった以上、索敵は欠かせないが、村の運営もある。毎日の狩りに人員も必要だし、畑にも手が要る。住宅建設も木の切り出しも、だ。昼夜問わず全方位警戒に人手を割き続ける訳には、いかないのである。

 無理というものは、一時しか利かない。いつ来るか分からぬ……ひょっとしたらこれからずっと続けなければならない……警戒態勢に、常に全力を投入することは出来ないのだ。

 それでは、いざという時が来る前に村自体が疲弊してしまう。


『サーシャリアちゃん、意外に頭良かったんだな……』

「いえ、そんなことは……ん?意外?」


 怪訝な表情を浮かべるサーシャリアを他所に、レイングラスがガイウスに問いかける。


『まあ、ヒューマンが報復に来てもガイウスが居れば何とかなるだろ!エモンから聞いたけど、【五十人斬り】とか呼ばれたことあるんだって?』

「……あれは昔の戦争でついた、酷い尾ひれだ。実際のところ、一度にそんな人数を斬り伏せたわけでは、ない」


 苦々しい表情。


「確かに武器を振り回していた時間が普通の者より長い分、一日の長はある。あるが、それだけだ。数人なら何とでもなろう。だが、十人、何十人も同時に斬り合って防ぎきれるかどうかは、分からぬ。それに」

『それに?』


 ……自分が剣を振れる間はいい。幾らでも戦おう。だが、二十年、いや十年先でも同様に戦えるとは限らないのだ。

 現在ですら、若い頃に比べ衰えは否定出来ない。これに病や怪我の可能性も考慮すると、一人を主力とする防衛体制がいかに危うい綱渡りであることか。

 ガイウスは、その点に思い至ったのであった。


「いや、すまん。今気にすることではなかったな」


 頭を振って、思考を切り替える。

 村の将来を考えると、やはりフォグが提唱していたように、全体の戦力増強が必要だろう。

 ガイウスの見立てでは、フォグのような規格外の戦士はともかく、現状は成人コボルド五、六人がかりでやっと冒険者一人を相手に出来るかどうか、というくらいなのだ。

 等倍にすることは無理でも、その差を埋めることは急務であった。


「警戒を続けるとともに、いざという時に備えて皆も鍛えねばならん」

『そりゃ、もちろんだ』

『頼むぞ、ガイウス!』

『やってやるぜ!』


 レッドアイに合わせて、他の者達も頷く。

 だがその中で一人、長老だけが険しい顔でガイウスを睨みつけていた。


『忘れとらんか皆の衆。コイツが来さえしなければ、子供達はヒューマン共に近寄りはせんかった!フォグは死なずに済んだかも知れんのじゃぞ!?』


 ガイウスの肩がびくりと震えるが、何も言わない。彼自身、そう思っているからだ。


『ジジイテメエ、いいかげんにしろよ!』


 レイングラスが唐突に詰め寄り、長老を突き飛ばす。

 手加減無しだったのだろう。老体は勢い良く転がり、他の村人にぶつかってから止まった。


『ガイウス無しであの連中が来ていたら、どうなってたと思うんだ!?エモンを連れてこなけりゃ、どうなっていた!?ああコラ!言ってみやがれ!』


 拳を振り上げたレイングラスを、周囲のコボルド達が必死に止めにかかる。


『ハ!此奴は所詮ヒューマンじゃ!本当に危なくなった時はすぐ、森の外へ逃げ出すわい!』

『ジジイ!テメエが言うか!テメーがそれを言うのか!』

『よせレイングラス!それは駄目だ!それ以上は、言うんじゃない!』


 レッドアイがレイングラスを羽交い締めにし、他のコボルド達も彼を押さえつける。

 ガイウスは動かず、ただ瞼を閉じ。口をきつく結んで黙りこくっていた。

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