47:星送り

47:星送り


「すまん。私がもっと早く、様子を見に行っていれば」


 長老から幻惑効果のある植物を舌下に含まされ、麻酔代わりとしながら。フォグはガイウスへと言葉を返す。


『来てくれただけ……御の字さ。いいから早く……アタシもちょっとしんどいんで……ね』


 その言葉を受け、ダークが匙で赤い液体をごく少量ずつフラッフの口へ注いでいく。

 本来であれば意識の無い患者に飲み込ませるのは困難であるはずだが、流石はドワーフの魔法薬である。口腔に入った時点で術式が発動し、薬液はまるで砂に水が染み込むかのごとく粘膜から吸収され、消えていった。

 二度繰り返したところで、フラッフの腹部から呪文のような音と暖かな熱、そして毛皮ごしに赤い光が透けて見え。直後から急に呼吸が落ち着いたかと思うと、先程までが嘘のような安らかな寝息へと変わったのである。


「どうやら、上手くいったようであります!」


 おお、と一同がどよめく。


「デナン嬢、次はフィッシュボーンを支えて下さい」


 同様の処置を行うダーク。

 フィッシュボーンにもすぐに魔法薬の効果が現れ、危篤状態を脱する。レッドアイとその妻が、我が子を二人がかりで挟むように抱きしめた。

 フォグはそれを見届けると、ガイウスを手招きし、耳打ちするように語りかける。


『次はアタシだね……もし、万が一の……ことがあったら、この子達と皆の……こと、頼むよ。もうアンタは……ここの人間なんだから……ね?』

「……無論だ」


 そこまできて忍耐の限界が来たのだろう。フォグは苦痛と麻酔により意識を再び失い、目を閉じた。


『幻惑薬を含ませても、本来は耐えられる痛みではない。気を失えるのなら、その方が良い』

「ええ……」


 そして最後の処置。皆が、ダークの手元を見る。

 やはり予想されていた通り、瓶に残された薬は少ない。子供達にそれぞれ投与した分程もないのだから、より身体の大きいフォグに飲ませても、治癒魔法は間違いなく発動しない。


「エモンは、塗っても効果があると言っていたが」

「選択の余地はありません。かくなる上は、穿孔部から少量ずつ垂らして個別に対処するしか。それでも中まで届くか、全部を塞ぎきれるかは分かりませぬが……」

『そうじゃな、それしかあるまい。腹の中へは手は伸ばせぬ。治癒の精霊に頼んではあるが、後はやはりフォグの体力次第じゃ』


 短い合議を経て、方針が決定する。

 直ぐにダークが処置に取り掛かり、長老は更なる助力を乞うべく、精霊達との会話を再開する。


 かくして、一同が見守る中。

 フォグの命運は、彼女自身の生命力に委ねられた。



『ん……』


 まるで昼寝から覚めた時のように、小さな呻きと共にフォグの意識が戻った。

 傍らには、未だ朦朧としたフラッフを抱えたガイウス、ずっと鼻をすすっているブロッサムが座っている。


「フォグ」

『あー、アタシゃ寝てたかい?そろそろ、夕飯の支度しなきゃねー』


 フォグの表情は穏やかで、平静の通りだ。


「ああ、そうだな」


 ガイウスが穏やかに答える。

 もうフォグは、自身が何故横たわっているのかすら分からないのだ。


『フラッフは……アホ面で寝てんのかい。まあ、アタシもなんかダルくてねえ。ブロッサム、夕飯はコボ汁でいいよね?』


 ブロッサムが俯いたまま、首を縦に振る。


『もうちっと休んだら作ったげるから、フラッフを寝床に運んで、風邪引かないようにだけしといたげて』


 もう一度頷くブロッサム。


『材料何があったかねえ……うーん』


 溜息をつくような仕草の後、フォグは眠るようにまた意識を失った。

 沈黙が、家の中を支配する。


 ……やがて。


 びくん!


 とフォグの身体が跳ねるように痙攣した。

 咄嗟に押さえようとしたガイウスの指を掴み、苦しげな表情で強く握りしめている。


 血が、足りない。身体がもう、耐えきれない。幻惑植物による麻酔の限度を超えた痛覚が、全身を揺さぶっている。

 意識は無くとも、痛みはあるのだ。その身は、激痛に苛まれているのだ。


『……精霊が、ここまでだ、と言うておる』


 ガイウスは瞼を閉じることでそれに答えると、


「サーシャリア君、ダーク。ブロッサムとフラッフを連れて、レッドアイの家に行って欲しい」


 二人は頷いて子供達を引き取ると、指示に従い家から出ていった。

 ガイウスは彼等が遠ざかったのを確認すると、長老へと向き直る。


「……楽にしてやりましょう」

『ああ、そうじゃな……此奴はもう、十分頑張った。ん……お前が、やるのか』

「ええ」


 ガイウスは後ろに手を回し、腰に帯びた短剣を鞘から抜く。

 そしてそれを両の掌で逆手に握り眼前に掲げると、低い声で続けて答えた。


「介錯は、慣れておりますので」



 星空に、煙が昇っていく。

 地面に立てた杭が、燃え朽ちていく、その煙だ。


 全ての魂は星から降りて来て星へと還る、と。

 コボルド達の伝承では、そう伝えられている。

 だから彼等は、使者の魂を煙に乗せて空へと還すのだ。

 それが、【星送りの儀】と呼ばれるコボルド達の葬送である。

 村外れに立つ焼け朽ちた多数の杭は死したコボルド達の生きた証であり、星空へと送られた名残であった。


 そして、星へと還るフォグを、一人の男と二人の子供が眺めていた。


 ブロッサムはずっと鼻をすすっている。

 フラッフは意識が戻ったが、現実に認識が追いついていない状態だ。

 その二人を抱えたまま、ガイウスは燃え立つ杭の脇に歩み寄ると。静かに【スティングフェザー】を地面へと突き立てた。


「フォグ、私からの手向けだ」


 そして振り返り、長老の方を見て「よろしいか」と尋ねる。

 長老はそれに対し首を縦に振って答えると、背を向けて静かに立ち去っていった。彼の配慮だろう。村の者達もまた、気を遣い帰っていく。

 ガイウスは彼等の背中をしばらく眺めていたが、深く息を吐くと、その場に腰を下ろした。


 腕から子供達を膝の上に乗せかえ、ゆっくりと交互に二人の背を撫で始める。

 子コボルド達は煙を見上げながら、その指と掌を受け入れていた。

 ガイウスも、それに合わせるように視線を星空へと移す。


「フォグは、勇敢な、そして偉大な村の戦士であり」


 息を吸い込み。


「……そして最後の最後まで、最後のその瞬間まで、お前達の母親であり続けたのだ」


 目を、細める。


「ホワイトフォグ。君は確かに、最高に、いい女であったぞ」


 ガイウスが視線を下へと向けると、フラッフとブロッサムが彼を見上げていた。

 キュンキュンと、鼻を鳴らして首を傾げている。


「……分からぬか。構わぬ。分からずとも良い」


 人差し指であやすように、フラッフの頬を撫でる。


「君達が大きくなった時に、もう一度話してあげよう」


 ガイウスは、そう言うと再び星空を見上げた。

 フラッフとブロッサムも、つられるように顔を上げる。


 そして杭が燃え尽き、煙が消えるまで。


 三人は、ずっと、ずっと。

 星空へと還る魂を見送っていた。

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