46:選択

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「フォグ!」


 倒れた女戦士の元へ、ガイウスが駆け寄る。が、返事は無い。

 状態を診る。幾つもの刺し傷。おそらく内臓も損傷しているだろう。

 幾度も。そう、かつて何度も何人も。同じ状態の者を、ガイウスは目にしてきた。

 ……だから、このままでは助からぬこともまた、分かるのだ。


「君達!」


 声をかけ、見回すと、子供達も傷ついて倒れていた。

 フラッフは血泡を吐いて気を失っている。目立った外傷が無いところを見ると、踏まれるか蹴られるか、したのだろう。危険な状態であることは容易に判別出来た。

 フィッシュボーンからはか細い声。だがやはり意識がはっきりしているとは言えず。その苦しそうな呼吸から、やはりこれも重篤だと思われる。

 ブロッサムは恐怖で混乱しているが、幸いこれは無傷だ。

 エモンは頭部をひどく殴打された様子であったが、


「……すまねえ……」


 辛うじて顔を向け、ガイウスの呼びかけに応じた。

 ヒューマンなら死んでいてもおかしくない状態であるが、これがドワーフという種族なのか。


「今、村に運ぶ」

「すまん……すまねえ……」

「静かにしていろ」

「……ごめんよ……フラッフ……」


 ガイウスは唇を噛みしめると。エモンを背負い、手ぬぐいでその手首を縛って自身の首にかけた。手荒いが、こうでもしなければ運びきれないのだ。

 そしてフラッフとフィッシュボーン、そしてフォグを両手で抱きかかえると、


「ブロッサム!迎えをよこす!そこを動くなよ!」


 そう叫んで、猛然と村へと駆け出すのであった。



『火を焚け!湯を沸かせ!そこの連中は水汲み!器も掻き集めろ!さっさといけ馬鹿者!それから女衆は汚れの少ない布を持って来るのじゃ!』


 騒然となった村に、長老の号令が飛ぶ。


『ホッピンラビットは家から薬を持って来い!幻惑薬もじゃ!そこのお前は、家の近くでも焚き火をしておけ!火の精の機嫌をとって、腐れの精霊を抑えてもらう!癒やしの精も呼ぶぞ!』

『分かったわ、おじいちゃん!』

『こっちも分かった、おい、他の家からも薪を集めるぞ!』

『おう!』


 フォグ家の周りにいたコボルドが、それぞれ散らばっていく。

 ガイウス達やフィッシュボーンの家族は、寝かされた患者達の脇で、拳を握りしめながら見守っていた。


「私のせいだ。子どもたちは、私で馴れて、ヒューマンに対する警戒心が薄まっていたから……」

『五月蝿いわ!黙っとれデカブツ!』

「はい……」


 力なく、ガイウスがうなだれる。

 サーシャリアが慰めようとしたが。彼の顔を見ると、声をかけることも躊躇われた。


 ……状態は、極めて悪い。

 フォグの傷はやはり腹中まで達している。

 フラッフも、蹴られて内臓が損傷していた。

 フィッシュボーンも、胸を強く圧迫されたことにより骨が折れ、臓器を傷つけている可能性がある。

 辛うじてエモンだけが、ドワーフの恐ろしい生命力で持ちこたえていた。


 内臓に損傷を受けた者の治療など、専門設備を整えた場所で治療魔術士か魔法使いの施術があって初めて出来る外科処置なのだ。

 この村に、そんなものはない。長老が精霊に頼んで手をつくしているが、精霊魔法は傷から入る「腐れ」や「毒」を抑制したり、生来の治癒力を強めるもので、魔術・魔法のように肉を盛り、傷を塞ぐ類の代物ではない。


 救命は、絶望的であった。


「……サーシャリア」


 目を覚ましたエモンが、近くに座っているサーシャリアに声をかける。


「エモン!?駄目よ、安静にしてなきゃ!」

「俺、は、大丈夫だ」

「大丈夫な訳ないでしょ!こんなに頭を殴られて」

「大丈夫だっ、つってん、だろ!ドワーフは、嘘つか、ねえ!」


 エモンはそう怒鳴ると、ふらふらと上体を起こし、赤ん坊のように壁際の方へ這って行く。

 すぐに支えに入ったサーシャリアの手を借りて目的の場所まで辿り着いた彼は、そこに置かれていた自身の鞄をごそごそと漁っていたが、やがて目当ての物を掴んで、掲げるように持ち上げた。

 赤い液体が入った、小さな瓶である。


「これって、この間馬車で話してた薬じゃない」

「これ、を、使え。ドワーフの神官が、魔力を、込め、て作った、軍用品、だ」


 やはり、かなり無理をしていたのだろう。サーシャリアにそれを渡すと、エモンは床に倒れ込む。


「塗れば、傷が、塞が、る。飲ま、せれば、身体の、中の、傷にも、効く」

「用量は!?」

「飲むなら、一瓶、でドワー、フ一人分。塗る、なら、その部分の傷が、塞がるか、ら効き目はす、ぐ分かる」

「分かったわ、フォグさん達の体格に合わせて投与する」

「頼ん」


 そこまで言って、エモンは再び気を失った。


『精霊達も、その薬から魔法の力を感じると言っておる!急いで使うんじゃ!』

「デナン嬢、こちらへ!」


 ダークが、サーシャリアを促す。

 ……だが、一同はその時気付いたのである。


「量が、足りない……!?」


 そう。馬車で見た時同様、瓶の中の薬液はもう僅かしか残っていないのだ。

 ドワーフとコボルドの体重差、さらに子供であることを鑑みても、残量が十分にあるとは思えなかった。


「少しずつそれぞれに投与して、ギリギリ生き残れる線を見極めたらどうだろう?」


 ガイウスが、サーシャリアに提案する。


「……いえ、これは普通の薬はありません、魔法薬です。以前城の図書室で読んだ本に書かれていましたが、この薬自体が魔法の手順を再現するものなのかと。つまり、治癒魔法が体内で働くためには対象の身体に応じた一定量を投与する必要があり、量が満たなければ魔法自体が発動しない可能性が高いと思われます」

「それでは」

「外傷には塗り薬としても対応出来るようですが、子供達の腹を割いて中に薬を塗布することは出来ませんし、本末転倒です。最低限の分量を見極めつつ与えるにしても、順番に一人ずつ飲ませていくしかありません」


 サーシャリアの表情がさらに曇る。

 つまりそれは、後に投与される者ほど生き残る確率が低くなる、ということなのだ。


「して、ガイウス殿、デナン嬢。どの順番で飲ませるでありますか?」

「それは……」


 ダークに問われ、口籠るサーシャリア。これは、救うと同時に見殺しにする選択でもある。

 だが、ガイウスは即座に返答した。


「決まっておる。子供達からだ」

「ガイウス様」


 迷いなくそう言い放ったことにサーシャリアは若干の驚きを含みつつ、彼の顔を覗き込む。


「ですが、それではフォグさんは」


 ……子供達を救うためだとしても。

 頭では理解しているが、サーシャリアの心はそこまで対応しきれていない。


 だが、そんなサーシャリアの迷いを払拭するかのように。

 強い意志の篭った言葉が、彼女の背中に浴びせられたのである。


『……それでいいんだよ嬢ちゃん!……ハッ!ガイウスも……たまには、賢いこと……言うじゃないのさ』

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