40:精霊と畑と

40:精霊と畑と


『かけまくもかしこき だいちとほうじょうのせいの おおまえに かしこみかしこみももうさく……』


 開墾した畑に向かい、長老が祝詞(のりと)を読み上げる。


『……きょうのいくひのたるひに とよみけとよみき くさぐさのたなつものをささけまつり』


 農作業をしていた村人達は小休止を入れて、長老の周囲に集まり、地べたに座っている。

 麦わら帽子を被ったガイウスも村人達と並んで正座し、老コボルドの所作を物珍しげに眺めていた。


『もーにょもーにょ むーにゃむーにや』


 途中から物凄く適当になってきている気がしないでもないが……おそらくこれはそういうものなのだろう、とガイウスは勝手に納得する。


『ふーがふーが、ぶえっくしょん!』


 やがて何やら、緑色の【もや】のようなものが幾つも長老の周囲にまとわりつき始めた。

 ガイウスは「おお」と感嘆の声を上げるが、コボルド達にとっては別に珍しくないらしく。欠伸をしている者や、雑談している者、鼻をほじっている者までいた。


『え?何?森の外の作物は初めてで、自信無い?まあ何とかなるじゃろ多分。適当に頼むわ。テキトーで』


 いつの間にかただの会話へと移行した祝詞を続ける長老。どうやらこの【もや】が、頼み事相手の精霊らしい。


『賑やかしに祭りをやれじゃと?村はのー今はのーそんな余裕無いんじゃよー……あー、分かった分かった。豊作だったら収穫時期にやるから、そこんとこ宜しく頼むわい。ああ、うん。そんな感じでの』


 どうやら交渉は成立したらしく、精霊達は長老の回りをひとしきり回った後、畑へと飛び込み、見えなくなってしまった。

 それを見届けた長老が『ゴホン』と咳払いをし、


『かしこみかしこみももうす~』


 と祝詞の締めに入るが。何分途中が途中なだけに、神秘性や有り難みも大激減といったところである。


『ほれお前達、精霊達に話をつけておいたぞい。急ごしらえじゃが、この土でも頑張ってみると言っておったわ』

『ありがとよジイさん。よーし皆、再開するぞー』


 号令をかけたのは、フィッシュボーンの父親で畑のリーダーをしているレッドアイだ。

 彼の声に従い、村人達が『うーし』『あいよー』といった声と共に立ち上がり、野良作業へと戻っていく。

 ガイウスは長老に労いの言葉をかけようとしたが、ヒューマン嫌いの老人は『フン』と鼻を鳴らすと、そっぽを向いて歩き去ってしまった。


『まあガイウス、気にすんな。いつものジジイだ』

「むう」


 レッドアイが、ガイウスの太ももをパシパシと叩きながら慰める。


『さ、それより野良仕事だ。今日は種まきをさせてやるって言っただろ』

「うむ!」


 頷いたガイウスが、畑へと足を踏み入れる。


 土を掘り起こし草の根を取り除いて、石をどけ、土を砕き、物によっては灰を撒き、畝を整え。村人達が懸命に作ってきた大切な耕地だ。

 力仕事が必要な時にガイウスも手伝ってきたが、街で馬の農耕具を調達してからは、マイリー号による畜力開墾へ一気に発展。

 何分、疲れを知らず従順なゴーレム馬である。それ以降は一気に開墾速度が上がり、耕作面積も飛躍的に拡大してきていた。

 そのため今日は、狩りのメンバー達も加えて、男衆総出での大作付を行っていたのである。


 ガイウス達の担当はニンジンの畑。ミッドランドキャロットというイグリス王国では一般的な品種で、普通のものよりも発芽率が優れているのが特徴だ。

 今植えておけば収穫時期は秋冬頃。冬の間ずっと畑に残しておくことも出来るので、その辺りも冬越えに向けて好ましい。

 コボルド達にとっては初めての作物だが、街で買い求めた農業本をサーシャリアが読み聞かせたところ、レッドアイ達はすんなりと知識や農法を飲み込んでしまったのだ。

 寿命の関係で時間密度がヒューマンより濃いからだろうか。コボルド達の学習速度と意欲、そして記憶力には、実際目を見張るものがあった。


『ああ、ほら、そこ、足元!畝を崩すんじゃない』

「ぬおう!?すまぬ」


 土に水をかけながら進むレッドアイから、叱咤が飛ぶ。


『あーダメダメ!こいつは筋蒔きにするから、もっと短い間隔で撒いて!ほら、溝からはみ出してるぞ、しっかりしろ』

「お、おう」

『そう、そうやって土を被せて……被せすぎ!押さえつけすぎ!』

「こ、こうかな」


 手をぷるぷるとさせながら懸命に力加減をし、ガイウスが土かけを行っていく。


『……お前さん、腕っ節以外はホント、からっきし駄目だな』

「全くもって面目ない」


 とほほ、という顔をしながら後頭部を掻くガイウス。

 直後に手が土まみれだったことに気付き、慌てて髪の毛から叩き落とし始める。が、余計に土を付けただけに終わってしまったようだ。


「剣は暮らしていく上では何の役にも立たんのだよなあ……」

『全くだぜ。お前さんの師匠とやらも、武器と一緒に鍬の使い方くらい教えてくれりゃあ良かったんだよ』


 鍬をもった自分の師匠の姿を想像し、小さく笑うガイウス。

 王妃でありながら筋骨逞しい女性であったので、それはそれで似合いそうであった。


『ま、これからは俺達が教えてやるさ』

「……こんな私でも、出来るかな?」


 自信なさ気に言うガイウスに、レッドアイが首を傾げながら応じる。


『ん?お前さんこれからも、ずっとここにいるんだろ?時間は幾らでもあるからな。ま、いくら鈍臭くっても、年月かけりゃ多少はマシになるさ』


 ガイウスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに平静に戻り。

 軽く笑ってから目を伏せると、


「そうだな」


 と穏やかに答えた。

 そして何かの感情を隠すかのように。土に当てた掌を、ぎゅっ、と押し付ける。


「これからも宜しくご教授願……」

『だから土を強く押さえ付けるなって言ってるだろうがああ!』


 柄杓から顔面へと水が飛んできたのは、その直後であった。

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