39:お着替え

39:お着替え


「はっはっは、逃げるでない」

「何だよその木の人形!」

「これは木人剣という修行法でな、私もかつて、今は亡き王妃様からだな」

「絶対しんどいからヤダーーー!」


 などと師弟がやっている間。

 一足先に鍛錬から上がったダークとサーシャリアは、家の中で汗を拭っていた。


「いやー、今日もガイウス殿からは一本取れませなんだ。これでは組み敷いて無理やり致す方向では、やはり難しいですな」


 裸の上半身を手ぬぐいで拭きながら、ダークがケケケと笑う。

 サーシャリアは曖昧に返事をしながら、その裸身を見ていた。


 服の上からでは分からなかったが、ダークの身体には焼きごてを当てたような火傷跡が幾つも痛々しく残っている。

 その他にも、何か鞭のような物で叩かれたのだろうか。皮が一度裂け、引き攣ったように塞がった跡もやはり複数見受けられた。


(思えば彼女、騎士学校時代も騎士団の時も、いつの間にか人が見ていないところで着替えを済ませていたわ)


 昔であれば、「色々な経歴の者がいる」とだけ思ってダークの傷跡にも左程注意を払わなかっただろう。だが彼女がガイウスの娘同然であると知った今となっては、気にせずにはいられぬのが道理であった。

 そんなサーシャリアの視線に気付いたのか。ダークは胸を隠すように腕を組み、身体をくねらせ。


「デナン嬢に視姦されるとは、中々ゾクゾクするでありますなー。自分、興奮して参りました。いやあ!下着を替える前で良かったであります!」

「違ぁぁう!」

「えー?ミルドレッド嬢なんか喜んで見てくれたでありますのに」


 しなを作りながら、からかうように言うダーク。


「へ?ミルドレッドって、同級生の?」

「ええ。ピルチャー子爵のご長女の」

「金髪が縦にくるくる巻いてあった、あのお嬢様?」

「そうであります」


 サーシャリアの脳裏に、学生時代の彼女の姿が浮かぶ。

 家柄も良く、秀才であり。組での発言力も高い生徒であった。歴としたイグリス貴族だが、半エルフへの虐待には加担してこなかったのを記憶している。


「何で?」

「そりゃあ、寮が同室の自分が、籠絡してましたので」

「籠絡?」

「賤民出の自分が、貴族だらけの騎士学校でイジメも受けずに学生生活を過ごすためには、強力なオトモダチが必要だったのでありますよ」

「はあ」

「なのでこう、隙を見て手篭めに、ね。後はもう、自分も昔取った杵柄というか、手練手管であります。いやあ彼女、中々素質がありまして。すごく楽しかったナー。デナン嬢もお誘いすればよかったでありますね」

「ギャーーーーー!ち・か・よ・る・なあああああああああ!」


 尻餅をついて、そのまま隅へと後ずさるサーシャリア。

 ダークはその様子を見て、目を細める。


「ケケケ、ご安心下さい。ほぼ本当のことですゆえ」

「何がご安心だあああああああ!」


 ぽいぽいと着替えを投げつけるサーシャリアをひとしきり笑った後。


「あー、で、ですね。これらは、ガイウス殿に付けられた傷ではありませんので、大丈夫ですよ」


 ぼそりとこぼすように、ダークは口にした。考えを見透かされていたことに気付いたサーシャリアの頬が、微かに熱くなる。

 いや、何を考えているか見抜かれたことを恥じたのではない。

 過去に何か傷を負わされたダークを案ずるよりも、その犯人が意中の人ではないか、と危惧した自己中心的な思考を、サーシャリアは恥じたのである。


(馬鹿だわ、私)


 言葉を返すべきだ、と思うも最適解は導き出せず。そのまま気不味い時間だけが、流れた。


「……あのね、思うんだけど」


 苦し紛れにサーシャリアが口を開いたその時。


「おーい、いいかね」


 入り口の戸ごしに聞こえるのは、ガイウスの声だ。着替えをしているだろうと察して、問いかけてきたのだろう。

 まだ稽古着のままのサーシャリアは良いが、ダークは裸である。

 慌てたサーシャリアがガイウスを制止しようとした矢先。


「いいでありますよー」


 当のダーク本人が、彼を招き入れたのだ。


「フォグがな、キノコを採りに行こうと……」

「お、いいでありますな」


 乳房を放り出したまま入り口に正対するダーク。

 ガイウスは苦々しい顔をすると、一言。


「……お前、太ったなあ」

「あ゛あ゛!?何つったでありますかゴルァ!」


 ダークの正拳突きを顔面に受け、ガイウスが後転するように家から追い出される。

 次いで大きく振りかぶった蹴りを浴びせられ、そのまま何処かへ転がされていってしまったようだ。


「ハァハァ……実にクソッタレですな。相変わらず裸を見てもピクリとも動じねーでありますよ、あのオッサン」

「そ、そうね」


 室内に戻ったダークは素早く着替えてしまうと、プリプリと怒気を噴出させながら、がに股で家から出ていってしまった。

 サーシャリアはしばし呆然としていたが、やがて


「私も早いとこ着替えて、キノコ採り手伝おうっと」


 と呟き、着替えを始めた。

 下着姿になったところで、ふと足元を見ると、ダークの手ぬぐいが落ちている。どうやら怒りの余り忘れていってしまったらしい。


「そういえば昔、体育着をガイウス様が届けに学校に来ていたのって、あれダークの分だったのね……彼女、意外と忘れ物しがちなのかしら」


 まあすぐに取りに戻ってくるでしょ、と思った時。再び入り口の戸をコンコン、と叩く音。


(ほら戻ってきた)


「はいはい、いいから持ってきなさい」


 ギィ、と軋みながら戸が開き、中に入ってきたのはガイウスであった。


「フォグが籠を持って来てくれと……ぬおおおう!?」

「へ!?ガイウス様!?あ!?ぎゃあああああ!?」


 素っ頓狂な声を上げるガイウス。慌てて身体を隠すサーシャリア。


「きゃー!すすすす、すま、もも申し訳、ごめんなさい!」


 謝罪の言葉を述べつつ「ドッ」「ガン」「ゴン」と、入り口や戸に頭や身体をぶつけながら。ガイウスが転がるように走り去っていく。

 さらに外でも何処かの家にぶつかったのだろう。コボルド達が驚く悲鳴まで聞こえてきた。


 サーシャリアは呆けたように家の中に取り残されていたが、やがて気を取り直し。


「……何だか分からないけど、勝った!」


 一人、拳を力強く握りしめるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る