38:金策

38:金策


「またあれをやるしかないか。泥チビ、場所は把握しているんだろう?」


 腕組みをしたセロンが、シリルに問う。


「ああ、あれから三回【大森林】に潜って、見つけておいたよ。でも犬っころは村を潰してから日が経っていない。まだ早いと思う。去年やった二件のゴブリン村は、あれ以降どっちも居場所が掴めていない。多分、こないだの冬で全滅しているんじゃないかな」


 開拓村の狩人として育ったシリルは、単独で【大森林】に踏み込み、探索し、帰還出来る力量を備えている。

 こういった仕事であればチームへの貢献度はかなり高いはずだが、内部の人間関係故に、彼への評価は著しく低い。


「チッ、使えねえ奴だな」


 そういう問題か、と思ったがシリルは反応しない。言い返せば激高させるだけなのを、彼はよく知っているのだ。


「それに今刈り取れば、多分村はもう立ち直れない。資源としては今後使い物にならなくなると思うよ。僕はお勧めしないね。もう一年は寝かせた方がいい」


 内心でほくそ笑みながらシリルは淡々と語る。博打に参加しなかった彼自身は、ヒューバートに対して借金をしていない。


「問題は先じゃねえ、今なんだよ!」


 ドン、と叩きつけるようにテーブルに盃を置くセロン。


「【大森林】で暮らしてる社会性モンスターなら、必ず狩りをしている。量は少なくても、角や肝、羽根とかを蓄えているはずだ。ひょっとしたら、竜の物もあるかもな」


 一角猪の角や蟲熊の肝は薬の原料として、森の外では高値で取引されている。槍孔雀の羽根も装飾品として人気は高いし、森クジラのヒゲは楽器や衣類の材料として需要は高い。森林竜の角や牙など、貴金属を拾うようなものである。とにかく【大森林】の魔獣からとれるものは、その狩猟の困難さもあって珍重されるのだ。

 実際数ヶ月前に彼等が壊滅させた【犬っころ】の村からは多量の蟲熊肝を得られたため、チームは当時抱えていた借金を完済した上、近日まで放蕩三昧で過ごすことが出来たのであった。


「今までは【大森林】に入るってことで念のため人数を集めていたが、今回は俺達だけでやる。獲物が少ない分、うちだけで総取りだ」


 それならば。多少実入りが少なくとも、全てをヒューバートへの返済に回せば何とかなるだろう。

 グラエムとモーガンも頷いている。女二人は元より、セロンの計画に反対するつもりが無い。


「場所が分かってる上に、道も枯れ川を遡りゃいいんだろ?」

「そうだけど、僕は反対だな。相手はあの【大森林】だ。潜るなら、人数は揃えて欲しい」


 腕を組み、正論をぶつシリル。

 普段、高圧的に接してくるセロンへのせめてもの意趣返しである。


「お前、俺に逆らうってのか」

「いや、僕はそんなつもりじゃないよ。ただね」

「いいぜ、お前が故郷で何をして来たのか、全部バラしてやるぜ?簡単さ。俺が一筆書いて送るだけだ。お前のお袋さんと親父さん……妹もいるよな。なんて思うかな?村の人気者、あの可愛いリリーをお前があの日」


 瞬時に血の気を失ったシリルが、跳ねるようにして椅子から立ち上がり、言葉を遮った。


「分かってるよ!大丈夫だよ!しっかり協力するさ!やだなあ、僕がセロンの力にならない訳が、ないじゃないか!僕はただ、君を心配してただけさ!」

「だよな。だーよーなー!それでこそ心の友よ!」


 こちらも腰を上げ、ツカツカと心の友へと歩み寄ると、ガッシと肩を抱く。

 片方は愉快そうに、もう片方は引き攣った顔で。「ははは」と声を上げる。


「俺達、友達だもんな!」

「ああ、僕達は友達さ!」


【銀の柄杓亭】の隅で。

 偽りの笑い声が、まだしばらくの間響くのであった。



 翌々日。

 準備を整えた一行が、ライボローの街を後にする。


【大森林】に潜るとはいえ、今回の道のりは簡単なものだ。

 相手は犬モドキ。おそらくは脆弱なゴブリンの亜種であろう種族だ。しかも前回の時より大幅にその数は少なく、戦える者はさらに限られるはず。

 容易い仕事。楽な相手。問題は、【犬】達が期待に沿うだけの物を備蓄しているかだけ。


 セロン達の懸念は専ら、それが借金を返すに足るかどうか、ということだったのである。

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