37:冒険者達
37:冒険者達
ライボロー冒険者ギルドの裏手にある酒場、【銀の柄杓亭】。
お世辞にも層が良いとは言えない客達の喧騒、アルコールと揚げ物の匂いが充満しているその片隅で、冒険者セロンと仲間達は席を囲んでいた。
卓上には質の悪い蒸留酒やビールなどが料理とともに並んでいるが、そのどれもがあまり進められていない様子である。
だがそれも、彼等の顔に浮かんだ暗い表情を見れば納得がいくだろう。
「金を、作らないと」
ぼそり、と独りごちるかのように口を開いたのは、前衛担当の一人、グラエムだ。浅黒い肌の身体は筋骨逞しく、重く厚い鎧と武具でも十分に扱い切る頼もしい男だが……肩を落とし、ただ盃を見つめている様からは、そういった力強さは感じられなかった。
「ヒューバートの奴、来月までに金を返せだなんて、無茶よ!」
ややヒステリックな声を上げているのは、線の細い神経質そうな女性。セロンの妻でチーム唯一の魔術士である、ディビナだ。
イグリス王都の魔法学校に通った経験は無いが、地方の魔法使いに育てられたため、ごくごく初歩的な魔術を身に着けていた。
高価な魔杖無しに魔力を練られる魔術士であれば、近年の軍事傾向からいって容易に魔術兵の勤めを得られるし、実際、一時期彼女もグリンウォリック伯の軍で働いてはいたのだ。だが、その人格ゆえに組織に留まれず、今では冒険者に身をやつしていた。
その横で黙ったままそれを聞く、槍使いのモーガン。昔は娼館の用心棒をしていたという、寡黙な男だ。
彼がそれ以上過去を語ることは無かったし、周囲も深く聞こうとはしない。メンバーにとって必要なのは、彼の腕前だけなのである。
「だから、どうするか考えているんじゃない!今更そんなことを言ってもしょうがないでしょ!?」
噛み付くように言葉を叩きつけた女性の名は、アビゲイル。手先が器用で、解錠や罠解除という技術に長けている。
まるで盗人まがいの特技ではあるが、実際彼女は王領ミッドランドでは窃盗犯として手配されている身だ。
セロンが妻に隠れてこのアビゲイルと関係を持っているのは、ディビナ以外のメンバーにとって公然の秘密であった。
「まあ喧嘩は止せ、仲間じゃないか。こういう時は助け合って危機を乗り越えるんだ。今までだって、そうしてきただろう?」
セロンが長い前髪を掻き分け、整った顔に笑みを浮かべながら女性陣を仲裁する。アビゲイルとディビナはまだ何か言いたげであったが、軽く呻いただけで口論の矛を収めた。
揚げ物を口に運びながら、そんな様子を横目で見ているのは、元狩人のシリル。セロンと同郷で、付き合いも一番長い。野や森でも活動の際には彼の知識と経験が重宝がられ、評価されるであろう。
……本来ならば。
「元はといえば、セロンが賽の目博打を受けたのが原因じゃないか。この間、【犬】の村を掃討して稼いだ分だって、すぐに酒代に使っちゃったし」
「誰が口きいていいって言ったよ泥チビ!ああ!?」
女性達へ向けていた笑みから一転、凄みを利かせた顔でシリルを睨むセロン。
このリーダー格の男は幼馴染を名前では呼ばず、ずっと「泥チビ」と子供の頃からの蔑称で呼び続けている。
彼の女達も、それに倣ってシリルを軽んじていた。
「ごめん」
シリルは盃を口に当て、飲む振りをしながら舌打ち。幸いそれは、セロンには聞こえなかったようだ。
残りのメンバー達は、引き続きやいのやいのと議論を続けている。
だが実際、シリルの言う通りであった。
元々チームはヒューバートに金を借りていた。だが、それが手に負えぬほど膨らんだのは、セロン達が先月博打で大負けした分をさらに借金して穴埋めしたからなのだ。
ヒューバートは粗暴で下卑た男だ。だが、ライボロー冒険者ギルドの古参であり、そして、他の冒険者達に金貸しをして利鞘を得ている。自然、取り巻きも多く、冒険者間での発言力も高い。ギルド長である騎士ワイアットからも、冒険者達の取りまとめ役としてそれなりに重宝がられていた。
彼に逆らっては冒険者ギルドではやっていけないし、返済期限の延期を願い出れば、それをダシに危険な仕事の盾に使われたり、何らかの危ない橋を渡らされるのは目に見えている。
踏み倒したままライボローに留まれば当然、牢屋行きだ。いや、見せしめのためにヒューバートに殺される……同じく借金で従わされた冒険者を使われて……危険性だって高い。
「もういっそ、他の領地へ逃げようか」
グラエムの提案に、シリル以外のメンバーが首を振る。
西隣のゴルドチェスター辺境伯領で、セロンは殺人、ディビナは横領、モーガンは傷害致死で手配されている。
南の王領ミッドランドにおいては、セロンが婦女暴行、殺人。アビゲイルは窃盗。グラエムが放火。
東隣のグリンウォリック伯領でも、強盗殺人犯セロン、詐欺師グラエム、といった名目で追われている身だ。
このチーム、いや……セロンにとって、近隣ではこのノースプレイン侯領だけが、大手を振って表を歩ける最後の土地だったのである。
長大な防壁でも無ければ、他領から無頼の輩が移ってくるのを防ぎ切ることは出来ない。これは、どの時代、どの地域でも自治体が必ず正対せねばならぬ問題である。
「ならば、入ってきてしまった者達にあえて危険な仕事をあてがうことで、治安の向上を図れば良い。登録させて情報も得るので管理もしやすくなる……」という、当時としては画期的なこの仕組を考案したのは百年以上昔のイグリス貴族であり、そして実際成果も上がったのだが。これはあくまで「自領」に対してのみ効果を期待するものであり、「他領のことまで面倒はみられない」という視点から作られた制度であった。
その結果現在では、各領土にそれぞれの自治体が冒険者ギルドを設けるに至っていたのである。
【冒険者】。そう言えば聞こえは良いのだ。だが、実際はセロン達のようにある国、ある領地では冒険者ギルドに登録して活動をしているが、隣の領地では犯罪者として追われている、という事例も決して珍しくはなかったのだ。
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