36:お友達になりましょう

36:お友達になりましょう


 コボルド村の外れ、ある日の稽古。

 今回は村の男達や子供も加わって大教室の様でもあったが、どうも今は休憩中らしい。各自座ったり、水筒で喉を潤していたり、談笑したりしている。


 森へ香草や山菜を取りに行っていたフォグ、サーシャリア、ダークの三人は、丁度その稽古場を通るところだった。


「今日はえらい賑やかね」

『ガイウスがエモンに剣を教えてやってるのを見て、男衆も気になってたみたいさね。子供達はまあ、新しい遊び程度にしか思ってないだろうけど』

「ガイウス殿は武器全般使いこなせますからな。槍の鍛錬ならば狩りにも役立つでありましょう」


 そう話しながら男衆を遠巻きに眺めていると、彼等が不意に立ち上がり、ある一点に集まり始めた。


「あら、何かあったのかしら?」


 どうやら地面に何か落ちているらしい。ある者は興味深げに眺め、またある者は棒切れで突っついている。

 やがてガイウスが木の枝でそれを刺し、持ち上げると、周囲の大人も子供も、嬌声を上げながら慌てて距離をとるのであった。


『……魔獣か動物のでっかいフンを見つけて騒いでいるらしいね』

「アホでありますな」

「童心に返るガイウス様、素敵……」

「デナン嬢、眼鏡の度、大丈夫でありますか?」


 キャーキャー騒ぎながら他のコボルド達も同様に木の枝の先にそれをつけ、不要に過剰な緊張感を創り出したチャンバラに興じ始める。

 確かにあんなもので一本取られたら、堪ったものではない。


『何で男ってああなんだろうねえ』

「逃れきれぬ業、という奴でありますかねえ」

「何言ってるのよ……あ、長老が来たわ」


 見ると、男衆の方へ長老が歩いて行くではないか。


「あの乱痴気騒ぎを注意しに来たのかしら」

「で、ありますかね」


 だが長老は両手に枝を持つと、それらをズブリとフンに突き刺し。

 見事な糞撃二刀流で、別のコボルドとチャンバラを始めるのであった。


『馬鹿だねえ』

「バカでありますな」

「バカね」


 帰ろうか、と女三人が向きを変えようとしたところ、てとてとと二つの小さな影が走り寄ってくる。

 フォグの息子フラッフ。そしてその一番の友達、フィッシュボーンだ。


「おやオチビ達、どうしたんでありますか」

『おねーちゃん、それかして』


 フィッシュボーンが、ダークの手に握られた採集用の小さなスコップを指差す。


「これでありますか?」

『うん!』


 元気よく頷いたのは、フラッフの方だ。


「ああ、あのフンを片付けるのね。そうね、早いとこ埋めちゃった方がいいもの」

『ううん、ちがう』


 サーシャリアの言に、フィッシュボーンが首を振る。


『あのウンコをこれですくって』

「掬って?」

『はこんで』

「運んで?」

『なげつけるの』

『止めな』

「止めるでありますよ」

「止めなさい」


 三人から盛大に却下を喰らい、幼児達は『えー』『うー』と不満の呻きを上げながら男衆の方へ戻っていった。


「どうやったらあんな恐ろしい戦術を思いつくのかしら」 

「それよりも、あのウンコへの熱い情熱は一体何処から来るんでありましょうな」

『ちょっと!こっち見るんじゃないよ!別にアタシの教育のせいじゃないからね!?』


 そして女衆は「「『はぁ』」」と合わせたように溜息をつくと、村の方へと歩き出す。

 男衆がチャンバラ合戦から水浴び大会に移行するまで、もうしばらくの時間を要していたのであった。



 夕暮れ時。村のすぐ北東にある、湖。

 村の大事な資源であり、自然にとっては森の中へ流れていく何本もの川の中継地点である。ガイウスの故郷へと続く枯れた川はここを水源とした流れの一本であり、何らかの事情により土砂が盛り上げられ、その流れが湖側で堰き止められたために干上がっていたのであった。

 そこで、先程まで迫真の模擬戦に臨んでいたコボルド達が水を汲み、身体や服を洗い清めているのである。


「あー、サッパリした」


 ガイウスが水を滴らせながら、フラッフを拭いているフォグの脇に座った。


『何だいアンタ、濡れっぱなしじゃないか』

「今の時期なら、放っておけば乾く」

『ほら、もう一枚あるから、ちゃんと拭きな』

「……かたじけない」


 彼にフォグが手ぬぐいを渡している隙に、水気を拭き取り終わったフラッフが「ぶるん」と身体をもう一震わせして、駆け出していく。

 どうやらまだ元気が有り余っていて、遊び足りないらしい。同じく母親に身体を拭ってもらっていたフィッシュボーンと合流すると、そのまま村の方へと向かっていった。


『ああもう!良い時間なんだから家に戻るんだよ!』

『『はーい』』


 聞いているのかいないのか。元気の良い返事だけをして、子供達は村へと走り去っていく。

 まあ、もう夕食時だ。家ではダークが支度をしているだろうし、フラッフ達も腹が減ってすぐに帰るだろう。


「元気が良いな」

『元気ばっかりで頭の方はちっとも追いつかないけどね』


 苦笑するフォグ。


『まあ今でこそあんなブサイクでお馬鹿だけど、産まれたばかりはそりゃあ可愛くてねえ。あの時アタシゃ、この子達のためなら何だって出来るって思ったもんさ』


 亡くした子供のことも思い出したのだろう。言葉に少し、力がない。

 それを察したガイウスが、黙ったまま頷く。


『……ありがとね、ガイウス。アンタのおかげで村の増築も順調だし、森の外から調達してくれた道具のおかげで色々便利になった。魔獣狩りも順調だから犠牲もほとんど出てないし、食い物も不自由してない。知ってるかい?食料事情が良くなって、村で最近産まれてくる子供の数は、前より増えてきてるんだよ』

「そうなのか。それは良かった。村が賑やかになるのが、楽しみだな」

『ああ、そうだねえ』


 フォグは穏やかに微笑む。


『これからも、あの子達のためにも、村の皆のためにも。アタシももっと強くならないと。だからガイウス、アタシにもエモンみたいに稽古をつけておくれよ。剣も、槍も』

「勿論だとも。喜んで引き受けよう」

『何せアタシゃ、コボルド族一の戦士だからね。村の戦士達をぐいぐい引っ張ってかなきゃ。アンタから武術を習ったら、アタシはそれをコボルド向けに手直しして、村の奴等をどんどん鍛えてあげるのさ』


 それはいい考えだ、とガイウスは頷いた。


『ア、 アンタさえよければだけどさ、これからも?ずっと?村にいて?アタシと組んで?皆を鍛えるのも?いいんじゃないかとか?思うんだけどね?どうかね?』

「……私はこれからも、村に居てもいいのかな」

『当たり前さ!村の連中だって、そう思ってるよ。クソボケジジ……長老だって口ではあんな風だけど、もう分かってるはずさね』

「そうか。良かった」

『じゃあ、決まりだね』


 ひょい、と飛び上がるようにしてフォグが立ち上がる。


「うむ。よろしく頼む」

『ああ。これから忙しくなるよ!アタシ達で、コボルド村をもっと立派に、もっと強くするんだ。村の奴等のために、そして、これから育ってくる子供達のために』


 今度は、にぃ、と歯を剥いて笑う。

 そして、夕日に照らされたその笑顔を見て。


 ガイウスは彼女を美しいと思った。


 国家の威信や利権争い、外交手段としての戦い。

 命令だから。任務だから。騎士の誓いだから。

 家の名誉や出世栄達、金のためでもなく。

 はたまた、先の襲撃事件のような謀略、陰謀でもない。


 ガイウスが今まで見てきた戦いと、戦う理由と。

 そのどれにも、彼女は当てはまらなかった。

 戦士ホワイトフォグは、ただコボルド達の生存と未来のためだけに武器を取るのだ。


 それはガイウスにとってひどく純粋で、とても気高く。そして美しいものに感じられたのである。


「フォグよ」

『何だい』

「君は、美しいな」

『なななななななな何言ってんだいこのお馬鹿は!?馬鹿だねえ、ホント馬鹿だよ。ばーかばーか』


 ガイウスには分からぬ紅い頬で、フォグがまくし立てる。


『たた確かにアタシャ、昔、死んだ旦那からも『黙ってれば美人なのに』って褒められたりしたけれどさ!?』

「ははは、そうだな。君は、いい女だよ」


 牙を剥いた猛獣のような貌で、ガイウスは答えた。

 だがフォグは既に、この表情が微笑みであることを知っている。


「だから、頼みがあるのだが」

『何さ、改まって』


 首を傾げるフォグに、ガイウスがゆっくりと右手を差し出す。


「私と、友達になってはもらえぬだろうか?」


 白く美しいコボルドは、彼の申し出を聞き。きょとん、とした顔でしばらく呆けたままであったが。

 やがて、


『アンタ、ホント馬鹿な男だねえ』


 小さく苦笑しながら、差し出された手を握るのであった。


『アタシゃ随分前から、そのつもりでいたんだけどね』

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