35:少年、災難の日(明日も)

35:少年、災難の日(明日も)


「んごおおおお!もう駄目だもう動けねえ!腕が痛え!」


 木剣を放り投げながら。エモンがごろん、と草の上に横たわった。


「はっはっは。まだまだ。そんなことでは勇者帝王など夢のまた夢」


 こちらは薪雑把を手にしたガイウス。自らの肩をポンポンと叩きながら、不肖の弟子に立ち上がるよう促している。


「俺は!努力とか!苦労とか!嫌いなの!痛いのも!疲れるのも!ヤなの!」

「確かに。まあ無理は良くないしな。じゃあ、あと立ち合い十回で休憩にしようか」

「オッサン俺の話聞いてる!?てかオッサンの修行ってキツすぎない!?」

「いや、私の師匠はもっと……」


急にげっそりとした表情になるガイウス。当時のことを思い出して、気分が悪くなったらしい。


「私に武術を教えてくれたのは前々イグリス王のお妃様だったのだが」

「どんな王妃だよ」

「元騎士バリバリの武闘派でな。当時の王様がまだ少年だった頃に一目惚れし、『僕を守って下さい!』と求婚なされたのだと」

「階級高いというか、レベル高いな」

「まあそんなお方だったので、姫の警護役に選んだ私に、文字通り血の滲むような鍛錬を毎日……うぐ」


 吐き気を催したのか、口に手を当てている。


「逆さ吊りになって地面の樽から足元の容器まで椀で水を汲み上げたりとか、構えたまま器を各所に載せられ長時間その姿勢を維持させられたりとか、大瓶に乗ったまま手桶で水を汲み替えたりとか、王妃様を腹に載せた状態で長椅子のように体勢を保持させられたり、火の付いた香の上で腕立て伏せ、とか色々とな……少しでも姿勢を崩したり遅れたりすると、踏まれたり蹴られたり、鞭で叩かれたものよ」

「その王妃様って美人だったのか?」

「んー?ああ、そうだな。先々王が一目惚れされただけあり、お美しい方であったな」


 在りし日を懐かしげに思い出し、遠い目をするガイウス。

 だがやはり修業の記憶が優先的に蘇るらしく、「うえっぷ」と声を上げながら、再び嘔吐を堪えていた。余程の修行だったのであろう。


「ヴァヴァヴァ、ヴァッキャロー!それ修行じゃなくてただのご褒美じゃねえか!自分は愉しんでおいて、俺には辛い修行とか理不尽にも程があるだろーが!俺にもこう、激しく優しく責めて罵ってくれる美女をあてがえよ!熱く切なく!」

「何を言っとるのだ君は」

「魂の叫びだよ!」


 ……と、そんな師弟を見ながら。一足先に鍛錬を終えたダークとサーシャリアが汗を拭っている。


「何だかんだで、エモンへの稽古は欠かさないわよね、ガイウス様。隠れても逃げても捕まえて引っ張ってくるし」

「まー、ほっとけないんでありますよ、あのガキを。あのまま西方諸国群へ送り出しても速攻死ぬのは目に見えているでありますからなー。それに、息子みたいな年頃の子に修行付けるのが楽しいんでしょうな。ほら、鉄鎖騎士団って、近年の配属は女性騎士ばかりでしたし。自分は娘みたいなもんでありますしね……お、エモンが息子で自分が娘でデナン嬢がお母さん!面白い家族構成になりそうですな」

「やめてよ」


 げんなりした表情で返すサーシャリア。


「ああ、でもデナン嬢?頑張って攻勢を強めませんと、【母親】の部分がフォグ殿になりかねませんぞ?」

「何を馬鹿な」


 とは言ったものの、実際フォグとガイウスの馬が合っているのは、サーシャリアも感じている。

 狩りの時でも、日常でも。自分よりもずっと親密で、まるで長年共に過ごしたかのような仲の良さなのだ。

 二人の掛け合いなどを見ていると、サーシャリアは時々、嫉妬すら覚えるのである。


「いくらガイウス様が種族とか気にしないからって、そこまで……」

「だといいのでありますがねえ」



「お!」

『おや』

「あ」

「うむ」

『『おいしー!』』


 同じ意の様々な反応を受け、ダークが軽くお辞儀をする。


「御気に召していただけたようで、幸いであります」

『驚いた、臭みが強くて硬い一角イノシシの肉が、随分変わるもんだ』

「村の近くで摘んだ香草を使ったり、肉も叩いてほぐしておいただけでありますよ。あとは脂を引いて焼いただけ。あ、ソースはこちらの調味料を利用させてもらったもので。ガイウス殿が持ち込むまで金属の平底鍋が無かったのですから、こういった焼き方はコボルドの皆さんは未体験でしょうし」

『アンタひょっとして、料理得意なのかい?』

「ええまあ。ベルダラス家の家事一切は、昔は自分がやっておりましたので。今日は簡単に済ませましたが、ご希望であればもっと色々作るでありますよ」

『……森の外の料理、アタシにも教えておくれよ』

「喜んで。実はご近所の奥様方からも頼まれておりまして。良ければご一緒に」

『頼むよ』


 ガシッ、と手を組むフォグとダーク。


(いつも何考えてるか分からないのに、ホント抜け目ないんだから……)


 料理上手という響きに若干の劣等感を感じながら、サーシャリアはその二人を見ていた。


 ダークは純血ヒューマンでありながら、いつの間にかコボルド達に取り入っていた。ガイウスの娘同然という触れ込みも手伝って、今では他の来訪者共々、すっかり村の住民である。

 当然ながら長老だけは大反対であったが、彼は主婦連合から二度目の包囲攻撃を受けて、敢え無く沈黙させられていた。その様子は、遠目に見ていたサーシャリアが気の毒に思った程だ。

 やはり奥様方は、コボルド村にて最強なのである。



 食事を終えた一同が休んでいると、フラッフがエモンのところへトテトテと、四足で歩み寄ってきた。

 フォグからは『二本足で歩く練習をしな』と言われているが、幼いフラッフはまだまだ平衡感覚を取るのが苦手なのだ。


『エモンにーちゃん!また、ギガボンをよんでよ!【イワノシン】のつづき!』


 戯画本とは、グレートアンヴィル山のドワーフ達が好んで書く、コマ割りされた絵本の形式だ。ドワーフ以外では執筆者はほとんどいないが、南方諸国でも少数が流通している。

【鋼鉄騎士イワノシン】は好男子イワノシンが弱きを助け強きを挫く冒険活劇であり。先日エモンが戯れに読み聞かせたそれを、フラッフはいたく気に入った様子なのであった。

 だがエモンは、軽く掌を振り拒否する。


「夕方の稽古でクタクタなんだよ。今度な」

『えー、ケチー。いいよ!じぶんでよむもん!』


 軽く鼻に皺を寄せると、フラッフはエモンの鞄の方へ向きを変えた。


「お前、字読めないだろ……って止せ、おい!」

『これいつものほんじゃないやー。はだかのヒューマンが?なにしてるのこれ?』


 フラッフが鞄から取り出した数冊のそれは、【姫の隠し部屋】【鎧を脱いだら】【女神官の第二懺悔室】などといった、想像力を掻き立てるタイトルといかがわしい表紙絵の戯画本であった。


「ぎゃー!ちょっとフラッフ!こんなの見ちゃいけません!」


 たまたま近くに居たサーシャリアが、真っ赤になって取り上げる。


『えー!?なんでー!?』

「こんなの読んでると、エモンみたいになっちゃうわよ!?」

『エモンにいちゃんカッコイイからいいよ』

「どこが!これっぽっちも格好良い要素なんてないでしょ!絶対駄目よ!」


 掲げた手からすっぽ抜けた本が回転しながら放物線を描き、寝転がっていたガイウスの顔面に命中する。

 悶絶するガイウス。慌てふためくサーシャリア。

 そしてエモンはその隙に素早く御宝を回収する。


 だが一息ついた少年の肩を、ぽん、と掴む掌があった。


「どうしたんだい、ダークの姐御」

「いやー。ちょっと前に、お前達ドワーフの御宝のせいで酷い目に遭ったのを思い出したもんで。明日は自分が剣術稽古つけてやるから、覚悟しておくであります」

「え!?何でだよ!?」


 困惑し抗議するエモンであったが、ダークの眼力に押され、すぐに声を萎えさせてしまった。

 こういう目をした女性に逆らうとロクなことにならないのを、彼は自身の姉達から理不尽に教育されていたからだ。


「震えて眠れであります」


 ……ドワエモン、災難の日である。

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