34:村に戻って

34:村に戻って


 フォグ家の中。洗濯物を取り込み終えたサーシャリアが、曇った表情をしながら手に持った「それ」を見つめていた。

 それは、一つの紋章。先日の村を襲った一団の鎧から、ガイウスが剥ぎ取っていたのである。

 篭手が交差するように描かれたその模様は、ジガン家のもの。ただし、ノースプレイン侯として封じられる以前に使用していた古い物だ。現行の物をかろうじて覚えていただけのガイウスは一見してそれを判別できなかったが、イグリスに関わる紋章をほぼ全て記憶しているサーシャリアには特定が可能だったのだ。


 ジガン家は先年、当主が病没して以降、後継者争いが水面下で続いていた。

 争っているのは長女のケイリー=ジガンと、その弟で次男のドゥーガルド=ジガンだ。長男は早々に後継者争いから離脱したため、現在ノースプレインは長女派と次男派の二つに分かれて睨み合っている。

 ケイリーが掲げるのは現ジガン家の「篭手の紋章」であり、ドゥーガルドが旗印とするのはジガン家古来の「交差の篭手」である。

「手」と「手」がいがみ合う様を、イグリス王都の役人や騎士達は「組手」などと揶揄していたのだが。


(ガイウス様の話では、ライボロー冒険者ギルド長……騎士ワイアットはケイリーに仕えているはず。なのに、その部下や捕らえた罪人がドゥーガルド派の紋章を付けて村を襲っていたなんて)


 考えられるのは一つ。次男派による長女派村落への攻撃、という演出だ。

 何のためか?それは、簡単な話である。

 長女派は、理由が欲しいのだ。次男派を攻撃するための、内外に対する言い訳が。おそらくは「自らに与しない領民に対する暴虐を働いた次男を討つ」といった文言になるであろう、大義名分を欲しているのだ。

 真実はどうでも良い。事実があれば事足りる。謀略とは常に、そういうものなのだから。

 ケイリーの勢力下にあったあの村は。いや、おそらくは他に幾つかの村も……そのために生贄にされたのであろう。


(連中にとっては、自らの民草すら焚付の木切れ程度でしかないのね)


 嫌悪感に眉を顰めつつも、大貴族の政争に対してサーシャリアにはどうする術もない。

 彼女に出来るのは、ガイウスがこれ以上巻き込まれぬように注意すること、それだけだったのである。



 ガイウスの槍による刺突で、手負いとなった木食い蜥蜴が逃げるように向きを変える。

 強がりではなく、まさに「後ろへ向かって突撃」と言わんばかりの豪快な撤退行動に踏み潰されぬよう、囲んでいた者達が包囲に隙間を開けた。


「そっちへ行ったぞ!」

『おうさ!』


 草を揺らし、白い影が跳ねる。

 槍を捨て。猛然と進む木食い蜥蜴の背に飛び乗ったのは、コボルド族一の女戦士、フォグであった。

 彼女は器用にバランスを維持したまま蜥蜴の背中に立つと、一振りの剣を両手で掴み。狙い通りの場所へと鋭く突き立てる。虹色の光沢を持った刃は木食い蜥蜴の鱗を貫通し、彼女の技量により頚椎骨を避けつつ、頸動脈を正確に突き破った。木食い蜥蜴の心臓は腹部に近く背中からは狙えないため、フォグは重要血管を狙ったのである。

 手応えを感じた彼女は素早く短剣を抜き取り、回転跳躍。蜥蜴の背を脱出し、華麗に着地。

 木食い蜥蜴は傷口から血を噴出させながらもしばらく突進を続けていたが、やがて前脚から崩れ落ちると、木に衝突。そのまま地面に伏して動かなくなってしまった。

 獲物の体内構造を熟知した狩人による、まさに、必殺の一撃である。


 おぉ、と追いかけてきたコボルド達がどよめく中。フォグはガイウスの方へと向き直り、片目をつぶりながら剣を立て戦果を誇った。


 それは、刃渡り一尺五寸(約45センチ)の、ダガーとしては気持ち長い程度の代物だ。

 一般例に漏れず刀身は真っ直ぐであるが、先端部が三角錐で刃の中程は両刃という、多目的な拵えになっている。刃に浮かぶ虹色の光沢からミスリル銀を含んだ合金であることが見て取れるが、それは実際、低度の強化魔法と充填式の仕掛け術式が組み込まれた魔剣であった。

 銘は【スティングフェザー】。ガイウスが王都から持ち出したコレクションの中から、彼女へと贈られた一品だ。フォグはこれを、彼女の体格に合わせてロング・ソードの様に用いている。

 実は武具蒐集家の気があるガイウスだが、死蔵するのは趣味ではないらしく。コボルド達が使えそうな小さいものは、どんどん分配してしまっていたのだ。


「お見事!」と拍手のガイウス。

 フォグは満更でもない様子で、『フフン』とふんぞり返る。


『どうだいガイウス、カッコ良かっただろ?』

「うむ、見惚れた見惚れた」

『やだねえ、惚れるんじゃないよ』

「はっはっは」


 屈み込んだガイウスが緩く突き出した掌を、フォグが軽く叩き。ぱしん、という小気味の良い音が周囲に響く。

 組み始めて短い期間ながらも二人の息はまさに阿吽のものであり、このペアが主となって仕留めた魔獣は、既にかなりの数に上っていた。


『こんだけ大物なら今日はこれで十分だろ。さ、さっさと捌いて運ぼうか』

「そうしよう。おーい、皆、始めようか」


 そう言ってガイウスとフォグが、狩り仲間へと手を振り呼び寄せる。

 コボルド達は笑みを浮かべながら手を振り、二人に応えるのであった。

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