29:彼女の狙い
29:彼女の狙い
「だ!か!ら!なんで私がガイウス様の!?」
頬を赤らめながら、掌を突き出し、ぶんぶんと交差するように左右に往復させる。
「あー……あのですねー。デナン嬢がガイウス殿に懸想されてるのを、当時の鉄鎖騎士団で知らないのはガイウス殿本人だけでありますよ?」
「は!?」
「他の騎士は勿論、後から来た新人、研修で来てた魔法学校の生徒、出入りの業者のオジサマ方、果ては近所のオバサマ達まで、皆様よく、ご存知熟知合点承知であります」
「いーーーやーーーー!」
両手で頭を抱えるようにしてしゃがみ込む。後ろに纏めた髪が強く引っ張られ、普段から露出されている額が一段と広がる。
鉄鎖騎士団時代、「おでこちゃん」と裏で呼ばれていたことを彼女自身は知らない。
「だからガイウス殿を追いかけてきた、とエモンから聞いた時は至極納得したものであります。いや自分、実は騎士団時代から、ガイウス殿の伴侶にはデナン嬢が良いのではないかとずっと目をつけていたのでありますよ」
「は?」
掌を被せたまま、頭を上げるサーシャリア。
「デナン嬢は何せ、貴族のお家柄。爵位はなけれども、武門で名高いあのデナン家の出!加えて騎士学校を次席で卒業した才媛!そして、まだいささか幼い面立ちではありますが、抜群の器量良しときております!あと数年もすれば、さぞ見た目麗しいご婦人になられることでしょう!」
家の名を出されて、眉を顰めるサーシャリア。
「私は会ったこともない、病死したお兄様の【つなぎ】として家に連れて来られた庶子よ。しかもエルフとのね。それも、弟が生まれたらすぐに用済みとして騎士学校に放り込まれたんだから、デナン家出身って言っても……」
「それでも、名門には違いありません!それに、エルフの混血がなんだというのです、ガイウス殿とて御母堂は半トロル!お家に連れてこられた経緯もよく似ておられるのですよ」
「……知っているわ」
ガイウスは、グリンウォリック伯ベルギロス家の前当主と、半トロルの女戦士との間に産まれた庶子である。
母親が死んだ後、世継ぎを確保する関係で一度は家に迎えられるも、すぐに前当主は病死。家督争いの際にガイウスは庶子であることを理由に追放され、そこを前々イグリス王夫妻に救われたのだ。ガイウスの姓である「ベルダラス」は、ベルギロス本家筋の断絶した古い家名を、彼が自身の武勲によって王から下賜されたものである。
「家柄!才覚!器量!どれも良し!デナン嬢御本人のお気持ちも問題無し!これほどの優良案件、そうはないであります」
顎に手を当て、うんうん、と頷くダーク。
サーシャリアは黙ってそれをしばらく見ていたが、
「……そんなこと言っておいて、貴方はどうなのよ」
そう、ぼそりと口にした。
「はて?」
「貴方だって、ガイウス様目当てなんでしょ!?養子がどうとかって、どう見たっておかしいじゃないの、あんなの」
しなだれかかりながら、ガイウスの胸元に指を這わせていた先程のダークの姿を思い出しながら。サーシャリアが声を荒げる。
「あー?ん?ああ。あははは。それは大丈夫。大丈夫でありますよ。デナン嬢」
「何が大丈夫なのよ」
「自分とデナン嬢の利害は、食い合わないのであります。むしろ我々は協力できる関係なのでありますよ」
「どういうこと?」
「デナン嬢は、最終的にガイウス殿の奥方になるのが目的でありましょう?」
「わ、私は同じ軍人……武人としてあの方を尊敬しているだけよ!」
「ハハッ、そういうことにしておきましょう。ですがまぁ、自分が欲しいのは、妻の地位ではありませぬ」
「妻の地位ではない」
「ですから、デナン嬢は安心して欲しいのでありますよ」
「安心」
「自分が欲しいのは、ガイウス殿の童貞なのであります」
「童貞」
「ちなみに【童貞】とは、性交したことがない男性、の意味です」
「そそそそれくらい知ってるわよ!」
バネが伸びるように立ち上がり、赤面しながら裏返った声を上げる。
「デナン嬢。ははは、お静かにお静かに。隣室の皆が心配しますゆえ」
馬を宥めるように、どうどう、という仕草をとる。
「ですので、二人で協力してガイウス殿を罠に嵌め」
「罠」
「ガッチリ拘束!」
「拘束」
「ガイウス殿の去勢魔法呪印を解呪!」
「解呪」
「自分がまずズブリといった後に」
「ズブリ」
「すかさずデナン嬢がガイウス殿に告白!」
「告白」
「私はガイウス殿の童貞を収奪。晴れてお二人は結ばれ、これにて物語はめでたし」
「めでたし」
ぱちぱちぱち。
と、サーシャリアの手を掴んで拍手させるダーク。
「なこと出来る訳ないでしょ!?させる訳ないでしょ!?」
「えー?そうでありますかー?いい考えだと思うのにー。自分、そのため『だけ』に頑張って解呪魔法の修行もしてきたのでありますが」
「魔法学校からの研修生と妙に仲良くしていたのは、そういう理由だったのね……」
はぁー、と溜息を吐く。一方でダークは、ははは、と笑いながら自らの後頭部を掻いていた。
そしてサーシャリアはこの時。
学生時代、騎士団時代に何度も見たこの仕草は「ガイウスの真似」だったのだ、と初めて気が付いたのである。
「とりあえず、自分は初回特典さえいただければ満足なので。それさえ踏まえてもらえれば、存分にお手伝い致します」
先程までと同じ、妖しい笑み。
だがその瞳を見て、サーシャリアは背筋に寒いものを感じずにはいられぬのであった。
「あの頬の薔薇を散らして良いのは、このダークだけでありますゆえ」
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