28:追いかけてきた居候
28:追いかけてきた居候
「おお。あの話を受ける気になったのか」
胸板からダークの顔を引き剥がし、ガイウスが言う。
一方彼女はカクン、と首を傾けると
「は?何がでありますか?」
とぼけるように言葉を返した。
「何がって、養子の件だろうが」
「あー、あれでありますか」
「そうだ」
「嫌であります」
「じゃあなんでそんな」
ダークは少し頭を動かして横目でサーシャリアを見ると
「少し、からかっただけでありますよ」
ケケケ、と笑う。
「昔からお前は、まったく……」
ガイウスは息を吐いて肩を落とす。彼は自身がからかわれたと思っているようだが、サーシャリアにはダークのそのおふざけが誰に向けてのものかは、ハッキリと分かっていた。
しかし。そんな歯ぎしりするサーシャリアには全く気付かずに、ガイウスは皆へ紹介を始める。
「遅れてすまん。サーシャリア君には言うまでもないが、こいつはダークといって、騎士学校に入るまで私の家に居候していたのだ。一時期私と同じ騎士団にもいたが、今はイグリス公安院に務めていて……そう言えばお前、何でここに?」
「あー、飽きたから辞めてきたであります」
「ええええええ!?」
ガイウスが素っ頓狂な声を上げる。
「という訳で、行くトコないのでまた養って欲しいでありますよ、お・と・う・さ・ま」
くねくねと身体をよじりながら、ガイウスの胸元を「の」の字に人差し指でなぞる。その仕草もまた、サーシャリアの心を掻きむしるのであった。
「あぁ……こんなことなら、とっとと嫁ぎ先でも探しておけばよかった……」
「えー?専業主婦とかめんどくさーい、であります」
例の笑い声を立てながら、ガイウスの背中をバンバンと叩く。
そのタイミングで、ベッドの上で丸まっていたフォグが大きく伸びをした。
『あーあ、警戒して損した。ガイウスの娘みたいなもんか。ならアタシも、犬のフリはもう止めてもいいよね』
「うお!?犬が喋った!?」
「はっはっは。彼女はコボルド族のフォグだ。私は今、彼女の家にお世話になっているのだよ」
「これはこれは。【うちの】ガイウスがご迷惑をおかけしているであります」
これみよがしの身内アピール。サーシャリアの頬が引きつる。
「なーんだ、実の娘じゃないのか。通りで、オッサンの血縁にしては色気があり過ぎると思ったよ」
「あ、こちらの少年からは自己紹介してもらっておりますゆえ。ブサイク族のドワーフだと」
「ちゃうわ!ドワーフ族のブサイクだよ!」
あれ?とコメカミに指を当てて首をひねるエモンを他所に、ダークは一同を見回した後、ぺこりと一礼。笑顔を作った。
意図してなのか意図せざるものなのか。垂れた目尻と、唇の釣り上げ具合がなんとも猥りがましい。とても、ガイウスの預かりだったとは思えぬ人物である。
「という訳で、これから皆さんとご一緒させていただきます、ダークであります。何卒、よろしくお願い致します」
◆
ぐいぐいとダークの手を引きながら、サーシャリアは足早に廊下を歩く。
「ふ、副官殿!ちょ、ちょっと待って欲しいであります!」
ベッドが足りなくなったため一部屋追加し。
サーシャリアはダークを伴い、いや引き摺るようにしてその部屋へと移動したのであった。
「ふん!」と鼻息荒くドアを開けダークを押し込むと、ばたりと閉める。次いでガチャリ、と鍵をかける音が室内に響いた。
「ちょっとダーク!?どういうことなの!?」
「何がでありますか?」
艶かしく目を細める。同性に対してもこのような仕草の彼女に、サーシャリアは結局今まで慣れることが出来なかった。
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
「その、貴方、昔ガイウス様のお宅に居たとか!養子がどうとか!騎士学校時代も、鉄鎖騎士団時代も、全然そんなこと言わなかったじゃない!」
「いやー、だって。騎士学校時代は正直、副官殿とはあまり親しくありませんでしたしー……鉄鎖騎士団に編入された後は、「家族だということは伏せておくように!職務中もそのように扱うし、扱われるように!」と、ガイウス殿からそれはもう、きつーーーく、言われていたであります」
「うぐぐ」
確かに、騎士学校時代にサーシャリアはダークとほとんど口を聞いたことが、無い。
彼女にとって学生ダークとは、いつも教室の隅であの笑みを浮かべながら目立たぬように座っている、成績中の下程度の生徒、という印象しか残っていなかったのだ。
そしてガイウスの性分を考えれば、公私混同もありえない。娘のような騎士が入ってきたからといって特別扱いなどせず、却って他人のように扱っていたのも納得できる。
今にして思えば。あのガイウスにしては、部下の扱いがダークに対してのみやや冷淡に過ぎた気すらしてくるのだ。
「ど、どうやって追いかけてきたのよ!」
「副官殿と同じだと思いますよ?ガイウス殿の故郷の場所は存じておりますし、村や街で「馬鹿でかくて人相の悪い男」の話を聞き集めれば、ベルダラスの名を出さなくても簡単に情報が集まるであります。自分は、ガイウス殿が買い出しに来るのを待っていたクチですな」
それもダークの言う通りであった。サーシャリアも同様の手口で追跡していたのだ。
違ったのは、サーシャリアはガイウスの故郷まで足を運び、車輪の跡から更なる追跡を試みたことである。
外縁とはいえ【大森林】に足を踏み入れるのは危険すぎる行為だと、後でガイウスから窘められたものだ。
「ぐぬぅ」と。それ以上追求する言葉に詰まったサーシャリアを見て、ダークがにやりとしながら反撃を開始する。
「……それにしても、【サーシャリア君】に【ガイウス様】ですかー。いやー、私が目を離している間に、一足飛びに名前呼びでありますかー」
「な、何よ!もう上司部下じゃないんだから、当然でしょ!?貴方だって、私のこと副官殿って呼ぶの、もう止めなさいよ!」
「じゃあ、【押しかけ奥方様】?あ、自分がガイウス殿の養子縁組を受けたら【御義母様】になりますかな!?お、これは面白いですな!このためだけに養子受ける気が出てきたであります!早速隣の部屋行って来ますので!」
「ちょちょちょ!ちょっと止めてよ!止めなさいって!」
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