27:君の名前は

27:君の名前は


 ライボローのとある鍛冶屋。

 そこの主人である親方と、大柄な男が対面している。


 親方の周囲で、いつも作業に励んでいる弟子達はいない。この凶相の客人を避けているからだ。

 その一方で、大男の側にはフードを目深に被った少女が付き添っている。この男らしからぬ同伴者を親方は怪訝に思ったが、詮索よりも本題に入ることを優先した。


「旦那、頼まれていた物は全部出来てるぜ。この後、宿に届けさせるからな」


 客人は見本に出された槍の穂先や剣といった……小ぶりに作らせた諸々の品を手に取って眺めていたが。


「いい出来だ。親方程の腕前は、王都の大鍛冶でもそうは居ないだろう」

「へへ、素直に嬉しいぜ。ところで」


 親方の視線が、客人の脇に立つ少女へと移る。


「槍だの剣だのを小さめに作ったのは、そっちの嬢ちゃんが使うためかい?」

「ん?ああ、いや違う。もっと小さい子達が使うのだ」

「なん……だと……」


 親方は絶句した。


「そんな子達を戦わせるってーのか」

「なに、小柄だが皆、張り切っている。いい戦士になるだろう」

「人間のやることじゃねえ……」


 裏稼業の人間だとは分かっていた。だが、そこまでする人間だとは思わなかったのだ。


「ははは、ヒトではないよ」


 客人が頬を釣り上げる。

 親方はそこに、まるで牙を向いた獅子がいるかのような錯覚を受けた。生まれてこの方、獅子など見たこともないというのに。


 こいつは鬼だ。正真正銘の、闇世界の住人だ。そう、親方の意識内で自らの声が木霊する。

 彼は、足から力が抜けていく感覚に陥り、尻もちをつくように椅子に座り込んだ。


「では親方、後で宿の方へ。機会があればまた、頼む」

「あ、ああ」


 だがそんな親方を他所に。客人はそう告げると、少女を伴って鍛冶場から立ち去ってしまった。


 親方は、うなだれたように椅子に座っていたが。

 やがてふらふらと出ていき、そして台所から酒瓶と杯を持って帰ってくると、険しい顔をして酒をあおり始めた。


 ……しばらくして、客人が帰ったことを察した弟子達が鍛冶場を覗き込んでくる。


「親方、どうしたんです。急に酒なんか」


 親方はじろり、と弟子を一睨みすると、また一杯飲み干す。


「鍛冶屋ってのはよぉ……業の深い仕事だなぁ……」

「はぁ」

「でもよ、俺はよ、それでも打ち続けなきゃぁ、ならんのよ」

「はあ?」

「鬼でも悪魔相手でも、人斬り包丁作って渡す!俺はそうでしか生きられん、罪深い男なんだよ……」


 弟子はもう一度「はぁ」と生返事をすると、首を傾げるのであった。



 用事を終えた二人が、宿へと向かっている。部屋ではエモンとフォグが待っているはずだ。

 エモンは「いやらしいお店に連れて行ってくれ」と言っていたが、サーシャリアの手刀で黙らされた。その為、留守番なのである。フォグはお目付け役といったところか。


「いやあ。これで狩りに出る皆に、十分に槍が行き渡るぞ」

「それよりも、絶対あの親方、団長のこと誤解してますよ!」

「え?そうかなあ?」


 疑問符をつけたガイウスの返答に、溜息をつくサーシャリア。


「ベルダラス団長はただでさえ誤解されやすいんですから、気をつけていただかないと」

「あー、それなんだが、デナン君」

「何でしょう、団長」


 ガイウスは顎の無精髭を擦りながら、見上げてくるサーシャリアと視線を合わせた。


「先日も話したように、私は既に鉄鎖騎士団の団長ではないのだ。だからもう、【団長】と呼ぶのは止めにしないかな」

「あ、そうですね!分かりました……」

「なので、ただのベルダ……」

「では、これからはガイウス様とお呼びします!」

「う、うむ?」

「ですのでガイウス様も、これからは私のことはサーシャリアとお呼び下さい!」

「お、おう?」

「よっしゃ!」


 拳をぐっ、と力強く握りしめるサーシャリア。


「え?何が?」

「いえ!何でもありません!エモンとフォグさんも待っている筈ですし、早く戻りましょう!ガイウス様!」


 半エルフはそう言って、くるりと一回転しながらガイウスの前に移動する。


「そうだな、えーと、サーシャリア君」

「……はいッ!」


 何だかよく分からないが。彼女の機嫌が良いので、気にしないことにしたガイウスであった。



 宿に戻ると、鍛冶屋とは別の買い物をした商店からの納品が丁度来ていた。

 ガイウスは業者を馬車に案内してそのまま積み込ませることにし、サーシャリアは先に部屋へと戻ることに。


(上司と部下から一気に名前呼びに昇格だわ!オホホホ)


 鼻歌を歌いながら階段を上る。部屋に近づくと、足音を聞きつけたのか、エモンが待ちかねていたようにドアを開けてきた。


「お、サーシャリア帰ってきたか!オッサンの知り合いが来て、さっきから待ってるんだよ」

「知り合い?」


 と尋ねると、エモンが小声で「なんかスッゲーいやらしいオーラがプンプンしてるネーチャンなんだけどさ」と耳打ちする。


「はあ?思春期拗らせすぎじゃないの貴方?てか、不用心に人を部屋に入れちゃだめよ」


 念のため、剣の柄に手を掛けながら部屋に入ると、ベッドの脇の椅子に一人の剣士が腰掛けていた。


 まるで死人のような生白い肌。つば付き帽を被った頭は闇夜のような黒い髪。それが襟首あたりで切り揃えられている。同じ色をした瞳、扇情的な目の下にはひどいクマが出来ており、病的ですらあった。

 だがその一方で、胸の豊かな膨らみと臀部の曲線が男物の服では隠しきれない色香を匂わせていて。決して美人とは言えないが……上下の不均衡さが逆に、全体をしてなんとも淫蕩な雰囲気を漂わせているのだ。

 そしてサーシャリアは、その彼女に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。


「……貴方、ダークじゃないの!」


 剣士の名はダーク。サーシャリアとは騎士学校時代の同期であり、また、鉄鎖騎士団で共に働いた同僚でもあった。

 もっとも、サーシャリアにとってのダークとは、いつも飄々としていて何を考えているのかよく分からない人物であったのだが。

 で、その女騎士ダークはケケケと軽く笑うと。


「いやぁー、お久しぶりです副官殿!揃って鉄鎖騎士団から異動させられて以来、でありますかな?」


 立ち上がって大仰に拳を胸に当て敬礼し、握手を求めてきた。


「え、ええ。そうなるかしら……って、何で貴方がここにいるの!?」


 狼狽えながら握手に応じるサーシャリア。だがダークはそれには答えずに


「サーシャリア殿が国土院辞めたとは聞きましたが、やはり団長殿を追いかけていたのでありますなぁー。いやはや、恋する乙女は一途でありますな!ケケケ」

「は!?はあ!?何言ってるの貴方!?馬鹿なの!?馬鹿じゃないの!?」

「んー!真っ赤になって否定するところがまた、お可愛らしい!」


 事実その通りの様子で、サーシャリアが地団駄を踏む。


「いいから質問に答えなさいよ!何で公安院所属の貴方がここにいるの!?」

「あー、それはでありますなー」


 がちゃり、とドアが開き、


「こらこら君達、少し静かにしなさい。他のお客さんの迷惑になるだろう」


 入ってきたガイウスが室内を見回し、「あ」と驚く。


「ああ、ガイウス様。よく分からないんですけどダークが……」


 そう言いかけたサーシャリアの目の前をつかつかとダークが横切り。


「お」「と」「う」「さ」「ま」「あ」「あ」「ん」


 と、しなを作りながらガイウスへと歩み寄っていった時。驚きでむせたサーシャリアの右鼻から鼻水が飛び出した。

 さらに、そのダークをガイウスが抱きとめたのを見た瞬間。

 左鼻からも同じ粘液が噴き出すことを、サーシャリアは抑えることが出来なかったのである。

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