26:副官ですから
26:副官ですから
かしん!と乾いた音を立て、木の棒が落ちる。
それを弾いたもう一本の棒が、ひゅっ、と風を切りドワーフ少年の喉元を捉えた。
「そこまで!」
瞬間、声を発したのはガイウスである。
それに応じてサーシャリアが、剣を鞘にしまうように、棒を収めた。
「エモン……貴方、私より弱いって相当なものよ」
「だ、だってお前一応、元軍人だろ!?」
溜息をつくサーシャリアに対し、痺れた手を押さえるエモンが食い下がる。
「誰が【お前】よ。私の方がずっと年上なんですからね」
こつん、と棒で額を小突く。
「【エルフの子供】呼ばわりしていた相手に剣で負けてるような子が、勇者王だかなんだかになるのは、難しいと思うけど?」
「ぐぬぬ」
そう、一同はエモンに剣の稽古をつけていたのだ。
「大勇者になって女にモテモテになる」と大言壮語を吐くエモンについて、一体どれほどの力量なのかと心配になったガイウスが立ち合いをしてみたところ……エモンは全く相手にならなかった。
ならば、ということで白羽の矢が立ったのは背丈が最も近いサーシャリアであったのだが、エモンはこの小柄な半エルフにすら太刀打ち出来なかったのだ。
「なーオッサン、何かこう、強くなるコツとかないの?必殺技とかさ」
「ないない」
笑いながらガイウスが首を振る。
「エモン、君が行こうとしていた西方諸国はここよりもずっと危ないのだ。南方諸国群では近年は大きな戦争も起きていないが、西方はずっと戦乱が続いている」
「……知ってるよ。だからチャンスがあるって思ったんだ」
頬を膨らませながら、エモンが応じる。
「だが、その腕では名を挙げるなど到底おぼつかないだろう。事実、素人同然の強盗どもに殺されかけていたではないか」
「ぐう」
「丁度良い。君がこの村にいる間に、血反吐を吐くくらい少し鍛えてあげよう」
「オッサン今血反吐って言わんかったか!?」
「はっはっは。言った言った。私も昔はよく吐いたものだ。そこのデナン君だって、休みの日も欠かさず鍛錬を重ねていたのだぞ」
視線を投げられて、急にキョトン、とするサーシャリア。
「え、何でです?」
確かにガイウスの言う通り、サーシャリアは学生時代も騎士になってからも、欠かさず鍛錬と勉強を重ねてきた。
まだ身体が子供であるため。体格も筋力も一般人より大きく劣るという不利を、技術で補おうと。
王立図書館や戦史資料室の書籍を片っ端から読み漁り、知識を蓄え続けたのも。
青春の休日を全て勉学と修行に費やしてきたのは、いつかガイウスの役に立つため。その傍らに並んで立つためだ。
与えられた希望に対する恩を返すその日のために、彼女は全てを投げ打っていたのである。
だが勿論、そのことをサーシャリアがガイウスに話したことなど、ない。身体や掌が痛む日でも、極力察せられないように努めていたのだ。
親しい友人もいない彼女は、誰かに内心を吐露したこともない。だからこそ、その努力をガイウスが知っていたことにサーシャリアは驚いたのである。
「掌を見れば分かる。あれは大分無理をしながら剣を握っていた手だ。だが最近は少々、サボっていたようだがな」
はっはっは、と笑うガイウス。
サーシャリアは鼻の奥が痛くなり。横を向いて俯いた。今視線を合わせたら、温かいものが零れそうだ。
「だからエモン、君も頑張って鍛錬したまえ。ドワーフの膂力に技術がつけば、いい剣士になれるぞ」
「どのくらいになれば大丈夫なんだよ」
「そうだな、立ち合いで十回に一回位、私から一本取れればいいんじゃないかな?」
「お!そうか、それくらいならすぐそうだな!」
「うむ。すぐだ、すぐ。」
はっはっは、と二人して笑う。
背中越しに話を聞いていたサーシャリアは鼻を啜りながら、「何十年先になるのかしら」と震えた声で呟くのであった。
◆
夕食も終わって、一同が囲炉裏を囲んでいる。
「買い出し、ですか」
『そう。村の皆から、色々頼まれててね』
ガイウスによる街への買い出しは、既に四回を経ていた。
コボルド達もヒューマン製の道具を扱うことにすっかり抵抗が薄れ、前回はレッドアイとレイングラスも付いてきた程である。勿論、犬のフリをしてだが。
『今回はアタシとガイウス、あとエモンの三人で……』
「私も行きます!」
だろうと思った、とでも言いたげな笑みを浮かべるフォグ。
『別に嬢ちゃんは来なくても大丈夫だと思うけど』
「いえ、このサーシャリア=デナン、ベルダラス団長の副官ですから!同行するのは当然です!それに会計や物資の管理は秘書である私の専門分野!私を連れて行かずして誰を連れて行くというのです!」
腕を組みながら鼻息荒く答える。
『分かった分かった。一緒に行こう。いいだろ?ガイウス』
「え?あ、すまん。聞いてなかった」
膝の上でフラッフとブロッサムを遊ばせることに夢中であったガイウスからの、間の抜けた返事。
『まったく……ホント、ぼんやりしててしょうがないねえ、ガイウスは。嬢ちゃん、こんなウスラボンヤリの部下だったんだろ?大変だったろ、こいつのお守りは』
「むぅ、否定できぬ」
後頭部を掻くガイウス。
膝の上の子供達が、それを真似する。
「そ、そんなことありません!」
ムッとして否定するサーシャリアが面白いのだろうか、フォグは調子に乗って言葉を続けた。
『何せこの昼行灯、昨日の晩飯も覚えてないんだからね』
「そんな訳ないでしょ!」
『どうかね?ねえガイウス、昨晩何食ったか覚えてるかい?』
ガイウスは顎に手をあて、少し考え込むと。
「ん?あー、えーと、コボ汁だったっけ?」
『木食いトカゲ肉の野菜炒めだろ』
「むう」
ほらね、とほくそ笑む兼業主婦。
『ま、仕事の付き合いだけだと、こういう、素のダメなところなんか、中々知らないだろうけどさ』
「は!?はぁ!?私の方が団長と付き合い長いんですけど?副官ですから当然、ダメなところも沢山理解してるんですけど!?」
突っかかられたことにややムキになったフォグが『へえ、嬢ちゃんがねえ?』と鼻で笑う。
「団長はいっつも提出書類の書式忘れて書き直ししてましたし?城への報告届けなんか期日しょっちゅう忘れてましたし?机の上も中も散らかしっぱなしだから印章とかよく無くして探し回ってましたし?会議の時は私がいないと何かしら資料忘れていきますし?道具の説明書読まないからよく使い方間違ってますし?「仕事で使えそう」って街の雑貨屋でよく分からないもの買ってきますし?しかも買ってきたこと忘れて同じもの買ってきますし?街の子供の童唄に出てくる【鬼】が自分のことだと知って一ヶ月くらい落ち込んでましたし?若い団員の子から【ガッちゃん】って呼ばれたりして、叱りながらも裏でちょっとニヤけてましたし?孤児院への慰問に行く時に動物型の飴を買い込んでおいたら陽が強くて渡す時にはデロデロになってましたし?てか渡せてませんでしたし?あと猫が……」
『へ、へえ……なかなかやるじゃないか。じゃあ、アタシだってねえ』
「なあ、オバサン達」
それまでずっと黙っていたエモンが、ぼそりと。話に割り込んできた。
「何よエモン、今大事なところなのよ!?」
『そうだよ、坊主は黙ってな!』
溜息をつきながら。エモンがガイウスを親指でくいっ、と指した。
「……オッサン泣きそうだから、そろそろ止めてやれよ」
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