24:囚われの女騎士
24:囚われの女騎士
『え?殺すの?』
サーシャリアの言葉を受けて、狩りメンバーの一人が思わず口にする。
「ぎゃーーーー!来るなーー!私なんか食べても美味しくないわよ!?てか何かしたら噛むわよ?噛むからね?私噛んだら凄いんだからね!?」
陸に打ち上げられた魚のようにビタンビタンと前後に反りながら、絶叫する彼女。先程の強がりは何処へやら。
人間で言えば10歳程度の可愛らしい少女の見た目をしているが、鼻水を垂らして泣き叫んでいるため色々と台無しである。
『う、うん。止める』
その迫力に押されたコボルドが、後退りしながら頷いた。
周囲の者達も、どうしたものかと顔を見合わせている。どうやら完全に持て余している様子だ。
エモンはその様子をしばらく見ていたが、やがて
「エルフの子供じゃねーか。何でこんなの連れてきたんだよ」
と言いながら歩み寄った。
サーシャリアはその姿を見るやいなや
「あ!ヒト!ヒトもいるのね!?良かった!ああ良かった!ねえ君、ちょっとこの子達に、私を食べないように言ってくれない?」
「いや、誰もお前なんか食べないだろ……」
「そう?そうよね!?」
興奮しながらも、少し息をつく。
エモンの脇でフラッフはその様子を見ていたが
『ねえねえエモンにーちゃん。たべないなら、にーちゃんがいってた「イヤラシイ」ことをするの?』
とエモンの裾を引っ張りながら尋ねてきた。
「いーーーやーーーー!?このスケベ!変態!痴漢!不細工!公然猥褻!インキンタムシ!私に指一本でも触れてご覧なさい!舌を噛み切って死んでやるんだから!」
『え、やっぱり死ぬの?』
先程引いていたコボルドがまた口を開く。
「ぎーーやーーー!たすけてだんちょーーーーー!」
再度の絶叫。完全に錯乱していて話にならない。
「これだからエルフは嫌いなんだよ……」
エモンが溜息をつく。
すると、背後からドスドスという足音が迫ってくるのが耳に入った。
「ちょ、ちょっと待ちなさいブロッサム。用を足していたところにいきなりどうしたのだ」
『いいからおじさま!こっちです!こっち!』
振り返ると、ズボンの裾をブロッサムに引かれつつ、大男がベルトと着衣を直しながら歩いてくる。
「おーオッサン。いいトコに来たな。何か面倒なのが来て困ってるんだよ」
『あの人、おじさまのお知り合いじゃないですか?おじさまの匂いが少しするのですが』
「ん?」
横たわったサーシャリアと、ガイウスの視線が合った。
「ぬおぅ!?デナン君!?」
「だ」
ぴょこん、と体を起こし、尺取り虫のように這いずりながらガイウスへと急速接近する。
小さな悲鳴を上げて、周囲のコボルド達が逃げ出した。
「だんちょおおおおおお」
「どうしたのかねデナン君、こんなところへ」
「お会いしとうございましたああああああああ」
屈み込んだその胸板に、飛び込むように顔を押し付ける。眼鏡が、地面の上にぽすんと落ちた。
彼女が泣き止むまで間、ガイウスは身動きが取れず。時折頭を撫でてみたりして、サーシャリアが落ち着くのを待つのであった。
そういえば手を洗っていなかった、とガイウスが青くなったのは、しばらく後のことである。
◆
「私、ベルダラス団長の副官を務めておりました、サーシャリア=デナンと申します!」
「はっはっは。デナン君は、私が騎士団時代に秘書として色々助けてくれていたのだよ」
フォグ家にて。
落ち着きを取り戻したサーシャリアが、ガイウスと並んで自己紹介をする。
家の中にはフォグ一家。入り口からは、村人達が興味深げに覗き込んでいた。
「子供なのに?」
エモンが首を傾げる。
「あのー、私一応23歳なんですけど?半分エルフだから多少成長が遅いだけですけど?」
サーシャリアは頬を膨らませ気味に、説明を入れた。
「いや、ハーフって言ったってお前、エルフ、しかもハイエルフのハーフだろ?耳を見りゃ分かるよ。23歳だったら、ヒューマンで言えば11、12歳くらいじゃないか」
異種混血児の成長と寿命は、ドワーフを除けば一般的に両種族の中間になると言われている。
エルフはヒューマンの二倍、ハイエルフは四倍の寿命なので、サーシャリアの成長速度はエルフと同程度ということになる。
エモンの言うように、本来であれば軍人などさせていい年齢ではないのだ。
「え!?そういうものなのか!?」
「俺のカーチャン、エルフだからな。ハイエルフも近所にいるし」
「……デナン君は、小柄なだけかと思っていたよ……」
ガイウスが驚いたようにサーシャリアを見る。
小柄な赤毛の半エルフは、慌てて反論を始めた。
「いえ!団長!子供ではありません!私は騎士ですよ?武人ですよ!?だから大人です!それ以上でも?それ以下でもありませんから!」
どうしても彼女はガイウスから子供扱いされたくないらしい。身振り手振りを交えた必死の弁である。
エモンは続けて何か言おうとしたが、サーシャリアから血涙を流しそうなほど怒気が滲んだ目で睨まれて、口ごもってしまった。
『そんな子がはるばるこんなところまで。一体どうしたんだい』
フォグが白湯を入れた器をサーシャリアに勧めながら、問う。
「ほら、私、団長の一番の副官ですから?お側でお支えするのは当然かと思いまして!」
「しかしデナン君。私はもうとっくに君の上官ではないのだよ。貴族でも、騎士ですもらない……」
「あ、それは大丈夫です!私も騎士を辞めてきましたので!」
何が大丈夫なのかさっぱり分からないが、自信満々に答えるサーシャリア。
「ええええー!?」
ガイウスはがっくん、と筵に落ちんばかりに顎を開く。
「君は由緒ある武家の名門、デナン家の出身だし……騎士学校を次席で卒業し、将来を嘱望されている騎士ではないか!それなのに、どうして……」
「何をおっしゃいます!私がお仕えするのは【イグリスの黒薔薇】ベルダラス団長のみ!あの宰相や現王ではありません!」
サーシャリアは目をキラキラと輝かせ、ガイウスを見上げている。
彼はその目に圧されて、何も言えなくなってしまった。
フォグはそんな二人を交互に見ていたが。すぐにピンと来たらしく、ニヤニヤとした表情になった。
入り口にたむろっている女コボルド達も同様の笑みを浮かべながら
『何あの子、可愛いじゃないの!』
『アタシも若い頃を思い出すわぁ。昔はダンナとねえ……』
『微笑ましいわねー』
『オバサン、応援しちゃう!』
などと、口々に勝手なことを言っている。
女性陣にこの手のネタが好まれるのは、どの種族でも変わらないのだろうか。
……こうしてサーシャリア=デナンはコボルド村三人目の客人となったのである。
当然長老は『ドワーフはともかく、半ヒューマン二人目なぞ、とんでもない!』と文句を言っていたが。
この意見はコボルド村最強派閥と言われる主婦連合からの袋叩きに遭い、あっという間に封じられたのであった。
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