23:面倒臭い子
23:面倒臭い子
「騙したなぁぁぁぁぁあああ!」
息を大きく吸い込む。
「よくも、騙してくれたなぁァァァ!」
魂からの叫び。
涙を流さんばかりのその悲しげな声に驚いた鳥たちが、森の木々から飛び立っていく。
……コボルド村の広場。
絶叫するドワーフの少年を、コボルド達が見守っている。
「どうした、エモン」
そう声をかけたのは、到着するやいなや大量の子コボルド達に蹂躙され、這いずる毛玉と化したガイウスだ。
「どうした、じゃねーよオッサン!何が「美人もいるし、可愛い子が多い」だよ!嘘ついてんじゃねーよ!」
「いや、別に嘘などついておらんが……ほら、この子達も可愛いし、あそこの娘さん達も美人だろう?」
「犬じゃねーかあああああああああ!」
「コボルドだよ?そんなこと言うと噛まれるぞ」
「バッキャロー!娘さんっていうのはな、もっとこう、もっとあれだ!ヒューマンとかオーガとかトロルとかそーいうのを言うんだよ!チクショー!素朴で純真な田舎娘と夜這いの風習のある村で「私、こういうの怖かったんだけど、貴方となら……」とか言われてほのぼのといやらしい流れになったり、年上のお姉さんが少年の筆おろしをするシキタリがある村でいやらしい交流をしたり、外部の血を取り入れるという名目で綺麗所からいやらしい歓待を受ける展開を期待していたのに!くっそおおおお!」
膝をつき、叫びながら地面を拳で殴りつけるエモン。
話の内容さえ聞いていなければ、青少年が無念の嘆きを漏らす悲痛な光景に映ったことであろう。
「はっはっは。若者は想像力が豊かでよろしい」
「よくねえええぐぼあ!?」
エモンの絶叫を断ったのは、フォグによる後頭部への平手打ちだ。
『いいから荷物降ろすの手伝いな!泊めたげるんだからその分働いてもらうよ!ほれ、ガイウスも遊んでないでちゃっちゃと動く!』
「すまぬすまぬ。ほら、子供達。降りて降りて」
「おお痛え、分かったよ」
後ろ頭を擦りながらエモンが返事をした。
数日前は顔面骨折まで疑われるような重傷であった彼だが、今ではその形跡すら無い。恐るべきはドワーフの生命力である。
『夕飯の支度はこれを片付けてからだよ、腹が鳴る前に終わらせるからね』
「「はーい」」
息を合わせたように答えた二人は、早速行動を開始する。
エモンの絶叫劇を見守っていたコボルド達も、笑いながらそれを手伝い始めるのであった。
◆
『嫁探しの旅だって?』
「そうさ。俺達ドワーフの男は時期が来るとグレートアンヴィル山から出て、運命の相手を見つける旅に出るんだ」
「ほほう。なかなかロマンティックだな」
『いいじゃない、そういうの』
夕時。
囲炉裏を囲んで、家長のフォグ、息子のフラッフ、姪のブロッサム、客人のガイウスとエモンが食事をとっていた。
今日の夕食はコボルド式ごった煮。所謂「コボ汁」である。内容はお察しの通り、ありあわせの野菜や肉などにコボルド伝統の発酵調味料を加え、一緒くたに煮込んだものだ。
コボルド族の一般的な家庭料理であるが、その手軽さから、主婦が忙しい時の定番メニューとされている。
買い出し品の村への分配と整理に時間がとられたため支度が遅くなり、フォグはこの献立を選んだのであった。
「だろー?俺も早く美人の嫁さんを見つけて、爛れた生活を送りたいんだ!」
『……台無しだよアンタ』
『タダレタセイカツ?よくわからないけどエモンにーちゃんすげー!カッコイイ!』
『フラッフ、多分全然カッコよくないからねこれ』
『そうなの?』
白い子コボルトは従姉妹に窘められるも、首を傾げていた。
「でも、俺達ドワーフみたいな不細工、普通にやってたら嫁なんか見つからないからさ!こう、冒険の旅で何かこう、すごいことをして有名になったり、戦で武勲を立ててモテる必要があるわけよ」
『不純すぎやしないかい』
「武勲なんぞ立てても、女性からは全く相手にされんぞ?私が良い例だ」
「……不細工仲間のオッサンが言うと説得力あるな……」
苦笑いしながら「まあな」と返すガイウス。
「だからよー、俺はここでノンビリしている訳にはいかねーんだ。きっと俺の旅の先には、美人で巨乳のお姫様や女将軍、女騎士、女軍師、女戦士、尼さん、踊り子、女医さんやメイドさんとの心と股間の温まる淫蕩な出会いが待っているはずだからな!色々世話になったが、明日にでも西方諸国へ向けて出発するつもりだ」
『えー、エモンにいちゃんいっちゃうの?もっとあそんでよ!』
「すまねえなフラッフ。だが、俺にはヤらなきゃいけねえことが沢山あるんだよ」
『そんなー』
フォグとガイウスはそんなやりとりを聞き、顔を見合わせると。
互いに「ふふふ」と微笑むのであった。
◆
数日後。
『エモンにーちゃん、あそぼーよ!』
『遊びましょう』
千切れんばかりに尻尾を振ったフラッフと、ブロッサムがエモンに声をかけていた。
「おういいぜ!何して遊ぶ?」
『……もりのてまえに、でっかいウンコがあった。たぶんアレ、いっかくイノシシのウンコ』
ぼつぼつと喋るのは、横にいるフィッシュボーンだ。
フラッフの一番の友達であるこの子供は、いつも鼻水を垂らしてぼんやりしている。
『だから、いまからつっつきにいこうよ!ウンコ!』
「いかねーよ!何でだよ!」
『えー』
「分かった分かった。代わりに【おばあちゃん歩き】って遊び教えてやるから、ウンコつつくのはナシな」
『なにそれおもしろそう!おしえて!おしえて!』
「おう、まずな、鬼が木に顔を向けている間に他の奴が……」
まとわりつく子供達の頭を撫でながら、エモンが玄関へ向かう。
結局あれからも彼は、村に留まっていたのであった。
理由は分からないが、どうも子供達から非常に好かれる質らしく。フォグ家だけでなく、近所の子供達にドワーフの遊びなどを教えて、懐かれているようだ。
『暗くなる前に戻ってくるんだよ』
という声に、はーいと返事をしつつ、家を後にするエモン達。暇を持て余していた近所の子供達がそれを見つけ、ぞろぞろと付いていく。
臨時のベビーシッターといった体であろうか。
◆
広場の木を使って【おばあちゃん歩き】に一行が興じていると、何やら少し離れたところが騒がしい。
『なんだろ?』
『なんだろーね?』
興味の対象が移った子供達が、幼児特有の嬌声を上げながら四つ足で走っていく。
遅れて現場に着いたエモンが見たのは、狩りから帰ってきた大人達のグループであった。彼等は寄ってきた村人達と一緒に、輪を作って何かを囲んでいる。
「何か珍しいものでも捕れたの?」
『お、フォグの客人か。いやあ、罠に掛かっていたんでとりあえず捕まえてきたんだが、どうしたものかとな』
応じてくれたのは、狩りグループの若者である。
「へー、どれどれ」
エモンが興味深げに覗き込むと、そこにはロープでぐるぐる巻きに縛られ、唸りながらのたうち回る【獲物】の姿があった。
体はエモンより少し大きいくらいだろうか。
赤い毛、長く尖った耳。牙の有無は分からないが、肌はまるで少女のようであり……というより、これは少女そのものだ。
「ええい!私はサーシャリア=デナン!痩せても枯れても武門デナン家の出、元イグリス鉄鎖騎士団員!獣人どもの辱めなど受けん!殺せ!」
……何か面倒臭そうなの連れてきたな、とエモンは心の中で呟くのであった。
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