21:落胆
21:落胆
呼び止められたガイウスが、ゆっくりと振り返る。
「思い出しましたよ!その左頬の薔薇模様!【イグリスの黒薔薇】、【五十人斬り】、【味方殺……」
ワイアットはそこまで言いかけて口ごもり、咳払いをしてから言葉を続けた。
「イグリス王家直属の鉄鎖騎士団(チェインメイルズ)団長、ガイウス=ベルダラス男爵でありましょう!?」
ガイウスは「あー」と、きまりが悪そうにこめかみを掻いた後。
「確かに私はガイウス=ベルダラスと申します。そのように呼ばれていた時期もありました。ですが……」
「おお、やはり!」
興奮した様子で、ワイアットが駆け寄ってきた。鼻息は荒く、目も心なしか輝いているように見える。
彼の部下とおぼしき二人の若い騎士は、その様子をぽかんと口を開けて見ていた。
「こんなところでお会い出来るとは、光栄です、ベルダラス卿!」
「お止め下さい、ワイアット殿。私はもう、男爵でも騎士団長でもありません。今はただのガイウス=ベルダラスです」
「何ですと!?」
「中央での勤めにも疲れまして。とうとう先日職を辞し、爵位もお返しして、故郷へと帰ってきたのですよ。今は貴族でもなんでもありません。無職の平民です」
ははは、と小さく笑いながら後頭部を掻くガイウス。
「馬鹿な!?貴方は五年戦争の英雄ではありませんか!」
「私は英雄などではありません。ただ、生き残らせて貰っただけです」
「ですが、歴史あるイグリス王直属の鉄鎖騎士団長の座、そして爵位まで得たのでしょう!?「剣に依って立つ」、これぞまさに武人の誉れ!何も貴族の地位まで捨てずとも!」
ガイウスの話に余程動揺しているらしい。ワイアットは、早口に喋り続けた。
「まあ元々、ああいうのは苦手でしたので」
「そんな」
「という訳で私は今、故郷近くの村にお世話になっているのです。樵や畑仕事なども教わったりしていますが、何分不器用な質でして。中々上手くいかないものですな」
「【イグリスの黒薔薇】が、樵ですと!?」
「では、ギルド長殿。私達はこれで失礼を。賊の引取り、感謝致します」
ガイウスは深く頭を下げると、ドワエモンと共に馬車に乗り込み、街道沿いに去っていく。
ワイアットはそれを、唖然とした表情で見送っていた。
◆
しばらく後。
ずっと機会を窺っていた彼の部下が、「ワイアット様」と呼びかける。
振り返ったワイアットは今まで部下が見たこともないような不機嫌な表情をしており、ぎろり、と睨めつけるように彼等を見た。
「……何だ」
その目に萎縮する若騎士達であったが、うち片方が勇気を出して口を開く。
「そろそろ、戻りませんと。この者達は歩かせねばなりませんし」
「ああ、そうだな」
ワイアットが賊へ向き直る。
「確か、この者達の罪状には殺人も含まれていたな」
「はっ、その通りです」
「死罪は免れまい」
「そうかと思われます」
拘束された強盗達が、諦めの呻きを上げた。
「ならばまあ、ここで始末してしまっても構わんのだろう?」
「首だけの方が、軽いですしね」
強盗達からの、絶望の叫び。
ワイアットがつかつかと彼等へ歩み寄り、剣を抜く。
それは所謂、【魔剣】であった。
刀身自体が薄く虹色の輝きを見せるのは、ミスリルを含んだ魔法合金ならではのもの。熱や冷気を帯びていない様子からすると、恐らくは強化魔術が組み込まれている類なのだろう。
鍔から刀身にかけては赤い紋様が刻まれており、何らかの呪術的な処置までも施されているのが見て取れた。
魔術と呪術を一本に集約した複合魔剣。ミスリル銀の含有量も、通常の魔剣より相当多いはずである。
高価で、希少な一振りだ。
ワイアットはそれをもって、賊の首筋にぴたりと刃を当てる。
……が。
「いや、止めておこう」
強盗達が、安堵の息を吐く。
「何故です、ワイアット様」
「例の任務に使えるかと思ってな。こいつらなら、足もつきにくい。この手の「人材」を冒険者から見繕うのに、難儀していただろう?」
「ああ、確かに」
部下はそう返答し、同僚と目を合わせ互いに頷いた。
ワイアットは彼等を一瞥した後、屈み込んで賊の頭目と視線を合わせる。
「さて、強盗諸君。君達にはどちらかを選んでもらうことになる。このままこの【ソードイーター】の錆となるか、それとも私を手伝い、新たな戸籍と金を得て別人として生きるか、だ。強制はしない。好きな方を選ぶといい。ただし、返答は素早くな。私は今、ここ数年で最も機嫌が悪いのだから」
◆
『ほら、動くんじゃないよ、えーと、ド……モン?』
馬車の荷台。コボルドが、ドワーフの少年に手当を施している。
当初治療は要らないと言っていたドワエモンであったが。フォグの迫力に押され、今では大人しく従っていた。
「あだだだだだ!オバサン、もっと優しくしてくれよ!」
『ああん?誰がオバサンだい!えーと、ド、ドラエ……?』
「そんなに言い辛いなら、エモンでいいよ、いててて」
『ほら、この薬塗って終わりだからじっとしてな!仕方のない子だねえ』
フォグは、どうにもエモンのような少年が放っておけないらしい。
丁寧に手当を施していたが……既にその腫れは引き始めているようにも見えた。錯覚でなければ、とんでもない再生力である。
「ドワーフは首を斬ってもくっつく」という彼の話も、あながち冗談ではないかも知れない。
「そう言えばオッサン、貴族だったのか?俺は坊さんだと思ってたよ」
荷台から御者席へ身を乗り出し、エモンがガイウスに話しかける。
「おや、どうしてそう思ったのかね」
「そのほっぺた、入れ墨じゃなくて呪印だろ?どこの地方でも坊さんがよく入れてる、去勢魔法の術式。でもそれ、暴発してるよな?」
「その通りだが、随分と詳しいな」
「上から5番目のねーちゃんが呪術師やってるんだよ。昔はよく練習台にされたぜ……あの鬼め。呪印って、しくじると線が弾けてグッチャグチャになるんだよな。しかも解呪が難しくなったりして……落書きみたいだ、って学校で笑われたもんさ」
「私も、呪術師がヤブだったらしくてな。おかげでこの歳になっても【薔薇】などとからかわれて、困っている」
後頭部を掻きながら、はははと笑うガイウス。
「……しかしオッサンが男爵様だったとはねー。全然貴族っぽくないよな!さっきの騎士の方が、よほど貫禄があったぜ?」
「ああ、あの冒険者ギルド長か」
あの騎士、ワイアットは姓を名乗らなかった。
名乗らなかったのではなく、無いのだろう。何らかの許しを受けて姓のある平民はいても、姓の無い貴族は存在しない。それは、彼が貴族ではなく平民であることの証左であった。
騎士学校の無い地方領では、騎士への取り立ては通常、貴族の縁故による。もしくは、余程実力を認められた者か。
恐らく、ワイアットは後者なのだろう。
「……あれは、貴族というより武人としての貫禄だな。しかも相当な使い手だぞ」
「そんなの分かるの?」
「立ち方と歩き方で、大体な。後はまあ、勘だ」
「ほーん」
分かったような分からぬような相槌を打つエモンであったが。
「ま、貴族とか王族とかどーでもいいわな!うちのカーチャンだって、北方のお姫様だったんだぜ?でも今じゃただの太ったオバンよ」
そういって、ケラケラと笑った。
『アンタがお姫様の息子―?嘘くさいねえ』
片付けを終えたフォグも、御者席に寄ってくる。
「本当だぞ?ドワーフウソツカナイ」
『アンタが言うと、既にそれが嘘くさい』
「ひでえー」
ガイウスは笑みを浮かべながら、そんなやり取りを心地良さげに聞いているのであった。
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