20:冒険者ギルドマスター

20:冒険者ギルドマスター


 ドワーフ。

【大森林】の中心にそびえ立つグレートアンヴィル山、そこに住まうと言われる屈強な種族。

 ドワーフ族自体の人口が少ないこともあり、南方諸国群ではまず見かけぬ者達である。

 だがそれでも。「世界の守護者」「生来の戦士」「特殊文化の信奉者」「女神の下僕」といった様々な表現は、イグリス王国においても十分に知られていた。

 他の地方から伝わり聞く英雄譚や逸話の大半には、どこかに彼等が登場するためである。

 ドワーフとは。言わば、伝説に最も近い種族なのであった。


「ドワーフには初めてお目にかかった。珍しい。南方諸国群はヒューマンばかりなものでな」

「そういうオッサンもトロルの混血だろ。四分の一くらいか?」

「おや。分かるのかね」


 一発で見抜かれたことに、ガイウスはやや驚く。


「グレートアンヴィルには色んな種族が集まってるからな。すぐ分かるさ。商店街の八百屋の嫁さんがトロルだったし、ウチの三軒隣の奥さんもトロルだったんだ。こう、筋肉質で引き締まってるのにオッパイはバイーンとしてて、たまらんよな!トロルのねーちゃんってさ!美人も多いらしいぜ!」

「うーん?そうかも知れんな」


 生前の母親をおぼろげに思い出しながら、頷く。

 が、すぐに気を取り直したように


「ああ、遅れてすまない。私はガイウス。買い出しの帰りに偶然通りがかった者だ」


 と名乗った。


「ありがとよガイウス!いやー、南方諸国群は治安悪いって聞いてたけど、予想より酷かったわー」

「特にここ、ノースプレインは政情不安だからな。子供が一人旅をしていい場所ではない」

「俺はもうじき15だぜ、ガキ扱いしないでくれ」

「そうか、それは失礼した」


 苦笑いするガイウス。


「それよりドワ……エモン?大分手酷くやられたようだが、傷の手当をしないか」


 賊に抵抗したために、一層の暴行を受けたのだろう。ドワエモンの顔は腫れ上がり、まるで粗い岩のようであった。

 顔の骨が折れている可能性も高い。


「あー大丈夫大丈夫。こんなの唾つけときゃ治るから。家から持ち出してきた治癒のマジックポーション、残り少ないんで温存しときたいし。知ってるかいオッサン、ドワーフは首を落とされでもしなきゃ、そう簡単には死なないんだぜ?首だってすぐ合わせればくっつくって話だ。ま、試したことないけどな!」


 ふんぞり返るように。自慢とも冗談とも分からぬことを口にする。


「……ところでオッサン、あの強盗達はどうするんだ?」

「縛ってから街に戻ってガードに突き出す。君も一緒に、街まで送っていこう」

「オッサンはその後どうすんの」

「村に戻るが」


 差し伸べられた手を掴んで立ち上がったドワエモンは、顎に手を当てて少し考えていたが。


「……なあ、オッサン。オッサンの村って、美人の娘はいるのかい?」


 神妙な顔をして、ガイウスに尋ねる。

 するとガイウスは、ぱぁっ、と表情を明るくして


「いるぞ!美人もいるし、何より可愛い子が多い!しかも皆親切で、優しくてな!私も毎日が楽しくて楽しくて、仕方がないのだ。ははは」


 嬉しそうに、語った。


「そうか。そうか……そうなのかー……うんうん……」

「うむ。そうなのだ」

「なあオッサン。俺もその村に寄ってもいいかな?」

「どうだろうな。私も村では新参でね。同行者に尋ねてみ……」

『ガイウス!何か来るよ!道沿い!』


 馬車から大声が上がる。フォグが何らかの気配を察したのだ。

 彼女が伝えてきた方角をガイウスが見ると、街道沿いに三体ほどの騎馬が迫ってくるのが確認出来た。


「フォグはそのまま隠れていてくれ!」

『分かった!気を付けるんだよ!』

「え?何?また山賊か何か?」


 腫れた瞼で目がよく開かないのだろう。ドワエモンは指で広げるようにして、その方角を見ている。

 ガイウスも同様に注視していたが、やがて警戒を解くように肩の力を抜いた。


「いや、あれは賊ではない……騎士だな」



「私はワイアット。ノースプレイン侯ジガン家当主ケイリーの騎士であり、ライボロー冒険者ギルドの管理者を務めている」


 三名の騎士の内で、最も役職が高いと思われるその男は、そう名乗った。

 身の丈は六尺と少し。精悍な顔つきをした、立派な体格の騎士だ。歳は、ガイウスよりやや下といったところだろうか。

 鎧の胸についた篭手をモチーフとした紋章に、ガイウスは見覚えがあった。ジガン家の紋章で間違いはない。

 紋章の無断使用は死刑も有り得る重罪だ。また、身なりと様子からしても、彼の言に偽りはないだろう。


 そんなワイアットへ向け、ガイウスは跪いたまま口を開く。


「私はガイウスと申します。この度はライボローへの買い出しの帰り、たまたま賊を取り押さえまして。これから街へ戻りガードに引き渡そうと思っていたところです」


 ガイウスの背後では、ドワエモンが縛り上げた強盗達が並んで座らされていた。


「たしかあの、頬に火傷痕のある男……手配書が出ていたかと。容疑は殺人と強盗です」


 傍らに控えていたやや若い騎士が耳打ちし、ワイアットは頷きながらそれを聞いていたが。


「……お前一人で、六人も取り押さえたのか」

「多少、剣の心得がありましたもので」

「顔の傷跡は、戦傷か?」

「そうでないものもありますが、大方はそうです」

「五年戦争には?」

「イグリス王の軍に、従軍しておりました」

「私は今と同じジガン家の軍だった。もっともあの頃は一兵卒だったがな。スネーク・ブッシュの戦いには?」

「はい。参加しておりました」

「ははは、そうか!いやあ、何だか懐かしいな」


 ワイアットは機嫌良さげに笑う。


「ガイウスよ、ご苦労であった。それでは共に街へと向かおうか。報酬も出るぞ」

「いえ、ギルド長殿。私は買い出しの途中故、このまま村へ帰りたいと存じます。その為、大変厚かましいのですが……この賊共の身柄を、引き受けていただけると助かるのです」

「それは構わぬが、報酬の受取はどうするのだ」

「荷物もありますので、村に帰るのを優先したく。謹んで辞退させていただきます」

「無欲だな。相分かった。引き受けよう」

「有難く存じます。では、私共はこれで」


 ガイウスは片膝をついたままさらに頭を下げて謝意を示した後、ドワエモンを伴って馬車の方へと歩き始める。


「オッサン、褒美はいらねーの?」

「いらんいらん。苗も積んでいるし、早く村に戻りたいのだ」


 とやり取りしながら歩く二人の後ろ姿を見送っていたワイアットであったが。


「ガイウスか……」


 呟くようにその名を口にした後、はっとしたような表情になり。

 慌てた様でガイウスの背中へと声をかけてきた。


「待たれよ!おま……いや、貴殿は、ベルダラス男爵ではありませぬか!?」

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