19:髭のない少年
19:髭のない少年
『まだ気にしてんのかい』
荷物を積んでの帰路。
ガイウス達は、街道沿いに馬車を進めていた。
取り付けた馬車幌の中には、鍛冶屋に作らせたり市場で買った道具や、農作物の苗や種が積み込まれている。
フォグはそういった荷物に背を預けながら、隙間に足を伸ばしていた。
『いいじゃないのさ。子供達に泣かれたり、女の子が気絶したくらい、なんだって言うのさ』
「……街の警備兵(ガード)も呼ばれた」
御者席で手綱を握りながら、ぼそりとこぼす。
「最近はコボルド村にいたので、こういうのは……悪い意味で新鮮だ」
『ふーん、ヒューマンの顔の良し悪しなんてアタシらにはよく分からないけど、アンタ、よっぽど酷い顔してんのかね?』
その言葉で更に肩を落としたガイウスであったが。
しばらくして振り返ると。
「それより、私の提案に突き合わせて街に連れてきたが、大丈夫だったか」
と、フォグに問うた。
直接の犯人ではないが、ヒューマンという種族は彼女の夫や友人の仇である。
その巣とも言える場所に連れてきたことを、ガイウスは気にしていたのだ。
『まあそりゃ、正直に言えばいい気分じゃなかったさ。でも、ヒューマンが沢山いるところに行ってみたら、やっぱりそれぞれ違うんだよね、魂の臭いが。まあ、全部が全部村を襲った連中と同じ奴って訳じゃあないさ』
「そうか」
ヒューマンが同族でも殺し合う一枚岩では無い種族だということも、既にフォグは理解していた。
『まああれだけいれば、臭い奴も結構居て……ガイウス、ちょっと待った』
ガイウスはマイリー号に減速を命じ、急に体を起こしたフォグの方を振り返る。
彼女の耳はピン、と立ち、険しい表情をして何かを探っている様子だった。
「どうした、フォグ」
『怒鳴り声と呻き。あと、血の匂いもする』
「何処だ」
『左の方』
停止した馬車から降り、フォグが告げた方角を見やるガイウス。
目を凝らすと。街道から外れた林の手前に、数名の集団が屯(たむろ)しているのが確認できた。
「ただ集まっているのでは、ないな」
ガイウスがそう判断したのは、単純な理由である。
その集団はみな武装し、かつ何かを取り囲んで足蹴にしているからだ。
「……物盗りか」
衛兵のいる都や街、相互監視や自警団のある村と違い、野には人の目はない。それに乗じて盗みや殺人を行う者がいるのが、現実である。
そのため、領主や王侯というものは街道を整え警備し、往来の安全を図る。
街道の治安はいわば統治のバロメータであり、見栄と名誉のために諸侯が競う程の事柄なのだ。
その街道、しかも街から左程離れぬ場所で白昼堂々と。不逞の輩が徒党を組み「仕事」に励んでいるというのは、ノースプレイン侯爵領の統治が綻んでいる証左であった。
『ヒューマンってホント、ああいうの好きだねえ。で、どうする?こっちには気付いてないみたいだけど』
「見過ごせん。すまぬが、少し待っていてくれるか……ん?どうしたフォグ」
フォグは荷台から御者席に身を乗り出し。肘をついたまま、クスリと笑う。
『ふふ、アンタのそういうトコ、嫌いじゃないよ』
「ん?そうかね?」
ガイウスは首を傾げると、荷台から街で買った箒を手に取り、のしのしと駆け出していくのであった。
◆
「おぉぅい、そこの君達」
獲物を取り囲み、いたぶっていた男達は、突如としてかけられた声に振り返った。
見れば、男が一人駆け寄ってくる。持ち上げて左右に振っているのは、武器……ではなく箒のようだ。
「どこの馬鹿だ」
頬に火傷跡のある中年男が、吐き捨てる。
彼はこの物盗り集団の年長者であり、頭目であった。
「物盗り」と言えば柔らかめに聞こえるが、街の外では強盗もする。必要に迫られれば人殺しもやるし、実際、そうしてきた。
目下彼等は強盗中であり、そして証拠隠滅の為に必要な措置を施そうとしていたところである。
そんなところへのこのこと寄ってくるのだから、随分と間の抜けた話だ。
「物狂いですかね、ありゃ」
浅黒い肌をした男が、頭目に問いとも言えぬような言葉を投げる。
ノースプレイン侯爵領内の現状を理解していれば、正気の者は路傍の剣呑に関わろうとは思わないだろう。
「さあな。何にせよ現場を見られたのは面倒だ。まとめて始末するぞ」
半殺しにした獲物はそのまま放置し、6人の盗賊達は迫ってくる男へと向き直り、剣を構えた。
「もし本当に狂人なら暴れられると厄介だ。囲んで一気に胴を突……」
頭目の言葉が途切れた。
目に埃でも入ったかのように瞬きを繰り返し、目を細める。
距離感が、おかしい。
「おい、あれヒューマンなのか?デカすぎねえか?」
「えらい大男ですが……それに何すかね、あの顔は……」
「まともじゃねえよな」
頭目が舌打ちする。
「ビビるんじゃねえ!多少ガタイが良いからって何だ。相手は丸腰同然だぞ?いいから殺せ」
気を取り直し「応」と返答した手下達は。男へ走り寄ると、素早く取り囲んだ。
「よし掛かれ!」
掛け声と共に盗賊が一斉に突きかかる!
哀れ、物狂いの大男は五本の剣により串刺しに……はならなかった。
彼は囲んだ五名が調子を合わせて突くより素早く踏み込み刃を躱すと、手に持っていた箒の柄で目前の者、その喉を突き倒したのだ。
そして刺突体勢の四名が体勢を立て直すよりも早く、すぐ隣の者の首を後ろから打ち据え、その意識を絶つ。
残る三名がすんでのところで同士討ちを回避しながら向きを直した時。既に大男は箒を肩に担ぎながら、声を掛ける機会を待っている状態であった。
「あー、念のため尋ねるが。君達は盗賊、ということで合っているかな?」
「怯むな!続けろ!」
大男が質問を投げかけるのには応じず、頭目が命じる。
瞬く間に二人を打ち倒した相手の力量を察した彼は、手下達がそれを理解し動揺してしまう前に、決着を急いたのだ。
幸い今の位置関係ならば、大男は頭目と手下に挟まれる形になる。
(大丈夫だ、今ならまだ、やれる)
そう考えた頭目が足を踏み出した瞬間。
目標は素早くかがみ込むと、先程彼に打倒され気を失っている者の足首を左手で無造作に掴み上げ、まるで洗濯物の水気でも切るかのように振り回した。
残った手下三名は横一閃で薙ぎ倒され、そのまま気絶者を投げ捨てた大男は箒を頭目へと向ける。
逃走に移るために急停止した彼が、気を失う直前に見たのものは。
自らの鳩尾を抉りに来た、箒の柄であった。
◆
気を失った者、悶える者。行動不能になった盗賊達を尻目に、ガイウスは彼等が先程取り囲んでいた場所へ向かう。
予想通り、そこには彼等の「獲物」が胡座をかいて座り込んでいた。
盗賊達から手酷いもてなしを受けたらしく。その顔はひどく腫れ上がり、所々から血を流していたが、意識ははっきりとしているらしい。
どうやら、最悪の事態は避けられた様子である。
旅装をした、小柄な……いや、小さな男だ。恐らく立ち上がっても、その背丈は子供程しかないだろう。
その割にはがっちりとした肩幅と腕をしているが、半面足は短く、ずんぐりむっくりとした印象を受ける。
「君、大丈夫かね」
ガイウスがそう声をかけると、男は目を輝かせながら
「すげーな!圧倒的じゃねーか!しかも箒でかよ!」
と、興奮した声を上げた。
ぼこぼこにされた顔からは分からなかったが、声が若い。どうやらまだ、少年のようだ。
そして少年はそのまま、まくし立てるように言葉を続ける。
「ありがとな、オッサン!俺はグレートアンヴィルの戦士ドワスケの息子、ドワーフのドワエモン!そしてゆくゆくは大勇者として名を馳せ、酒池肉林の大ハーレムを作り上げる男だ!」
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