18:ライボローの鍛冶屋
18:ライボローの鍛冶屋
南方諸国群にも、【大森林】の奥深くを水源とした川が相当数存在する。
森の外に出た流れはやがて合流し、より大きな河となって海へ至るのだ。
水は、生物が、人が生きていくために。そして河川は生活を支えるために必要なものである。
自然、都市というものはその流域に発展しやすいものであった。
ここも、その例に漏れない。
そもそも名の由来にしても、「川のあるところ」というものが縮み訛ったものなのだから。
それが、ライボローの街である。
◆
「おおおおおおおお親方ぁぁぁぁ!」
血相を変えて鍛冶場へ飛び込んできた弟子をぎろりと睨むと、「親方」と呼ばれた初老の男は、呆れたように口を開いた。
「何を慌ててんだオメー」
「きききき、客が来て!しししし仕事を頼みたいって!」
「……朝っぱらから酔ってるのか?」
親方は嘆かわしげに言い、顧客をここへ案内するように指示を出す。
「お、俺が連れてくるんですかい!?勘弁して下さいよ!」
「何言ってんだオメー。来てもらわないと注文内容聞けねえだろうがよ。いつものことじゃねーか」
今回もどうせ、鋤や鍬、鎌あたりだろう。いや、ひょっとしたら蹄鉄か。
つまらない、つまらない仕事だ。そう、親方は思っていた。
やはり鍛冶師を志したからには、剣槍の類を鍛えたい。鍛冶屋は武器を作ってこそだ。
いささか偏った思考の彼は、ずっと、ずうっと、そう思っていたのである。
だが、五年戦争が終わってもう15年。武具に対する需要は大幅に減って久しい。
ノースプレイン侯爵であるジガン家の家督争いで長女と次男が争いそうだという話だが、まだそれは実際の衝突には至っていないし、そうでなければお抱えでもないこの工房には関係のない話だ。
近年、侯爵領内の開拓村は治世の綻びもあり、相次いで廃村に追い込まれている。魔獣を相手にする開拓戦士達からの注文もなくなった。
今でも街の冒険者ギルドの者達から刀剣の類を求められることはあるが、それもたまのこと。
彼の心を満たす仕事は、まるで足りていなかったのである。
「で、でも」
まだ、弟子は渋っている。
「でもも、しかしもねえよ!いいから連れて来……」
そう口にした時、一人の男が鍛冶場の入り口に現れた。
同時に、弟子は猛烈な勢いで反対側の出入り口へ逃げていく。
そしてこの瞬間、親方は弟子がこれほど怯えていた理由を悟ったのである。
身の丈七尺はあろうかという、筋骨隆々たる巨躯。顔には幾つもの戦傷。頬には禍々しげな入れ墨。
その厳つい顔の双眸から、心臓を射抜くかのような鋭い視線をこちらへ向けている男。
この男こそが、弟子の言っていた「客人」なのだ。
「突然の訪問、申し訳無い。貴殿がここの主人か」
客人は、ゆっくりとそう告げた。
「あ、ああ」
と、親方が気圧され気味に返答する。
だが、その裏で彼の心は、雷に打たれたかのような衝撃を受けていた。
(只者じゃねえ!)
ごくりと、親方が唾を飲み込む。
……こいつは、人を殺すために生まれてきた男だ。
(犬なんか抱きかかえたりして、物腰を柔らかく見せかけようとしているが、俺には分かるぜ!臭いがプンプンする!アンタは生粋の殺人鬼だ!)
「仕事を頼みたい。出来合いの物ではなく、誂えで、だ」
「おお!」
親方の顔に、喜色が浮かぶ。
「何が欲しいんだ!?剣か?剣だな?ロングソードか?ファルシオンか?ハハッ!アンタの図体なら、クレイモアーでも片手剣みたいなもんだよな!」
「いや、剣ではない」
客人が、首を横に振る。
「じゃあ、長物か!槍だな?パイクか?パルチザンか?グレイブ?フォーチャード?ハルバードも使いこなせそうだな!」
再び客人が、頭を振る。
「斧だ」
おぉ、と親方は大げさな感嘆の仕草をとる。
「斧、斧だな。その体格なら、確かにぴったりだ。アンタが振り下ろした斧は、相手の盾ごと容易く叩き割るだろう……で、何がいい?バトルアックス?クレッセントアックスか?バーデッシュ?それとも……処刑斧かな?」
「いや、樵の斧だ。ただし、私の身体に合わせて厚く重くしたものを」
「樵……木を切るってえのかい?」
「そうだ」
しばしの沈黙。
それを打ち破って言葉を発したのは、親方の方であった。
「へへ、そうだな。「木を切る」ってことにしておかなきゃいけねえんだな?そうだな、そうだよな。もしお上に見つかっても、そう言えるようにするのか。そういう見た目で作るんだな。いいぜ。いいんだぜ。よーく理解した」
「頼む。あと、他にも作って欲しいものがあるのだ」
「何だ?メイスか?」
「同じく樵斧を、沢山。20本程度。ただし子供用の小さいものだ。柄はこちらで作らせるので、斧だけでいい」
「子供が斧だって……?ああ、そうか。「投斧」か」
「樵斧だ」
客人が、念押しするように言う。
「はは、すまねえ。分かってるよ、「樵斧」だな」
「後は、鍬20、鎌10、金槌10。どれも同様に小さいものを」
「成る程、生活用品に偽装するのか。アンタ、手慣れてるな」
「何も偽るものなど、ない」
ぎろり、と客人から睨まれた。
「止めてくれ、おっかねえ。大丈夫だよ。承知してるよ」
「予算には余裕があると思うのだが。金額は、どのくらいになる」
客人は懐に手を入れると、じゃらり、と音のする革袋を取り出してテーブルの上に置いた。
袋は倒れ、中に詰まっていた金貨がこぼれ出る。
(ポンとこの金を出すなんて……やはり真っ当な男じゃあ、ねえな)
親方が必要な枚数をそこから取ると、客人は
「追加で費用が必要な場合は、改めて言ってくれ」
と申し出た。
だが親方はへへ、と軽く笑い。
「大丈夫、口止め料分は上乗せさせて貰っているからな」
「……そうか。申し遅れたが、私の名はガイウス。町外れの宿に二日ほど宿泊しているので、出来上がったら届けて欲しいのだが、大丈夫かな」
ガイウス。
どうせ偽名だろう、と思う親方であったが。
そんなことは追求しない。するつもりもない。
「今は急ぎの仕事も入っていないし、いけるさ。うちはこれでも街一番の工房なんだぜ」
「頼もしい。では、お願いするとしよう」
そう言って一礼すると、ガイウスと名乗った男は立ち去っていった。
彼が鍛冶場を出た直後、
「口止め料って特注費の業界用語なのかな?」
『アタシが知る訳無いだろ』
と話す声が壁向こうからしていたのだが。
「やっぱり、鍛冶屋は人斬り包丁作ってナンボだよなあ……」
うっとりとした顔で一人頷く親方の耳には。
全く届いては、いなかったのである。
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