14:客人ガイウス

14:客人ガイウス


「倒れるぞー!」


 というガイウスの声とともに、コボルド達が『わーっ』と安全圏へ避難していく。


 めきめき。

 ずしん。

 大きな音を立て、木が倒れる。


 今度は、『それーっ』という掛け声とともに、コボルド達が木に集まってきた。

 そしてそれぞれが、枝を落としに取り掛かる。枝を落としたら、次は皮剥きだ。

 ガイウスは極厚の戦斧を近くの木に立て、それを手伝いに行こうとする。


『おう、ガイウス。こっちはいいから、そろそろ皮を運んでくれるか』


 年配のコボルドが手を振って声を掛けてきた。


『それ、村に持っていったら昼休みにしようぜ』


 レイングラスも、樹皮を馬車に運びながら、そう言う。


「心得た」


 ガイウスは、それに答える。


 ……木食い蜥蜴の一件から、既に三週間近くが経過していた。

 以降も度々村人の窮地を救い、そして作業の手伝いを続けていたガイウスは、すっかりコボルド達と打ち解け。

 今では当たり前のように、狩りや作業に同行するようになっていた。

 彼が斧のような武器を持つことに反対する者は、もう、長老しかいない。


 ヒューマンには三週間でも、寿命の短いコボルド達にとってはより密度の濃い時間なのである。

 ガイウスはその間に。虜囚の身から客人へと、立場を変えていたのであった。



 村に帰ると、子犬……いや、子コボルド達が、一斉にガイウスへ群がってきた。

 赤、黒、茶、栗色等など、様々な色の子供達。何と驚くことに、青い色の子供までいる。

 フォグから聞かされた話によると、生まれる子供の毛色や模様は無作為なものになるという。

 それ故、一族内であっても色彩豊かな家族で構成されるのだとか。


『おじさん!おかえりー』

『だっこしてだっこして』

『あそんであそんで』

『さっきねーさっきねー』


 コボルドは、子供の内は直立したまま走るのが苦手である。

 そのため成人するまでは四足で駆けることが多いのだが、その様はまさに子犬といった感があった。


 最初に走り寄ってきたのは、青い毛色の男の子。余程ガイウスに懐いているのか、こういう場では真っ先に彼めがけて全力疾走してくる。

 その子を撫でるためにガイウスが身をかがめると、他の子供達が一斉に彼の背中や腕、膝へ殺到し、よじ登ってきてしまう。

 この状態で立ち上がると転落させる危険があるため、ガイウスは途端に身動きが取れなくなり。子コボルド達はそれに付け込んで、彼の頭にまで上がってくるのであった。


『もうおしごとおわり?』

「いや、昼が終わったらもう少し木を運ぶ」

『おみやげは?』

「ないない」

『あたしおしっこしたいー』

「待て、待つのだ」

『みてみて、バッタつかまえた。食べて。ほら』

「食べない、食べないというに」

『ねえおしっこー』

「もう少し待ってもらえぬだろうか」

『ぐいぐい』

「これ、髪を引っ張るではない。ああこら、中年の髪の毛を引っ張ってはいかん!」

『おしっこもうだいじょうぶ』

「なん……だと……」


 回りの大人達はひとしきり笑ったあと、子供達をどけていく。

 が、降ろされるそばからまたよじ登ろうとするので、その数はなかなか減らない。

 ガイウスが立ち上がれるようになるまで、まだしばらくかかるのであった。



 大きめに作られた竪穴式住居の中。


『じゃあ、これは洗っておくから』

「すまぬ」


 服を着替えながら、ガイウスがフォグに謝る。


『子供のやることじゃ、しょうがないよ。それに、後で湖に水汲みに行くしね』


 そう言って、自分の右脚をぽんぽん、と叩くフォグ。

 走るのはまだ少し辛いので狩りには出ていないが、日常生活に支障が出ない程度に傷は回復してきていた。

 女衆と一緒に湖へ行く位であれば、問題はないだろう。


 湖はこの村の大事な水源で、村のある草原の北東に広がっており、森をほんの少しだけ抜ければすぐに着く。

 森を抜ける距離も大したことはないので、獣に襲われる危険性も少ない。森が薄ければ魔獣も好んで徘徊しないのだろう。

 加えて、楕円の草原や双子岩のあたりには、何故か魔獣はあまり近寄らないのであった。

 ガイウスが村人にその理由を尋ねてみたこともあるが、彼等も分からないらしく、出てきたのは『臭いかな?』という推論だけ。

 嗅覚の話になるとヒューマンの出る幕ではないので、それ以降は「そういうもの」としてガイウスは認識している。


『おじちゃーん』

『おじさま』


 着替え終わったガイウスが筵(むしろ)の上に座ると、二人の子コボルドが近寄ってきた。

 全身真っ白の、綿毛のような幼子が、フォグの息子フラッフ。

 それより少し年長な琥珀色の女の子が、フォグの姪、アンバーブロッサムである。

 村の客人となったガイウスは、物置の牢からフォグ家の預かりになっていた。

 大柄なヒューマンでも住めるようにした新築家屋に、この四人が住んでいるのだ。


『よいしょぶわぁあ』


 ガイウスの膝の上に乗ろうとしたフラッフをブロッサムが体当たりで突き飛ばし、その座を奪い取る。


『ここはわたしのばしょよ!』

『うぉおぅねぇえちゃんがいじわるしたああ』

「止めなさい、ブロッサム」


 ガイウスが窘めた。


『うぐぐ』

『やーい、おねえちゃんおこられてやんの、ばーかばーか、もひとつばーか』

『フラッフ!』


 嘘泣きを止めたフラッフに煽られ、ブロッサムが襲いかかる。

 取っ組み合いの喧嘩になった二人を左右の手で引き剥がし、ガイウスは左右の膝の上に彼等を拘束した。

 最近のフォグ家でよく見られる、日常的な光景である。


『馬鹿やってないで、昼飯にするよ』


 フォグが、串の付いた肉を、囲炉裏に立てていく。


「ああそうだ、フォグよ」


 互いにぐるる、と唸り合う従兄弟同士を固定したまま、ガイウスは彼女に声をかけた。


「近日中に、町に買い出しに行こうと思う。そのことを村の皆に相談したいのだが」

『町?ヒューマンのかい?』


 頷くガイウス。


「今、村の皆が使っているのは石や骨の道具だろう」

『他に何で作るっていうんだい……ああ、アンタの得物みたいな「金属」か。アタシら、あんなのの作り方知らないよ?』

「私も作れない。だから、町に行って君達用の斧や鍬、鋸等を作らせてこようと思うのだ。後は、農作物の苗や種だな」

『ああ、そういや畑作ってるレッドアイが何か言ってたね』

「うむ。『前の村と違い、どうもここでは【大森林】の芋や野菜の生育が良くない』とな。ひょっとしたら、森の外の作物の方が、相性がいいのかも知れぬ」


 顎に手を当てながら、『確かにねえ』とフォグが呟く。


『でも、手に入れてくるって言ったってタダじゃないだろ?』

「持ち合わせは、幾らかある。多分大丈夫だろう」


 王都を出る時に持ってきた金貨は、まだ十二分に残っている。

 物々交換社会であるコボルドには馴染みがない代物だが、それは説明済みだ。


「あとはそうだな……村に蟲熊の肝を乾燥させた物が何匹分かあるだろう。あれは森の外でも薬の材料として珍重されているのだ。それを幾らか持っていけば、生活品の補充くらいどうとでもなるはずだ」


【大森林】外縁の魔獣全般に言えることだが、彼等は毒に対して非常に強い耐性を持っている。

 特に蟲熊はその異常な内臓機能により、毒素を強力に分解するのだ。

 自然その肝臓も薬効を秘めており、滋養強壮から薬の材料としてまで、高い需要があった。


『分かった。村の連中はアタシが説得しよう……でもアンタ、そこまでするなんて……ホントにこの村に住むつもりなんだねえ』


 若干呆れたような、それでいてどことなく嬉しそうな声色で、フォグが言う。


『おじちゃんずっとむらにいるの!?ヤッター!』


 それを耳聡く聞いていたフラッフが、歓声を上げる。


『じゃあおじちゃん、ぼくのおとうさんになってよ!ずっといるんだからいいでしょ!?ね!ね!』

『ばばばばば馬鹿言ってんじゃないよ!ここここの鼻タレ坊主が!』

『そうよ!おじさまはわたしとけっこんするんだから、おばさまとはけっこんできないの!このねしょうべんたれ!』

『なんだよ!おねえちゃんだって、こないだオネショしたじゃないか!』

『こ、この!!』


 子供達が、ガイウスの拘束を振り払って再び取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 フォグは『馬鹿だねえ、ほんと馬鹿だねえ』と呟きがら額を押さえている。


 ガイウスは「はっはっは」と笑いながら、もう一度、小さな決闘人達を取り押さえにかかるのであった。

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