13:蜥蜴

13:蜥蜴


『フォグ!樹皮を剥いたから、次はこの木を運んでくれ!』


 切り倒し、枝を落とし、皮を剥いた木。その傍らに立つ青年コボルドが、大きく声を上げた。


『あいよ!ほら、あっちだってさ』


 ガイウスに肩車されているフォグが、それに応じる。

 彼女に、ぽんぽん、と頭を叩かれて行動を促された彼は、


「了解であります!」


 という威勢のいい声と共に、指示された木を持ち上げ、軽々と肩に担ぐ。

 彼の膂力からすれば、コボルド用の家屋に使う程度の木を運ぶことなど造作も無いのだろう。


 まだガイウスというヒューマンに慣れないコボルド達は、その姿を見て一々驚きとも感嘆ともつかぬ声を上げるが、当初のように慄いたりすることはなくなっていた。

 猛獣使いよろしくフォグが大男の肩の上で操縦しているその光景が、徐々にコボルド達の警戒心を解かせつつあったのだ。

 フォグがヒューマンを支配下においている、ということよりは、その間の抜けた二人の姿故に、である。


 そのことに気付いていたフォグは、恥ずかしさからすぐにでも肩の上から降りたいところであったが。

 ガイウスが敢えて奴隷の立場を演じている、と思うと我慢せざるを得ない。


 ではガイウスはどうなのか、と思い小声でフォグが尋ねると。彼は「新兵の頃に戻ったみたいで、新鮮な気分であります」と上機嫌であった。

 呑気なものである。



 村と森との往復を、既に何回、いや、何十回行っただろうか。

 ガイウスがあまりにどんどんと運ぶもので、伐採班はまったく追いつかなくなって来ていた。

 男衆総出とはいえ、用いる道具は石斧を中心とした原始的なものであり、そして彼等はヒューマンの半分程度の身長しかない、小柄な種族なのである。


『ガイウス、アンタの荷物に斧とかはないの?』

「はっ!木を切るためのものではありませんが、何本か持っております!木を斬れる邪剣もありますが、これはとても効率が悪いので、使わないほうがよろしいかと!」


 楽しそうに答えるガイウスをいささか呆れた様子で見ながらフォグは、


『そうかい。斧ってアタシらに使えそうなモン?』


 と質問を続けた。


「若干重いかと思います」

『若干、ね……おーい、レイングラス!』


 フォグから呼ばれた青年コボルドが、樹皮剥きを中断して『何だ』と顔を向けてくる。


『コイツに斧持たせて木を切らせようかと思うんだけど、どう思う?』

『馬鹿言うな!捕虜に武器を持たせる奴がいるか!』


 手を振り回して、彼女の提案を却下した。

 周囲のコボルド達も、『そうだそうだ』『ダメだよ』と口々にフォグの申し出を否定している。


(まあ、流石にそれはないか)


 レイングラスの言はもっともである。

 とりあえず「自分もそう思うであります!」と言うガイウスの後頭部をぽかりとぶったフォグは、彼に、男衆が剥がした樹皮を運ぶよう指示を出した。

 樹皮は屋根の下地にも使えるし、加工して繊維にも出来る。切れ端は焚付にも利用する。

 大事なのは、木の幹だけではないのだ。


「マイリー号と馬車を持ってきて運んではどうでありますか?」

『お、そりゃあいい考えだガイウス』


 おお、と感嘆まじりにフォグが声を上げると


『馬車に武器が載せてあるんだから、駄目に決まってるだろ!』


 これまた、他のコボルドから不許可を食らう。


『じゃあ、武器降ろせば?』

『重くて動かせないんだよ!』

『そんなのガイウスにやらせればいいじゃないのさ』

『フォグ、お前何言ってんだよ……』


 その時。


『蜥蜴が出たぞおおおおおおおおお!』


 という叫び声が一同の元まで届いた。

 コボルド達は瞬間的に耳をピンと立て、周囲を素早く見回した後、一方向へ視点を集中させる。

 すると、その方向から数名のコボルド達が血相を変えて走ってくるではないか。


『おい逃げろ!蜥蜴だ!蜥蜴が出たぞ!』

『走れ!早く!早く!』


 逃げろ、逃げろとコボルド達は互いに声を掛け合い、道具もそのままに走り出していく。

 一方、ガイウスは不動のまま。


「蜥蜴とは、【木食い蜥蜴】のことでありますか?」

『ヒューマン達はそう呼んでるのかい。ああ、そうだね。そうみたいだよ』


 ガイウスの問いに、フォグが答える。


 木食い蜥蜴とは、【大森林】の比較的外側に生息する魔獣だ。

 成体は頭胴長が二間を越す大型の蜥蜴で、その名の通り樹木、特に【大森林】原産種を好んで食らう、珍しい草食性の爬虫類である。

 通常では考えられぬ、生木を対象とする食性。そしてそれをもって巨体を維持する身体機能、というあたりからも既にヒトの常識外にある生物だが。

 森にとっては新陳代謝を担う生態系の一環なのだろう。


 この木食い蜥蜴は蟲熊とは違い、完全草食動物のためヒトや獣を食らうことは、ない。

 だが問題は、縄張り意識がとても強く、そして非常に攻撃的な性格の魔獣だということである。

 硬い木を噛み砕く顎と牙をもって蟲熊を返り討ちにする瞬間を、フォグはかつて目にした記憶があった。

 森に入ったコボルドが襲われたことも、一度や二度どころではない。【大森林】に生きる者にとっては、ごく身近な「死因」の一つなのである。


 木食い蜥蜴は、獲物を食うために襲うのではない。

 よって、その縄張りから逃げきれれば、執念深く追われることはないのだ。

 だが。


「フォグ、あれを見よ」


 いつの間にか普段の調子に戻ったガイウスが指差す方向を、フォグが見やる。


『……逃げ損ねたのがいる!』


 人差し指の先、激しく揺さぶられる木の枝の上に、一人の若者が必死にしがみついていた。そして、根本には巨大な蜥蜴の姿。

 振り落とされそうになっているのは、木食い蜥蜴がその木に体当たりを繰り返しているからだ。あの様子では幹が折れるのも時間の問題だろう。

 おそらくあのコボルドは、走って逃げずにあの細身の木に登ってやり過ごそうとし。そしてそれに失敗したのだと思われた。


『ガイウス、急いで武器を取りに戻るよ』

「間に合わん。このまま行く」

『え!?』


 驚きの声を上げるフォグを肩車したまま、ガイウスは相手へと歩み寄った。

 気配を感じた木食い蜥蜴の目が、ぎょろりと反応する。

 体躯の割に細めの首がほとんど回らないこの魔獣は、全身をまるごと使うようにして彼の方を向く。

 そして、いかにも爬虫類らしい無感動な顔でガイウスを見据えた直後。予備動作無しで走り出したのだ。


 速い。


 頑丈な体躯に似合わぬ速度で突進してくる。木食い蜥蜴は小回りが利かないが、直線での走力は高いのである。

 だがガイウスは寸前で相手の顎を躱すと、抱きつくように蜥蜴に取り付き。

 そしてその首を脇に抱えるような姿勢で素早く固定して、


 ごきり。


 と。全身のばねを用いて飛び上がるような動きと共に、木食い蜥蜴の首をへし折ってしまった。

 続いて、違う方向にも頸骨を折り曲げ、捻りを加える。

 さらに、まるで折り目を付けるが如く幾度も繰り返した後。ようやく蜥蜴からその身体を離したのであった。



 ……槍を持った男衆が急いで現場に戻った時。


 そこにはぴくりとも動かなくなった木食い蜥蜴の死体と、腰を抜かして動けなくなった村の若者、それを介抱するフォグ。

 そして、


「おお、皆様お戻りになりましたか!さあ、作業を続けるであります!」


 何事もなかったかのようにコボルド達を迎えるヒューマンの姿が、見受けられるだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る