12:虜囚ガイウス

12:虜囚ガイウス


 夕食を運んできたフォグから、ガイウスは事故後の経過を聞かされていた。


『……と、フィッシュボーンは頭にたんこぶをこさえはしたものの、あの後すぐ目を覚ましたのさ』


 フィッシュボーンとは、倒壊した家からガイウスが助け出した子供の名である。


「そうか、それは良かった」

『全く、アンタは無茶苦茶するよ……まあ、おかげであの子は無事だったんだ。言いつけを守らなかったのは大目に見てあげる』

「かたじけない」


 ぺこり、と頭を下げる彼を見て、フォグが噴き出す。

 つられて、ガイウスも笑い出した。


『ありがとね、色々と』

「一宿一飯、いや二宿か。その恩だ」


 食べ終えたガイウスが、器を置きながらそう答える。


「あの後、家は建てられたのか」

『うん、人数集めて取り掛かかれば結構なんとかなるものさ。細かい所は後からだけどね。とにかくちゃんとした家の数が足りないから、今の内にどんどん建てておかないと』

「そうか。大変な仕事だな」

『宿無しが何言ってんの、アンタもこれから家を建てる場所を探さなきゃいけないんだろう?』

「そうであった」


 再度の、笑い声。

 しばらくの談笑の後、フォグは食器を持って小屋の出口へと向かった。

 彼女は外に出る前に振り返り、


『ああ、そうだ。村の連中には馬車と荷物に手出しさせてないから』

「有り難い」


 彼女が断言するのだ。間違いはないのだろう。

 そう、ガイウスは感じた。


『じゃあねガイウス。アタシは子供を寝かしつけながら「つい」寝てしまうから』

「うむ。おやすみフォグ」

『おやすみ』


 フォグは軽く手を振ると。右足の傷を庇いながら、ゆっくりと立ち去っていくのであった。



『……で』


 翌朝小屋に訪れたフォグは、眉間を押さえながら口を開いた。


『どうしてアンタはまだ逃げてないのかな?アタシの言い方が悪いのかな?いやそれとも、ふざけてるのかな、ガイウス?』


 ぐるるる、と唸り声をたてるフォグ。

 ガイウスは掌を差し出すようにして、苛立つ彼女をなだめる。


「話を聞いてくれ、フォグ。ほら牙を剥くでない。待つのだ。待て。お座り」


 がぶり。


「ぬおおう!?」

『……で、質問に答えてもらおうか』


 彼の指から口を離しながら、フォグは尋ねた。


「あれから一晩中、考えたのだ」

『何だいアンタ、寝てないのかい?』

「いや、よく寝た」


 がぶ。


 再び噛み付いてきた彼女を引き剥がし、持ち上げて目の前に座らせるガイウス。


「家の数が、足りないと言っていただろう」

『ん?ああ、そうだけど』

「私に、手伝いをさせてもらえないだろうか」


 喉を掻いていたフォグの手が、ぴたりと止まる。


『何だいアンタ。ヒューマンのくせに、コボルドに同情かい?』

「違う。いや……かも知れぬが。でも、きっとそうではない。私は口が達者ではないから上手く言えぬが。とにかく、そうしたいのだ」

『アタシらの村を潰したのがヒューマンだから、同じ種族として罪滅ぼししたいとか言うんじゃないだろうね?馬鹿にすんじゃないよ』


 じっと、睨めつけるような彼女の視線。

 ガイウスも、その目に向かい合う。


「種族は同じでも、私はその者達の仲間ではない。だから彼等の行いを私が償うことは出来ないし、そんなつもりもない」

『じゃあ、何でさ』

「何というか、この、そうだな、うーん、その、あれだ」


 目を伏せ、腕を組んで唸るガイウス。

 だが、しばらくして顔を上げると。


「もう少し説明出来るようになったら、改めて話そう」


 そう、フォグに告げた。

 彼女は首を傾げたまま、その言葉を受け止めている。


『……本気みたいだね』

「うむ」

『まあ、アタシはいいさ。アンタがどういう奴か嗅ぎ取ってるからね。でも、村の連中はどうすんだい?いきなりお手伝いって言っても、受け入られるのは難しいと思うけどね』

「だろう、な。私もやはりそうだと思う。そこでこういうのは、どうだろう」


 そう言ってガイウスは、ある提案をしたのであった。


『……うーん、何だいその芝居は……まあ、それなら筋としては出来なくもないけど……』

「住宅の増設は急務なのだろう?だが、仇のヒューマンがいつまでも村にいては、心穏やかではないだろうことも、分かる」


 フォグは腕を組んだまま『そうだね』と、呟くように言う。


「だから、落ち着いたあたりを見計らって、私は村を「脱走」する。それまでの間だ」

『こっちはいいさ、でも、そっちはそれでいいの?』

「と言うと?」

『馬車の荷物、念入りに包んであるけど、あれ、ほとんどが武器じゃないか。アタシは森の外のことはよく分からないけど、アンタそれなりの戦士なんだろ』

「似たようなものだった時期もある」

『なのに、いいのかい?』

「何が?」

『いやほら、誇りとか、辱めとか。あるんじゃないの』

「何で?」


 フォグは些か拍子抜けした表情でガイウスを眺めていたが。


『……分かったよ。じゃあ、アンタの企みに乗ろう』


 そう言って、その支度に移るのであった。



 昨日に引き続き木を切るために集まっていたコボルド達は、唖然とした顔でそれを見つめていた。


『えー、という訳で。捕まえたこのヒューマンは、戦利品として奴隷にした』


 男衆の前に立つフォグは、咳払いをしてから彼等にそう告げる。

 彼女の脇には、首に輪をかけられた大男。輪からは縄が伸びており、その一端はフォグの手に握られていた。


『今日からはコイツに荷運びとかをさせて、こき使おうじゃないか。ほらガイウス、皆にご挨拶するんだよ!』


 縄をぐいっと引っ張りながら、棒読み気味にそう言いつつ。

 もう片方の手に持った棍棒で、ガイウスの臀部を殴る。


「いた!痛いであります!」

『口答えすんじゃないよ!ほれ、早くしな!』


 さらにもう一度の殴打。

 かなり強めに叩いたらしく、ばしん!と勢いのいい音がコボルド達の耳にも入り、彼等の身を一瞬竦ませる。


「いててて」


 ガイウスは尻をさすった後、コボルド達の方へ向き直ると、右の拳を胸の中央へと当てた。イグリス式の敬礼姿勢だ。


「ガイウス=ベルダラスであります!誠心誠意、全力で務めさせていただきますので、何卒、処刑だけはご容赦下さい!」


 コボルド達は暫くの間、呆けた顔でそれを見ていたのであった。

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