12:虜囚ガイウス
12:虜囚ガイウス
夕食を運んできたフォグから、ガイウスは事故後の経過を聞かされていた。
『……と、フィッシュボーンは頭にたんこぶをこさえはしたものの、あの後すぐ目を覚ましたのさ』
フィッシュボーンとは、倒壊した家からガイウスが助け出した子供の名である。
「そうか、それは良かった」
『全く、アンタは無茶苦茶するよ……まあ、おかげであの子は無事だったんだ。言いつけを守らなかったのは大目に見てあげる』
「かたじけない」
ぺこり、と頭を下げる彼を見て、フォグが噴き出す。
つられて、ガイウスも笑い出した。
『ありがとね、色々と』
「一宿一飯、いや二宿か。その恩だ」
食べ終えたガイウスが、器を置きながらそう答える。
「あの後、家は建てられたのか」
『うん、人数集めて取り掛かかれば結構なんとかなるものさ。細かい所は後からだけどね。とにかくちゃんとした家の数が足りないから、今の内にどんどん建てておかないと』
「そうか。大変な仕事だな」
『宿無しが何言ってんの、アンタもこれから家を建てる場所を探さなきゃいけないんだろう?』
「そうであった」
再度の、笑い声。
しばらくの談笑の後、フォグは食器を持って小屋の出口へと向かった。
彼女は外に出る前に振り返り、
『ああ、そうだ。村の連中には馬車と荷物に手出しさせてないから』
「有り難い」
彼女が断言するのだ。間違いはないのだろう。
そう、ガイウスは感じた。
『じゃあねガイウス。アタシは子供を寝かしつけながら「つい」寝てしまうから』
「うむ。おやすみフォグ」
『おやすみ』
フォグは軽く手を振ると。右足の傷を庇いながら、ゆっくりと立ち去っていくのであった。
◆
『……で』
翌朝小屋に訪れたフォグは、眉間を押さえながら口を開いた。
『どうしてアンタはまだ逃げてないのかな?アタシの言い方が悪いのかな?いやそれとも、ふざけてるのかな、ガイウス?』
ぐるるる、と唸り声をたてるフォグ。
ガイウスは掌を差し出すようにして、苛立つ彼女をなだめる。
「話を聞いてくれ、フォグ。ほら牙を剥くでない。待つのだ。待て。お座り」
がぶり。
「ぬおおう!?」
『……で、質問に答えてもらおうか』
彼の指から口を離しながら、フォグは尋ねた。
「あれから一晩中、考えたのだ」
『何だいアンタ、寝てないのかい?』
「いや、よく寝た」
がぶ。
再び噛み付いてきた彼女を引き剥がし、持ち上げて目の前に座らせるガイウス。
「家の数が、足りないと言っていただろう」
『ん?ああ、そうだけど』
「私に、手伝いをさせてもらえないだろうか」
喉を掻いていたフォグの手が、ぴたりと止まる。
『何だいアンタ。ヒューマンのくせに、コボルドに同情かい?』
「違う。いや……かも知れぬが。でも、きっとそうではない。私は口が達者ではないから上手く言えぬが。とにかく、そうしたいのだ」
『アタシらの村を潰したのがヒューマンだから、同じ種族として罪滅ぼししたいとか言うんじゃないだろうね?馬鹿にすんじゃないよ』
じっと、睨めつけるような彼女の視線。
ガイウスも、その目に向かい合う。
「種族は同じでも、私はその者達の仲間ではない。だから彼等の行いを私が償うことは出来ないし、そんなつもりもない」
『じゃあ、何でさ』
「何というか、この、そうだな、うーん、その、あれだ」
目を伏せ、腕を組んで唸るガイウス。
だが、しばらくして顔を上げると。
「もう少し説明出来るようになったら、改めて話そう」
そう、フォグに告げた。
彼女は首を傾げたまま、その言葉を受け止めている。
『……本気みたいだね』
「うむ」
『まあ、アタシはいいさ。アンタがどういう奴か嗅ぎ取ってるからね。でも、村の連中はどうすんだい?いきなりお手伝いって言っても、受け入られるのは難しいと思うけどね』
「だろう、な。私もやはりそうだと思う。そこでこういうのは、どうだろう」
そう言ってガイウスは、ある提案をしたのであった。
『……うーん、何だいその芝居は……まあ、それなら筋としては出来なくもないけど……』
「住宅の増設は急務なのだろう?だが、仇のヒューマンがいつまでも村にいては、心穏やかではないだろうことも、分かる」
フォグは腕を組んだまま『そうだね』と、呟くように言う。
「だから、落ち着いたあたりを見計らって、私は村を「脱走」する。それまでの間だ」
『こっちはいいさ、でも、そっちはそれでいいの?』
「と言うと?」
『馬車の荷物、念入りに包んであるけど、あれ、ほとんどが武器じゃないか。アタシは森の外のことはよく分からないけど、アンタそれなりの戦士なんだろ』
「似たようなものだった時期もある」
『なのに、いいのかい?』
「何が?」
『いやほら、誇りとか、辱めとか。あるんじゃないの』
「何で?」
フォグは些か拍子抜けした表情でガイウスを眺めていたが。
『……分かったよ。じゃあ、アンタの企みに乗ろう』
そう言って、その支度に移るのであった。
◆
昨日に引き続き木を切るために集まっていたコボルド達は、唖然とした顔でそれを見つめていた。
『えー、という訳で。捕まえたこのヒューマンは、戦利品として奴隷にした』
男衆の前に立つフォグは、咳払いをしてから彼等にそう告げる。
彼女の脇には、首に輪をかけられた大男。輪からは縄が伸びており、その一端はフォグの手に握られていた。
『今日からはコイツに荷運びとかをさせて、こき使おうじゃないか。ほらガイウス、皆にご挨拶するんだよ!』
縄をぐいっと引っ張りながら、棒読み気味にそう言いつつ。
もう片方の手に持った棍棒で、ガイウスの臀部を殴る。
「いた!痛いであります!」
『口答えすんじゃないよ!ほれ、早くしな!』
さらにもう一度の殴打。
かなり強めに叩いたらしく、ばしん!と勢いのいい音がコボルド達の耳にも入り、彼等の身を一瞬竦ませる。
「いててて」
ガイウスは尻をさすった後、コボルド達の方へ向き直ると、右の拳を胸の中央へと当てた。イグリス式の敬礼姿勢だ。
「ガイウス=ベルダラスであります!誠心誠意、全力で務めさせていただきますので、何卒、処刑だけはご容赦下さい!」
コボルド達は暫くの間、呆けた顔でそれを見ていたのであった。
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