11:建築現場にて
11:建築現場にて
クロシナという木がある。
【大森林】の原産種で、内側まで真っ黒なことが特徴である異形の木だ。自然、樹皮も黒い。
木材としては柔軟性が高すぎて建材には向かないものの、その皮はコボルド達の間で昔から重宝がられていた。
樹皮の繊維を細めに剥ぎ取り、ほどほどに乾燥させたものを撚り合わせると、それが樹皮糸として使える。
通常の樹皮と違い、煮込んだり水に漬けたりする処理は敢えてしない。内部に含まれる特殊な成分が、目当てだからだ。
その成分が水を弾き、自然素材でありながら腐食に強く耐久性の高いロープを生み出すのである。
そんな素材を用いながら、フォグは自宅内で縄を綯っていた。傍らでは、彼女の幼い息子と少し上の姪が、寝息を立てている。
この三人が、小さな住処の住人であった。
『とりあえず、と』
ある程度作り終えたところで、フォグは大きく伸びをする。
息を吐き終えたところで耳をすますが、異常無し。少し離れたところで土を掘る音や、作業で掛け合う声が聞こえてくるだけだ。
どうやらガイウスは、大人しく晩を待っている様子である。
そのことに胸を撫で下ろしたフォグは、もう一度息子達の方を一瞥すると、足音を立てぬように家の外へと向かった。
杖をつきながら足を運んだのは、住宅の建築現場だ。
大人のコボルドだけでなく、少年少女達もが家の土台を作っていた。木を切りに行った班も含めれば、まさに総掛かりといった趣であった。
穴掘り作業は大方終わったらしく、今度は逆に、屋根に被せるための土を周囲に用意している様子。
屋根に葺くための茅のような植物は十分に足りず、また今の時期は茎に含まれる水分も多いため土葺きにするのだ、と作業に従事していたコボルドはフォグに説明していた。
『縄は足りてるかい?黒縄を編んでおいたんだけど』
『一応手持ちで足りるはずだが、預かっておこう、ありがとう』
『まあこの足じゃ力仕事は手伝えないからね、アタシは家に戻って続きを作るかな。今日だけじゃなく、どうせこれからも必要だし』
『そうだな、それがいい……お、木を切りに行っていた連中が帰ってきたな』
中年コボルドの視線を追うと、森まで足を伸ばしていた班が、協力して丸太を担ぎ、戻ってくるのが見えた。現地で樹皮を剥いである為、白っぽい地肌が晒されている。
真っ直ぐな木を探すのに少し森に入ったらしいが、魔獣とも遭遇せずに済んだ様子で何よりだ。
『柱に丁度良さそうなのを見つけてきたな。生木をそのまま使わなきゃならんのが残念だが』
目を細めながら、その男は言った。
本来なら材木として乾燥させておきたいが、今は冬の寒さに耐えられる家という点が重要なのだ。
長く使えるような家は、もっと余裕が出てから作るしかない。
『じゃ、頑張ってね』
フォグがロープを渡すと、中年コボルドは軽く手を振って作業に戻っていく。
彼女も手を振り返し、その場を後にした。
途中で一度ガイウスの様子を見ておく。
朝の言いつけ通り、大人しくしている様子だ。
まだあどけなさの残る若い見張りが、あくび混じりに座っているのも良い証左だろう。
小屋には寄らず、フォグはそのまま戻ることにする。
家に帰ると。
息子が姪にしがみついたまま寝小便をしてしまっていたらしく、取っ組み合いの喧嘩になっていた。
フォグはやれやれと苦笑いをし。
二人の身体を洗うため、水瓶の蓋に手をかけるのであった。
◆
フォグの言いつけ通り、ガイウスが小屋の中で神妙に座っていると。
めきめき、ずどん!
という大きな音が、小屋の外から聞こえてきた。
次いで、女コボルド達の悲鳴や、男達の怒鳴り声も耳に飛び込んでくる。
『いててて』
『柱が倒れたのか』
『根入れの深さが足りなかったのかしら』
『おい、レッドアイの倅が中にいただろう!』
『何ですって!?』
『早くどけなきゃ!男衆を集めて!』
『次の木を切りに出た後なのよ!』
『おい!手を貸してくれ!』
『森に行った連中を早く呼んできて!』
『皆を集めろ!土葺き屋根をどかすんだ!早く!』
『土を掻き分けないと!』
コボルド達が口々に叫んでいる。騒然とした有様は、見えぬ位置からでも容易に理解出来た。
入り口を見ると、見張りの年若いコボルドが、手伝いに行ったものか留まるべきかと迷いおろおろとしている。
「何があったのだ」
ガイウスが問う。見張りはガイウスの方を見たが、答えない。おそらく、「虜囚と口を利くな」と年長者から言い含められているのだろう。
もう一度ガイウスが声を掛けるが、やはり応じない。
ただただ狼狽し、ガイウスと事故現場と、交互に視線を往復させているだけだ。
「答えよ!」
身体が痺れるようなガイウスの怒声を受け、若者は思わず『ひっ』と腰を抜かし、座り込む。
そして、震える手で現場の方向を指差しながら
『い、家が倒れて、子供が下敷きになった』
と弱々しく、言った。
聞いた瞬間、ガイウスが目に力が漲る。
「それを早く言わぬかッ!」
そう一言吼えると「ふん!」と力を込め、彼は自身を拘束していたロープを引き千切った。
そして這うように小屋から出ると、目と口を大きく開いて後ずさる見張りの前を通り過ぎ、指差していた方へと駆け出していく。
その姿を見た村人達の悲鳴の中を走り抜け、すぐに倒壊した家まで辿り着いたガイウスの目に入ったのは、必死に土を掻き分けようとするコボルド達の姿であった。
おそらく出掛けているためであろう。成人男子の数は少ない。残った主婦や子供達が協力しているも、人手も力も足りていない様子だ。
そこにガイウスは、
「退いてくれ!」
と一声かけると、直ぐに行動を開始した。
潰れた家に手を突っ込んで、樹皮の屋根や垂木を土葺きごと次々と払い除ける。
そして桁や柱といった縄で結ばれた建材をまるごと持ち上げ脇に退けると、あっという間に土と柱の下から、幼いコボルドの姿を暴き出したのである。
黒と白の毛色を持つその子供は、ぐったりと横たわっていた。
一瞬間に合わなかったのかと思われたが……その胸部が呼吸のために上下しているのを確認して、ガイウスは安堵の息を吐く。
彼は優しく子供を抱え上げると、近くに居た女コボルドに「気絶しているようだ、介抱を頼む」と引き渡し。
「お騒がせした。では私は、これで失礼する」
ぺこりと一礼の後、自分が捕らえられていた場所へそそくさと戻ってしまった。
◆
唖然とした顔で、残された村人達はずっと彼の小屋を見つめていたが。
しばらくして入り口からガイウスがひょっこりと顔を出したため、コボルド達は一斉に「びくっ」と一瞬震え、硬直し。
場に緊張が走った。
ごくり、と。
彼等が固唾を呑みこむ中、ガイウスがゆっくりと口を開く。
コボルド達の視線を一身に集めたそのヒューマンは、ゆっくりと周囲を見回すと。
「その、大変申し訳ないのだが……縄を千切ってしまったので、また結び直しては貰えぬだろうか……」
後頭部を掻きながら。
ばつが悪そうに、そう頼んできたのであった。
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