09:理由

09:理由


 日も落ちてからしばらくした頃。


『じゃあ、見張りは代わっておくよ』

『子供の世話はいいのか?』

『今夜はお隣に頼んであるから大丈夫』


 見張りが何者かと話す声が聞こえてきた。

 少しの間を開けて、土器を持った白い毛のコボルドが小屋に入ってくる。

 ホワイトフォグだ。


『食事を持ってきたよ』


 フォグはそう言って、スープ状の料理が入った土器を盆ごとガイウスの前に置くと、彼の背後に回って縄を解いた。


「ありがとう」


 縄の跡を擦りながら感謝の意を伝えるガイウスに対し、彼女は『礼を言われることじゃないよ』と、小さく答える。


『さ、折角だから冷めない内に食べておくれ。今日の肉は血抜きが遅すぎて味も臭いもひどいけどね』

「空腹だからな、正直何でもありがたい。ところでこれは、何の肉だろうか」

『アンタがやっつけた熊だよ。あの後、足の早い連中が肉を取りに行ってきたのさ。まあ勿体無いし』

「ああ、あれか」


 ガイウスはスープの中に浮かぶ肉をまじまじと見つめていたが。

 やがて意を決すると、木の匙を手に取り、食べ始めるのであった。


 そうこうして。


「蟲熊を食べたのは初めてだ」

『はは、アタシらだって、滅多に食べられるモンじゃないさ。六本足どもは毒に強いから、狩りにくいしね」


 器を盆の上に片付けながら、フォグがそう口にする。


『……さっきは、悪かったね』

「いや、正しく話さなかった私に非があるのだ」

『そんな訳ないだろ、全く……』


 苦笑する彼女に釣られて、ガイウスも小さく笑う。


「フォグ、聞きたいのだが」

『何だい』

「この村は何故こんなにもヒューマンを嫌うのだ?」


 フォグの表情が曇り、動きが止まる。

 だが、一呼吸おいてガイウスと目を合わせると。ゆっくりと彼の前に座り込み、話し始めた。


『村の家々は、見たかい』

「うむ。小さくて可愛いな!」

『そうじゃない。どの家も住処にしちゃあ、あまりに作りが雑すぎるだろ?冬を越してきた家じゃない。村なのに、だ。これがどういうことか分かるかい』


 首をひねるガイウス。

 察しは、あまり良い方ではない。


『……アタシ達は前の村を、アンタ達ヒューマンに襲われて追われたのさ』



 冬も終わりに近付いた頃。

 コボルド達の村に、突然ヒューマンの一団が訪れたのだという。


 数十人のそのヒューマン達は、何の前触れも無く、矢を放ち、剣を振るい、魔法を浴びせ。

 家を破壊し、コボルド達を殺戮したのだ。


 男も、女も。

 老人も、大人も、子供も。区別無く。


 無論、村の戦士達は武器を取り立ち向かった。

 だが、ヒューマンとコボルドでは体の大きさも、力の強さもあまりに違いすぎる。戦いの技術も、装備もだ。

 ほとんど全ての戦士達が斃れ、何とか生き残った村人達も、逃げるだけで精一杯であった。

 三分の一程のコボルドが村で殺され、さらに逃亡途中でもう三分の一の者達が行方不明となってしまったという。

 何処かで生き延びていてくれればいいが、【大森林】というのはそんなに甘い領域ではない。ほとんどが寒さと飢えで倒れるか、魔獣の餌食になったことだろう。


 当時身重であったフォグは村人達と一緒に何とか逃げ延び、放浪の後、この地に辿り着いた。

 だが、フォグの夫は村の戦士達と共にヒューマンに挑み。時間を稼ぎ。


 妻の元へは、帰って来なかったのだ。



 話をしている内に、外はすっかりと暗くなった。

 小屋の中を照らしているのは、入り口から差し込む月明かりだけである。


『アタシの旦那は、器作りは上手いが鈍臭い男でねぇ。戦士でもなんでもなかったんだけどさ……ってやだねアンタ!泣いてんのかい!?』


 鼻を啜る音で、ガイウスが返事をした。


『全く、何でアンタの方が涙ぐむのさ』


 苦笑いしながら盆を持ち、立ち上がるフォグ。


『まあ、そんなことがあったから、村の連中はヒューマンを憎んでいる訳。恩人であるアンタにこんな仕打ちをしちまったのは心苦しいけど、その辺の事情を理解してもらえるかい?』


 ぶびーん、と大きな音を立てて。懐から出した布で鼻をかみながら、ガイウスが頷く。


『だからまあ、森を出てもこの村のことは黙っていてもらえるかな』

「無論だ」

『助かるよ』


 ふっ、と微笑み、小屋の入り口へと向かうフォグ。


『そんなこんなでね。急いでこさえた村だから何かと物入りでさ。薪も勿体無いから、夜になるとみんなすぐに寝ちまうんだ』

「うむ」

『アタシも疲れてるからね。家に器を片付けに行ったところで、つい眠くなっちまうかもしれない」

「うむ」

『じゃあね、さよならガイウス。アンタに助けてもらったことは、本当に感謝しているよ』


 もう一度だけ振り返ってそう言うと、彼女は外に出ていったきり、戻らなかった。



 翌朝。


 唖然とした顔で立ち尽くすフォグへ、ガイウスが笑顔で挨拶をする。


「おはようフォグ。君もうっかり者だな。昨晩、私の縄を結び直すのを忘れて帰ってしまっただろう?わはは」

『ななななな』

「な?」

『何やってんだいこのクソ馬鹿!何で逃げてないんだよ!』


 首を傾げるガイウス。


「え?」

『何のために見張りを代わったり縄を解いたりしたと思ってるんだい!』

「なぬ!?あれはそういう意味だったのか!」


 今度は上半身ごと傾けながら、ガイウスが驚いた。

 その様子をみたフォグは、額に手を当てて深く息を吐く。


 気まずい沈黙の後。


「その、なんだ……すまん」


 わしわしと。頭を掻きながら彼は謝った。


 ……ガイウスは、察しが悪いのだ。

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