08:ヒューマン嫌い

08:ヒューマン嫌い


 フォグが、『長老』と口にする。


 ガイウスがその方へ顔を向けると、そこにはコボルドが一人、杖で身体を支えつつ歩いてくるのが見えた。

 ヒューマンであるガイウスからは、コボルドの年齢というものはあまりよく分からないが……色の抜けた被毛、濁った目、ややふらついた足元、といったその姿からして、やはり老人なのだろう。


『フォグ、何故此奴を連れてきたのじゃ』

『何でって、言っただろ?六本足の熊に襲われていたのを助けてもらったのさ。アタシゃもう少しで食い殺されるところだったんだよ』

『だからといってヒューマンを村に連れてくるなど!』

『はあー?』


 フォグが振り返り、ガイウスを一瞥。そして再び長老へ向き直ると。


『何言ってんだい、このスカポンタンで息の臭いアホンダラの耄碌ジジイが。こんなでかいヒューマンがいるわけないだろう?こいつはトロルだよ、ト・ロ・ル。それにー、ほら、見なよ、髪も灰色だし。トロルは灰色なんだろ?』

『馬鹿モン!人間でも灰色頭はおる!それにトロルは毛だけではなく肌まで濃い灰色!しかもトロル男には髪の毛は生えておらん。髪があるのは女だけじゃ。大体フォグ、お前はトロル見たことないじゃろうが』


 しばしの沈黙。


『……そうなのかい?』


 フォグがおずおずと、ガイウスの顔を見上げる。


「そうらしい、と聞くな」

『……アンタ、トロルじゃないの?』

「母はトロルとの混血だったから、あながち間違いでもない」

『じゃあ、残りは?』

「ヒューマンかな」


 場の空気が一瞬にして変わる。

 ざわざわ、とガイウスを囲むコボルド達が騒ぎ始め、慌てて武器を構え直した。

 それを見てフォグは、はぁー、と溜息をつき、頭を傾けて額を押さえる。


『何でもっと早く言わなかったんだい……』

「ああ、いや。そう思われたのは今回が初めてでもないし、な。先程も言った通り、私の四分の一はトロルなのだ。そこまで問題でもなかろう」

『大問題なんだよ、馬鹿……』


 そしてもう一度、深く息をついた。


『ほれ見たことかフォグ!やはりヒューマンではないか!』

『ああ、悪かったよ、長老』

『……と言うかお前、どさくさでワシのこと滅茶苦茶に言わんかったか?』


 フォグは軽く手を振っただけで答えず。そのまま足を引き摺りながら、家々の方へと歩いていった。

 長老はしばらくその後ろ姿を眺めていたが、やがてガイウスの方へと向き直り。


『捕らえよ』


 ガイウスを囲む村人達へ、命じた。


 わーっ、と、雪崩を打ってコボルド達がガイウスに殺到する。

 もふもふ、ふわふわとした彼等によじ登られ、伸し掛かられ、押さえつけられながら。

 ガイウスは、コボルド達が拘束しやすいように、腰を落とし、背を屈め。両手を差し出し。


「わはははは」


 と嬌声を上げながら、神妙に縛についたのである。



 毛皮に蹂躙される感触を堪能した後。


 ガイウスが連れてこられたのは、他の住居より気持ち大きめに作られた建物であった。

 が、屋根は低く、膝をついて入るのがやっと。

 中は地面を掘り下げてあるため少し広くなるが、それでもガイウスの体躯には窮屈極まりない代物であった。

 元は物置か何かに使われていたのだろうが、ガイウスの収監のために慌てて片付けられたらしい。


『ヒューマン、ここに入れ!』


 槍や斧に突っつかれるようにして、小屋の中へ押し込まれる。

 そこでコボルド達はガイウスの足首同士を縛り上げると、さらに腕ごと身体にロープを何重にも巻きつけて拘束し終えると、


『大人しくしてろ!ヒューマン!』


 と言い残して、出ていってしまった。

 入り口付近に気配はするので、見張りは付けてあるのだろう。


「……さて、これからどうするかな」


 簡易の牢獄に合わせて身体の位置を直しつつ、ガイウスは一人呟いた。


 気になるのは、何故コボルド達がこれほどヒューマンを嫌っているのか、ということである。

 トロルに対しては、そう悪い印象を持っている様子でもない。

 だとすれば、他種族に対する警戒というよりも、「ヒューマン」という種自体と何かあったのだ、と考えるのが妥当だろう。


(どこかの開拓村と、何か揉め事でもあったのか)


 とも考えたが、【大森林】に何里も入った領域がおそらく住処なのであろうコボルドと、森とヒトとの境界線で奮闘する開拓民の利害がぶつかるとは思えない。

 コボルドの領域まで開拓民が【大森林】を切り開くことなど、順調にいったとしても長い年月が必要であるし、順調に行く訳が、ない。

 そもそも森を相手にする開拓民は、あの貪欲な木々と魔獣の対応だけで精一杯なのだ。人型でない「モンスター」扱いとは言え、意思疎通の可能な相手と無駄に事を構えはしないだろう。

 他種族に理解の乏しい南方人であっても、厳しい環境に生きる開拓民は合理主義なのである。


(では、何が)


 うむう、と唸るガイウスであったが、何も分からない。

 小屋の外に立つ見張りから話を聞いてみようとしたが、『静かにしてろヒューマン』と言われたきり、無視されてしまった。

 結局、ガイウスは答えの出ない推察に戻らざるを得なかったのである。

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