07:コボルドの村

07:コボルドの村


 砂に車輪をとられるのでは、とか、泥濘にはまるのでは、といった心配は、どうやら杞憂に終わりそうだ。

 マイリー号の足はしっかりと地面を踏みしめ、馬車を力強く牽引していた。

 車輪も順調に回り、二人は森の奥へと進んでいく。


「昔私が読んだ書物では、コボルドはゴブリンの親戚筋、小さな人型種族と書かれていたのだが」

『だが?』


 まさかこんな犬っぽい姿だとは思わなかった、と言いかけてガイウスは口をつぐんだ。


「……こんなに毛並みの良い種族だとは思わなかったよ」

『そうかい?確かにアタシらは昔、ゴブリンとも交流があったけどさ。姿は全然違うし、親戚筋ってのはどうなのかね?長老あたりなら何か知っているかもしれないけど』


 ガイウスがかつて読んだ本というのは、城の書庫にあった「モンスター図鑑」である。

 このように会話も共感も出来るコボルドも、それと交流のあるゴブリンも一緒くたに「怪物」扱いしているあたりに、自らを含めたヒューマンの傲慢さを恥じずにはいられぬガイウスであった。


 だが、それも無理からぬことである。

 元々南方諸国群では、知的種族……所謂「ヒト」……は、ヒューマン以外はとても少ないのだ。

 大陸全体では一番人口が多いとされるエルフですら、南方では出会うこと自体が珍しい。

 そのため南方のヒューマン達は他種族に対する理解も乏しいし、相手によっては排他的、差別的ですらあった。

 ましてや人の形から離れた種族を相手に、「ヒト」として対等に接する認識を持った南方人は、少ないだろう。

 ヒューマン至上主義を掲げる聖人教徒に至っては、問題外だ。

 コボルド達が図鑑に「怪物」と記されていたのも、そういった経緯からである。

 ガイウスが一般の南方人からずれた感覚をしているのは、その出自によるものだ。勿論、彼の人格的なものも大きいが。


 ……ふと。

 後ろが静かになったので振り返ってみると、フォグがいつの間にか寝息を立てていた。


 飲ませた痛み止めには、眠気を誘発する副作用があるのだ。

 この手の薬に慣れていなさそうなコボルドには、より効果が強かったのかもしれない。


(この川沿いに進めば村が見える、と言っていたな)


 それならば着くまで寝かせておこう、と考えたガイウスは、前に向き直り。周囲への警戒を続けながら、更に奥へと馬車を進めるのであった。

 フォグの子供達が、自分を見て怯えないといいのだが、と心配しつつ、愛くるしいであろうその姿をあれこれと想像しながら。



 川跡の曲線に従って進み続け、かなりの時間がたった頃。


 両脇に広がる木々の密度が、徐々に薄くなり始めた。

 そして見えてきたのは、森の中に広がる草原。

 まばらに木が生えてはいるものの、【大森林】の中とは思えない、とても大きく開けた空間であった。


 川跡は草原の端を突き抜けるようにしてそのまま森のさらに奥へと続いている。

 その先が気にならないこともないが、ガイウスの注意を最も引いたのは、草原の只中に見えるもの。


 村だ。


 草や枝を組んで組み立てたと思われる小さな住居が、数十戸程集まっているらしい。

 煙が何本か立ち上っているのが遠目にも確認出来、そこに住む者達が暮らしを営んでいる気配が感じられる。

 村落を挟んで見える向こうの森には小さめの岩山が二つ並んでそびえており、さながら村のシンボルのようにも、見えた。


 あれか、と一人呟いたガイウスは、荷台のフォグを揺すって、その目を覚まさせる。


『ん……やだねアタシ、寝てたのかい?ああ……うん、うん、あれだよあれ。あれがうちの村さ』

「可愛らしい村だな」


 家々は人間のものに比べると小さく質素なものであったが、それがまた、ガイウスの心を和ませた。


(きっと、村人達も小さく愛らしいのだろう)


 動物や人間の子供達と違い。彼等がフォグのようにガイウスを恐れなければ。


(フォグの子供は、撫でさせて貰えるだろうか)


 思わず、口元を綻ばせる。

 ……彼を知らぬヒトがその相貌を目にしたならば、獲物を目前に牙を剥く猛獣を連想したかもしれないが。


 一方そんな彼の後ろで、フォグは。


『まぁ、急ごしらえだからね。仕方ないのさ』


 ぼそりと、暗い声で呟いていた。



 しばらくして、家々が立ち並ぶ辺りまで馬車を進めると。


「止まれ!」


 という声とともに、馬車は骨槍や石斧を持った複数のコボルド達にたちまち取り囲まれた。

 皆、鼻にシワを寄せ、唸り声を上げている。


 両手をゆっくりと上げて、表情を崩し。敵意の無いことを伝えようと試みるガイウス。

 友好を示すため、が半分。もふもふとしたコボルド達が集まってきたのを見て心が躍った、というのが半分の笑みだ。

 勿論、「笑み」というのはあくまでガイウスの基準である。


『何をしに来た!』

「私はガイウス。怪我をした村の者を送り届けに来ただけだ。害意は無い」


 そう語るガイウスの脇。

 荷台からフォグがひょっこりと顔を出し、武器を向けるコボルド達へ


『止めなアンタ達!ホントだよ!このトロルが、アタシが熊に襲われていたところを助けてくれたんだ!』


 と、吠えた。

 コボルド達は互いに顔を見合わせ、何事かを言い合っていたが、しばらくして、武器を収める。


『そうなのか?』

『俺に聞かれても』

『まあ、フォグがそう言うならそうなんじゃないの』

『逆らうとアイツに殴られるしなあ』

『俺、トロルって初めて見た』

『俺も俺も』

『この土の化物はなんだ?』


 緊張が解けたのだろう。互いの顔を覗き込みながら、わいわいと話し始めた。

 可愛いらしいその様子を、目を細めて眺めるガイウス。


(何という目の保養だろう。これだけでも王都を出た甲斐があったというものだ。願わくばここにしばらく滞在させてもらって、この光景を記憶に刻み付けておきたいものだが……まあそれも図々しい話か)


 ああ、でも自分の村跡に居を構えれば、ここへも顔を出しやすいのではないだろうか。

 母や村人の弔いも出来る、コボルド達に会いにも来られる。

 それならば、多少の不便があろうともあそこに住む価値は大いにあるのだ。

 費用をかけてでも、井戸掘りを試みるべきではないのだろうか。家を建てるべきではないだろうか。

 いや、そうするべきではないか!?そうに違いない!


 馬車からフォグを降ろしつつ、そう考えるガイウス。

 そんな彼を他所に、フォグは


『道を開けておくれ!アタシゃこれから命の恩人をもてなさなきゃいけないんだ。さあガイウス、こっちだよ。もういい時間だからね、今日はウチに泊まっていっておくれ』


 と、右足を引きずりながら、歩き始めた。

 ガイウスはマイリー号に「待て」と口頭で命じると、その後を追おうとする。

 ……だが。


『何をしておるかフォグ!ヒューマンを連れてくるなどと!』


 その歩みは、敵意に満ちた怒声によって止められたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る