第35話

「えー、ではまず最初! 第一問ですわ! 次の漢字の読み仮名を答えなさい!」


 そう言って、ジャンヌ・ダルクは玉藻前から渡された巨大な看板を手にして天高く掲げた。

 それは――『羽柴秀吉』である。


「……『はしば ひでよし』じゃねーの?」

「アホか! アイツらは織田信長だぞ! 必ずや『サル』と書くに決まってる!」

「マジで!? 根拠がひでえ!」

「皆さん、私に見えるように書いて下さいな!」


 一斉に織田信長が書き始めた。

 たった二文字の正解。書き終えるのも速い。次々に「サル」、「サル」、「サル」「サル」[サル]。サルサルサルサルサルゲッチュ。一糸乱れぬサル列挙である。


「マジでサルって書いてる……」

「持ちネタの一つみたいなものだからな。アレ。木下藤吉郎と迷ったが」

「はい、全員正解……いや! 五人ほど違いますわ! そこの方々!」

「え!? 間違った奴がいたのか!? こんな単純な問題を!」

「いや、普通じゃねーの」

「誰だ! 顔を見せろ!」


 見下ろすと、確かにたった5つだけホワイトボードに書いてある回答が異なる。そしてそれは全部「はしば ひでよし」と、真っ当な回答だった。

 そしてホワイトボードがよけられ、それを書いた者達の顔が明らかになった。

 のぼーっとした、教科書に忠実な顔が5つ並んだ。


「……え?」

「アイツラ? 間違ったのアイツラ?」

「史実に忠実な貴方達が何故!?」


 忠実信長達は何故か一か所に集まり、困った表情でジャンヌを見上げていた。


「いや、サルなんて言ったの一回だけだし」

「いつもそんな言い方してると思ってんの? マジであの時代ならぶち殺されてるよ? お前ら家臣の怖さ知らないでしょ?」

「っていうかパワハラじゃん、 部下を常にサル呼ばわりとか。普通に考えてよ」

「なんでテメーら地味にねちっこい言い方すんだよ! それでも天下人か! 潔く帰れよ!」


 忠実信長達は顔を互いに見合わせた。

 そして一直線に並んで小さく前ならえをする。

 そしてチューチューなトレインよろしく、ぐるぐると回り始めた。


「何なんだよお前ら! 抗議!? 抗議してんのお前ら!? 普通に口で抗議しろよ! 何で回るんだよ! 何でその顔を五連装で見せつけてくんの!?」

「そうか、あいつら、創作とか拡大解釈とかが無い信長……つまり「本物」過ぎて、逆にらしくない信長なのか……」

「ま、まあ、でも、確かにこの問題はちょっとアレだった気も……」

「屈するなよテメーも! 屈するのはオーク相手だけにしろや!」

「はい、じゃあ貴方達は脱落です! 次の問題に行きます!」


 未だにぐるぐる回っている忠実信長を無視して次に移行することになった。


「第二問! 貴方のあだ名を教えて下さいな!」


 またも素早い。次々に立ち並んでいく回答は「第六天魔王」。

 第六天魔王が雁首を揃えていく様はある種のホラーにも通じる光景である。


「うーん、流石ですわね、みんな正か……いや! また5つだけ違いますわ!」

「マジで!? 第六天魔王以外ってあるの!? オラー、そこの信長! ツラ見せろーー!」


 ホワイトボードをよけた顔。

 忠実な顔が5つ並んだ。


「だから何でお前らまだいるんだよ!? さっき失格したじゃねーか! 帰れよ!」

「あのさあ。第六天魔王って、ジョークで1回だけ使っただけなんだけど」

「そんないじんないでくんない?」

「フツーに考えて「のっち」しか無いんだけど」

「知らねえよ! それテメーの子供ん時の仇名だろ! そもそも「っち」なんて付ける文化があの時代にあったのかよ! 第一、論点ずらすんじゃねー! テメーら失格だっての!」


 忠実信長はまたもぐるぐる回り始めた。


「何だよ! スピードアップしてんじゃねー!」

「それにしても、なかなか振るい落とせないものだな……。やっぱりこの辺の基礎は全員攻略してくるのか」

「そうですわね。私の算段ではもっと減らせると思ったのですが……ですけど、やめるわけにはいきませんわ」


 そして次の問題に移行した。次は作り物の頭蓋骨を見せてその活用法を問うているが、またも忠実信長ズ以外は全員正解。そこからも着実に攻略され、一人たりとも減らせない。

 N子は考える。眼下には無数の織田信長。この中に混じっている本物の超萌え萌え戦記の織田信長を見つけ出せば全ては終わる。しかし千差万別の織田信長達、女体化された織田信長は全員が可愛くされていて、萌え萌えである。超萌え萌え戦記はイラストレーターが複数いるため、絵柄での判別も不可能だ。

 今、1か所に集まって大人しくしてくれている。またとないチャンスだ。たった一人、この中から織田信長を……

 無数の織田信長の中から、織田信長を……


「はっ……!」


 瞬間。

 N子に電撃が走る。

 閃いたのだ。


「おい、ジャンヌ! 頼む! こいつらを釘付けにしておいてくれ!」

「え!? 何をする気ですの!?」

「分かったんだよ! こいつらの中から見つけ出す方法!」


 N子はそう言って、ワーウルフとしての能力をフルに使い、村長の家から飛び降りた。

 そう。千差万別なら。それぞれが違う魔改造を施されているのなら。それぞれが違う設定の元に生きているのなら。

 『それを取り巻く者』もまた――違うということだ。

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