第3話

「分かったぞ。これを見てくれ」

「え? どれ? 目が腫れて星しか見えないわ」

「もがもがもー」


 またもSR子に縛られているN子をよそに、SSR子がPCに首を伸ばした。

 PCにあったのは、アップデートのお知らせ。そして、一部カードの強化という項目で、ずらずらと修正がかかったカードが列挙されている。そしてその中の一つを、SR子は指さした。


「こいつだ。『~聖夜の極上ミトン~玉藻前』……こいつしか考えられん」

「あら、この子、お隣さんの子じゃない! 時期もののガチャで当たったはいいけど、SRのくせにスキルが産廃だった子! そんな金枠詐欺の初心者殺しが一体何を!?」


 スキル。このゲームにおいては確率で発動する、ステータス以外の付加効果のことである。


「そのスキルが修正されたんだ! 見てくれ!」

「えー? でもそんなんでR子を売却するほどじゃないんじゃない? 私の「メンバー全員の攻撃力を70%アップ」というシンプルかつ最高レベルのスキルを前にすればそんなの屁でも……」


 PCの画面を詳細まで見るSSR子。

 元スキル「もふもふミトン9人前」・自分の防御力を10%アップ

 現スキル「もふもふミトン9人前」・メンバーの一人の防御力をランダムで90%アップ、それを9回繰り返す。相手の攻撃力をランダムで90%ダウン、それを9回繰り返す。


「ふざけんじゃないわよこの童話の悪役担当がーーーーー!」


 SSR子の一撃がノートPCを貫通した。


「ああああああああああああああああああ! わ、私の! 私のノーパソがーーーーー!」

「キイイイイイイイイイイーーーー!? 何それ、どんなアプデなの!? バカなのかバグなのか、その両方なのか何なのよ、あの油揚げ大好き赤くもないきつねエエエエエエ! こんなぶっ壊れスキルSSRどこじゃないわよ、もうSSSR! いや、むしろSSSSR相当! 新しいレアリティ2個作ってようやく追いつくレベルよ! ハイパーインフレ! ジンバブエドルよ~~~~!」

「N子~~~! 私のノーパソ! 壊された~~~!」

「お、おう……な、泣くなよ、な? 何だかよく状況分かんねえけど」


 SR子はN子の拘束を解いてまで泣きついた。SSR子の狂乱は止まることなく、自分の持つ武器を振り回す一歩手前の発狂っぷりである。

 もう収集はつかない。そう思われたその時、


「やあ、みんな。ただいま」

「あ! 兄さん!」

「おう! 覚醒の宝玉(R以下)兄ちゃん! 覚醒の宝玉(R以下)兄ちゃんじゃないか!」


 家に帰ってきたのは、銀色の輝きを放つ宝玉だった。空中浮遊し、どこにも発声器官が無いのに爽やかな青年の声を発している。

 彼は少し特殊な立ち位置にいるレアリティである。

 上限レベルを解放する「限界突破」という概念がある。これはこのゲームでは同じキャラクターをもう一体入手しないといけないのだが、この覚醒の宝玉というものがあれば、指定レアリティを何でも限界突破させることが出来る、ワイルドカードのようなはたらきをするのだ。

 とんかつ定食で言えば、サイドメニューのミニサラダ。使いどころが難しい、序盤で手に入れた全快アイテム。

 それがこの宝玉シリーズである。


「ハハハ、みんな相変わらず可愛いなあ。……でも、ちょっと今日はバッドニュースを持ち帰ってしまったんだ。すぐに話をしたい」

「あ! 兄さんも聞いたのか、クリスマス玉藻前のこと! それなら話が早いけど、ちょっと兄さんからも説得してくれ、SSR子が発狂して!」

「ああ、まああの内容だからなあ。よし! 兄ちゃんに任せておけ!」

「やったぜ! 兄ちゃんかっこいー! 球体だけど!」

「よっ、イケメンボール! 略してイケボ!」

「ハハハ、嬉しいな! よし、やる気出た!」


 スイー、スイー、と空を滑るようにし、SSR子に近づく。


「こら、SSR子! そんなに取り乱してみっともない! 乱れるのなら兄ちゃんとベッドで――」

「うるさいわねこの浮遊キン〇マーーーーーーー!」


 バリーーーーーン! 覚醒の宝玉(R以下)が砕け散る。


「兄さーーーーーーーん!」

「割られたーーーーーーー! 銀色なのにわいせつ物扱いされて割られたーーーーー!」

「つ、次に……生まれ変わったら……俺、DM〇のエッチなゲームに行くんだ……」

「死にながら死亡フラグ立てるな! 拾え拾え! 兄さんを組み立てろ!」

「生きてろよ兄ちゃん! どうやって生きてたかも分かんないけど! 内臓スッカスカだけど!」


 かくして、話は組み立て作業の後に行われる。






「俺の仕入れた情報だ。聖夜玉藻前はそのぶっ壊れ性能スキルであっという間に使用率1位にまで上り詰め、クリスマスガチャを引けなかった人達からは非難囂囂。持っている人達からは「人権」扱いになり、戦闘デッキのレギュラーとなっている。その煽りを受け、このボックス村も、元々ぎゅうぎゅう状態だったからな。何かに使えるかと思ってとっておかれていたRの子達も、次々に売却されている始末だ」

「それでR子まで……」

「そもそもレベルマの子はRではそれほど珍しくもなかったからね。R子はそもそも初期の方のキャラだったしスペックも低かった。だから、間引かれてしまったんだろう。ボックス整理も楽になるしね」

「なんてことだ……! このままではR子が帰ってきても、すぐに売却される可能性が!」


 SR子は机を叩く。どれだけ邪な生き物でも、R子と過ごした時間は長い。情も移るというものだ。


「それだけじゃねえな、あの性能じゃSR姉貴までやられる可能性もある。運営もとんでもねえことしてきやがって」


 N子が苦々し気にSR子を見た。いつもの凶暴さはなりをひそめている。


「俺の……俺のハーレムがこのままでは壊滅してしまうというのか……!」


 覚醒の宝玉(R以下)がくるくる回る。特に何も伺いしれない動きだった。

 静まり返る家の中。台所の水音まで聞こえる空間で、


「これで決まったわ。私達がやるべきことは、一つね」


 SSR子が、鶴の一声を放った。


「い、一体何を!? SSR子!」

「覚えてる? この村のルールを。自分に関わるアップデート類は、「自分自身」で「ウンエイ神殿」に申告を出さなきゃいけない」

「あ、ああ」


 それは、この場所においてほぼ唯一の外との懸け橋だった。自分自身の能力について不満や要望は、自分の声として提出出来るのである。受理される可能性こそ低いものの、正当性やバランス、そして運営への利益が認められれば、待遇の改善が望めるのだ。


「今回の赤で緑のきつねは、明らかにゲームバランスを崩している。あいつ本人が提出すれば受理されることは間違いない」

「SSR子。まさか?」

「そのまさか」


 ぐっとガッツポーズをした。


「玉藻前を叩き潰して、ウンエイ神殿に自分の能力は明らかに過ぎたものですと言わせるの! それしかないわ!」

「な!? 無茶な! だって隣のメンバーは……!」


 そう。この5人が住んでいる隣に住むグループは、総力ならこのボックス最強レベルの集団である。

 攻撃力18000を誇る、現環境上位アタッカー・SSR『~業火拭う輝き~ ジャンヌ・ダルク』。

 ステータスこそ平凡なものの、相手の攻撃を1ターン遅らせるという唯一無二のスキルを持つ者・SR『~おねだり上手~ 楊貴妃』。

 守備力20000。更に自分の守備力を上昇させるスキル持ちの堅牢な城塞・SSR『~滅び得ぬ夢幻~ アザトース』。

 弱い。絶対に弱い。特に何も強化されていない平凡なR・『ゴリアテ』。

 そしてドチートスキルを手に入れた、クリスマス玉藻前だ。

 この連中に喧嘩を売ることは、このボックスの頂点に喧嘩を売ることに他ならない。5人中4人が、栄えある「デッキメンバー」であるという異常なまでの戦力だ。それを最も理解しているのは、SSR子である。

 だが、しかし。SSR子の闘争の炎は消えない。


「それでもやるの。やるしかない。このまま指をくわえて見ているわけにはいかないわ。R子の為に」

「SSR子……」

「よっしゃあ! そうと決まれば! 喧嘩だな!」

「ええ! あのクソ狐に教えてあげるのよ! 過ぎたチートスキルを持つと、どれほど恨まれるのかという社会のルールをねえ!」

「やっぱ私怨100%でしょ、SSR子!?」

「兄さんも行くぞ!」


 くるくるといつもより激しく回っている覚醒の宝玉(R以下)。


「割れるぞ兄さん! いいのか!?」

「割れるのが怖くて宝玉が出来るかーーーーー!」

「よく言ってくれましたわ、覚醒の宝玉(R以下)兄さま! じゃあ、行くわよみんな! 戦争よ! 緑のた〇きは持った!?」

「「おーーーーーーーーーーーーーーー!」」

「いや、何の戦争する気なの!? 私はきつねうどんの方が好きなんだけど!?」

「裏切者だぜSSR姉貴!」

「大丈夫! 私も黒いカレーのやつの方が好きなのよ!」

「おお! 実はあたしもど〇兵衛派だったし!」

「兄さんは焼きそば!」

「じゃあ緑のた〇きいらないわね! 行くわよ――――!」

 こうして、総出による最強メンバーへの挑戦が始まった。

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