第2話

「まあ、大変。エフェクトがちょっと削れちゃったわ」

「もがもがーーー! もがもがもがー!」


 猿ぐつわをされて椅子に拘束されたN子は、それでも分かるくらいの煽りボイスを発した。それを無視し、SSR子は自分の動きを確認する。発生するきらめきが一部欠けていて、小さくはないダメージを負っていることが分かる。


「それで、何だっけ? お話は。ガチャを引こうとしてるんだっけ」

「ああ。ボックスの中身も、もうかなり限界に来ている。強化素材兄さん達も大分使われてるし、ノーマルも大分売却されてる。もう、課金で増やしてもらうしかない状態だ」

「あとは~、うん。売却だね」


 R子の朗らかな笑み。


「そうね、売却ね~~。大変ね、雑魚は」


 SSR子の朗らかな笑み。


「「ねー」」

 二人は顔を見合わせ、にっこりとほほ笑んだ。

 SR子の額に青筋が走る。


「お前ら、あんまりそうやって馬鹿にしない方がいいぞ……。売却されたら、次に引かれるまで帰ってこれないんだ。特にR子、お前は唯一のアイデンティティであるそのレベルがゼロになってしまうんだぞ」

「えー、でも、私は大丈夫でしょ。あいつも大分思い入れあると思うし、売却なんてそんな。一番可能性あるのはN子じゃない? そもそもN子ってなんでずっと残ってるの?」

「そうよねえ。何でこんなクッソ凶暴なじゃじゃ馬が? エフェクトもおっぱいも何一つ持ってないというのに」

「分かんないよね~~~」

「「ねー」」

「お前らそれやめてくれ、すっごいムカつく。いつか天罰が下るぞ」

「天罰? このゲーム内で天罰? あるはずないじゃ~~ん。SR子、何を……」


 R子がおっとりとした笑い声を立てると、

 R子の頭上に、暗い光が出現した。

 そして無機質な機械音声が告げる。



『R子。売却です』






「ぎゃあああああああああああああああああああ!? !? ちょ、待って待って待って下さいお願いしますやめてやめて何で、レベルマなんだけど!? 何でそういうことするの、売却してもたったの20N子なのに! ちょっとホントに頭がおかし……いやアアアアアアアアア!! ノーーー! ノーーー―! 絶対にノーーーー! 靴舐めますから、靴舐めますから、やめて! やめて! やめてーーーー!」


 普段のおっとりさを完全にかなぐり捨てた叫びは、売却係に聞き入れられることはない。屈強な黒服の作業員二人に抑えつけられ、R子は引きずられていった。






「アイツ、アタシを単位にすんなよ」

「大変ね~~、弱いって罪ね~~~」

「いや、お前ら呑気だな!? R子が連れ去られたんだけど!? また引かれるまで戻ってこれないぞ!」

「いや~、でもあの子、そんなに出ない存在でもないでしょ? そのうちひょっこり戻って来るわよ」

「そうだぜ、SR姉貴。R子はレアだし、ちょいちょいレアガチャ引いてりゃ勝手に戻って来るだろ」

「お、お前らなあ……」


 辟易するSR子だが、確かに彼女はRだ。期間限定でもイベント限定でもない常設ガチャで、ひょっこり顔を出す存在である。

 これがSSR子や自分ならまだしも。そこまで騒ぐことではないだろう。


「アタシの仲間なんか、しょっちゅう強化村と売却村を往ったり来たりしてるんだぜ? それに比べりゃあ随分マシだろ。そんなことより今は、よお」

「ええ、そうよ、N子。SR子。今考えなければいけないのは、何故急にあそこまで強化したR子を売却したのか……」


 SSR子は言いつつ、高レア強化素材から作った紅茶を一人一人に淹れていく。強化素材は何も全てを食べる必要はなく、その余りをこっそりとSSR子は持ち帰っているのだ。効能が抜けているためにパワーアップこそ出来ないものの、強化素材は総じて美味で、嗜好品としての楽しみ方は出来るのである。


「売却するのなら、他にも売却すべき子はいたはずよ。それが急に、あそこまで強化した子を売るつもりになるかしら。R子のプロフィール、覚えてる?」

「何でプロフィール?」

「いや、キャラが嫌だとかありそうじゃない?」

「それはないと思うけど……ちょっと待ってくれ」


 SR子はノートパソコンを出し、このゲームの情報を閲覧する。


「名前は、『愛姫』。『おっとりとした純情娘。とても優しい愛に溢れた性格で、虫一匹殺せない。人の幸せを誰よりも願っている。ずんだもちが好物』」

「ブワッハッハッハッハッハッハッハ、何それ傑作! 人の幸せだって!? あのゲスが!? ブワッハッハッハ、何だよそのギャグ!」

「プププーーーー! ど、どんだけプロフィール盛ったの!? 馬鹿なのあの子!? ずんだもち食べてるとこなんて一回も見たことないわよ!? 実際はアブラギトギトのステーキ食べまくってるくせによく言えたわね!? あだ名が牛脂姫になる一歩手前だったのに!?」

「アンタら本当にゲスイなあ!? いっぺん売られて来いよ!」

「SNSとかやったら絶対にヤバいタイプだったんだなあいつ! ち、ちなみによお、SSR子はなんだ!?」


 爆笑するN子はSR子のPCを奪おうとするが、


「待ちなさい、N子」


 攻撃力アベレージ・10000のSSR帯において、17000という圧倒的な攻撃力特化の剛腕が、N子の腕を掴んで制止した。


「人のプロフィールを勝手に閲覧するのはご法度よ。ましてやそれをネタにしようなんて悪徳は許されないわ!」

「アンタさっき思いっきり笑ってたよね!? 大爆笑してたよねえ!」

「過去は過去よ! 私は未来に生きる女! いいこと!? N子! 少なくとも私は、初期の遊〇王のバニラモンスターみたいな貴女の様なプロフィールではないの! それだけ分かればいいでs――」

「ウルセエーーーーーーー!」


 攻撃力300の拳が鼻っ柱をへし折った。


「このエフェクト魔人! その無駄なエフェクト全部剥がせばR子並みの地味さになるってそれ一番言われてる分際でやかましいわーーー!」

「グゲエエーーーー! グエー! ゴエーーー!」


 今のうちに色々調べよう。N子の罵倒とSSR子の女を捨てたダメージボイスを聞きながら、SR子はPCを叩いた。

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