YES拡張NO売却! ボックスはもういっぱいです
庵治鋸 手取
第一話・バランスブレイカーにご用心
第1話
多くのソーシャルゲームには一つのルールがある。それは、所持しておけるモンスターやキャラクターを、一定数以上は持っておけないというルールだ。
所持しているモンスターやキャラクターは「モンスターボックス」、「所持一覧」、「所持~~一覧」といった名称の場所でステータスなどの閲覧が出来る。しかしそれは、一定以上というラインを踏み越えられた幸福な一部のキャラクターのみに限られる。
では一定のラインを越えられなかった戦力外のキャラクターやアイテムはどうなるのか?
残念ながら、それはボックス内の整理手段・「売却」か「強化素材化」という憂き目に遭う。それを潜り抜けるには、プレイヤーに存在価値があると認めさせなければいけない。
そう。ソーシャルゲームにおける所謂「ボックス」は、超競争社会。
プレイヤーにとってはゲームそのものが戦いだが、キャラクターやアイテムにとっては、違う。
真の戦いは、この「ボックス」内で起こっているのである。
ここはソーシャルゲーム・「超萌え萌え戦記」のボックス。
プレイヤーが日夜利用するこの場所。ここでは日夜、己のボックス内残留を賭けた狂騒曲が奏でられていることを、殆どのユーザーは知らない。
これは、日々売却の恐怖に怯え、強化素材となることを拒否し、強化素材に飢え、上位互換の登場に絶望し。
それでもなお日々を生きていく、ソーシャルゲームキャラクター達の日常である――
「大変だーーーー! ガ、ガチャを引く気だぜ! あいつ!」
ボックスの中にある、一つの村。ここは未だボックスへの残留を許された、幸福な娘たちの家である。
「5つ」の表札が張り出された家の中で、一人の少女が声を荒げていた。如何にも地味な衣服を身に纏う村娘のような出で立ちの少女。
レアリティ(貴重度)・ノーマルの、N子である。
レアリティ・ノーマル。星で格付すれば星2レベルとは、ソシャゲにとっては生まれながらに救済することの出来ない存在だ。
何故なら多くの場合、ステータスが信じられないほど低く、そもそも実戦での運用を考えられているのか分からないほどの能力しか持っていないのだ。常にカツカツのボックス戦国時代を生き抜くには余りに力不足。とんかつ定食で言えばお冷。末等ポケティーの擬人化。怒涛の低ステで愛を試してくる。それこそが、このレアリティ・ノーマルである。
「……ん? そなの? まだ警報が鳴ってないのに何で分かるの?」
N子に反応するのは、R子だった。R子は、着物を着た少女である。髪が長くおっとりとした顔つきでN子を見つめ、その様子を伺っている。
レアリティはレア。故にR子だ。
このレアリティは、星に換算すれば星3に相当する。
その戦力は、ノーマルとは比べ物にならないほどに強い。イラストもそこそこ気合が入り始めるボーダーラインであり、課金要素である、強力なアイテムやキャラクターが手に入りうるシステム・「レアガチャ」における最低保証レアリティである。初心者にはありがたい存在だ。
しかし、それ故にハズレ扱いされることも多い。戦力としては至極微妙、だが売却するにはちょっぴり勇気が必要。とんかつ定食で言えばキャベツとおしんこ。使えなくても必ず5、6枚はボックスに混じってる。それがこのレアリティ・レアである。
「な、何だと! それは本当かN子!」
その正面に居たSR子が声を高らかに上げた。軍服をモチーフにした、しかし非常に布面積の小さい服を身に纏う小柄な彼女のレアリティは、SRだ。
レアリティ・SR(スーパーレア)。星に換算すれば4、5に相当する。
このレアリティは十分に使用に耐えうる、ノーマルとは比べ物にならないほどの戦力を誇るレアリティだ。イラストもエフェクトなどがそこそこ与えられて豪華になり、下手をすれば古いSSRを追い抜きうる性能を誇る。
とんかつ定食で言えばご飯とみそ汁。ボックスの中で燦然と輝いているこれらが並ぶと、ついつい口元が緩んでしまうほどだ。
これら、遥かに格上レアリティを持つ二人の同居人を前にして、N子は「ああ!」と家の外を指さす。
このボックス村の空は、プレイヤーがゲームを起動している時に限り、空の一部がプレイヤーの画面とリンクする。それは今、「レアガチャ」のページになっていて、それが数分間固定されていることにN子は気が付いたのである。
「見ろ! 画面がガチャの画面になってて、あいつ、めちゃくちゃ悩んでいやがる! 絶対に引くつもりだぜ!」
「え~~、でも、レアガチャチケット持ってたっけ? どーせ、ノーマルガチャじゃないの~~?」
レアガチャチケット。
それは、課金ガチャ以外で高レアリティを引き当てる可能性があるレアガチャを引くことが出来る、無課金にとっての希望の星である。
一方、ノーマルガチャとは、ゲーム内の様々な場面で手に入るポイントを使ったガチャだ。大抵N子の仲間が出現するが、このゲームにおいては超低確率でSRまでが出現する可能性が残っている。
「いいや、R子! そう考えるのは早計だ! 奴は課金ガチャを引くかもしれんぞ!」
SR子はそう言って、今回のイベントガチャラインナップが明記されたチラシを開いた。
「間違いない! 外の世界では今、夏! そして今日から、水着ガチャが開催されてしまうぞ!」
「マジかよ姉貴、やっぱりかあ! となると……! あいつ、課金するつもりかあ!?」
「くそう! またか! 課金戦士め! 現状では満足できんというのか!」
SR子はチラシを叩きつけ、クソ~~~、と心底悔しそうに声を絞り出した。その様子を眺めるR子は、柔らかい笑顔を浮かべ、
「SR子、大丈夫大丈夫~。どうせボックス圧迫されて売却村に行くことになるのは、私じゃないし。大丈夫だよ~」
「何が大丈夫じゃないだコノーーー! お前などどうせもうすぐ見切られてしまうわ!」
「え~~。中途半端に強化されてる愛情の注がれ方が明らかに足りない人には言われたくないなあ。レベルマックス70なのに66しかないんでしょ? 確か。私は60中60だもん」
レベルとは、ステータスを引き上げるものだ。強化素材か、他のキャラクターを合成して行われる。
「黙れ! 今でも数を要するイベントで私は使われている!」
「ふーん。でも何で最大まで強化されないのかな、不思議だね」
「オイオイ、姉貴共、やめろよ! そんなことしてる場合じゃねーだろ!」
割って入ったN子に、二つの上位レアリティが目を向ける。
「今やるべきことは煽りあいじゃねえ、いかにプレイヤーの課金させる気を削ぐのか! これだろうが! ここで争ってる場合じゃねえだろ!」
「ぬ……もっともだな」
「そうだね。私より下のN子が言うなら」
「よし! じゃあ、今回の作戦は……」
N子が口を開こうとした、その時。
虹色の輝きが、部屋を満たした。
「まあまあ、おそろいで。みんな、どうしたのかしら?」
その神々しい輝きは、全員の眼を潰さんとするほどだった。布面積は町を歩こうものなら即刻通報されるレベルで小さく、一挙手一投足で派手なエフェクトが舞い踊る。顔も非常に整っていて、身に着けた赤色の装身具がちゃらちゃらと涼やかな音を立てる。
SSR子の登場だった。
レアリティ・SSR。呼び方は様々あるこのレアリティは、文字通りの頂点。星で言えば6~7に相当する。
圧倒的なステータスとイラストの美麗さ、派手さは、他のレアリティは添え物だと言わんばかりの存在感を放ち、ボックスを席巻する。その出現率の低さと、そこから来る排出時の歓喜はまさに悪魔的。とんかつ定食で言えば文句なしのとんかつ。バナー広告は別荘地。
それこそが最高レアリティ・SSRだ。
この家における唯一の最高レアリティ・SSR子はしかし、驕りの見えない優しい笑みを浮かべた。そしてそれを、
「オルアーーーーーーーーーーーー!」
N子の拳がぶち抜いた。
SSRをNが打ち破るという下剋上により、SSR子の体が壁にまで叩きつけられる。そんな時にまで出てくるキラキラエフェクトは、闘牛の赤マントのような効果を発揮した。
「こっちはカリカリしてんだ、テメーは出てこなくていいんだよ、この強化素材爆食女がアアアアアアアアア! 一個も強化素材を喰ったことのねえアタシの身にもなってみろ! あっち行けよ、視界に入るだけで今はイライラすんだよこのパーティーメンバー! 限界突破無理ゲー女!」
「オブ! おぶち! あべばあああば!」
「相変わらず、SSR子の鳴き声は醜いね。ゲーム中で出せば即刻売却してくれそうなのに」
「そ、そんなことを言ってる場合かR子! N子を止めるぞ!」
「ヒイーーーー! た、助けてSR子! この生きる200ゴールドが! この200ゴールドが!」
「アタシを金額で呼ぶなァ!」
「卍固めはやめてーー! 服が! 服が脱げる!」
「そんな服着てるから悪いんだよ、痴女め!」
結局SR子に引きはがされるまで、N子の攻撃は続いた。
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