第4話

 このボックス内での決闘を行うにはルールがある。それは、あくまでもそれぞれのカードのステータスを用いて戦闘をするということだ。

 攻撃力はそのまま筋力に。防御力はそのまま自分の体を守るバリアとなり、それで戦闘を行うのである。

 それはそれぞれの存在がそのままの力で争った場合、絶対的なまでの力の差が生じるための配慮だ。今回で言えば、神話の存在であるアザトースが人間に過ぎないジャンヌ・ダルクと同格などまずあり得ない。一介の姫に過ぎない楊貴妃にしても、同じことだ。

 戦闘力100億と100の戦力差を、1000対100にまで縮めよう。それがこの決闘のルールの意図だ。現に戦い方次第ではステータス差を埋めることも出来るようになっている。

 そして今回の決闘もまたそのルールで行われる。村の外れにある、野球場のようなドームに覆われた四角いリング内で、同じ人数同士を集めて行うのが規定だ。

 玉藻前はお隣さんの挑戦を快く受け入れた。

 それは彼女の心の広さではない。彼女の傲慢と虚栄心から来るものだと、誰の目からも明らかである。

 そして彼女の家の他の4人も協力を受け入れた。それは、世帯に「デッキメンバー」が多くなると、支給される生活費や強化素材などの待遇がぐっとよくなるため。当然と言えば当然の反応だった。

 互いに賭けるものは、玉藻前チームは玉藻前の修正依頼。そしてSSR子達は、何でも言うことを聞くこと。ハイリスクハイリターンの、絶対に負けられない戦い。

 かくして、場は整い、決戦の火ぶたが切って落とされる。


「オラアーーーーーー! SSR共ォ! よくアタシの前に面出せたモンだなコラアアーーーー!」


 早速、相手チーム5人を威嚇しているN子を、SR子と覚醒の宝玉(R以下)が取り押さえていた。

 しかし、相手チームの大将を務める玉藻の前はその優美な9本の尻尾、そしてクリスマス仕様のデコレーションを施されたビキニのような服を見せびらかすように胸を張って進み出てくる。


「ふふふふふ、久しぶりですねN子こと、ワーウルフ! 流石にNクラスの器の小ささ……アア、何と醜い様でしょうか!」

「調子こいてんじゃないわよこのきつねうどんの擬人化がァーーーー!」

「アブオオオオ!?」


 後ろから出てきたSSR子のドロップキックが玉藻の前の顔面に。そのままマウントポジションになる。


「コンニャローーー、よくもSSR以上のスキルを持ちやがってアアン!? 下剋上なの!? 下剋上でもしようっての!? アンタバナー広告出たことあんの!? アンタのせいでSSRの多くが所詮玉藻の前以下の産廃(笑)ってネット掲示板で言われることになんのよ、分かる!? この罪の重さ!」

「クソ! バカが二匹! すいません、そっちのチームの方! 多少ならぶった切ってもいいのでそっちの馬鹿抑えてくれません!?」

「いいんですの!? 貴女、味方ですわよね!?」


 と、騎士風の鎧を纏ったジャンヌ・ダルクが驚愕する。


「いいんだ! そうでもしないと今のソレは抑えられないから! 後で何か驕るから!」

「え、ええ、そっちがいいと言うのなら、まあ……」


 そしてジャンヌが一歩前に出ると、急にSSR子は動きを止め、退く。最早玉藻前は虫の息だった。


「きゃー、見ない方がいいわN子! 女騎士よ! 女騎士が出たわ!」

「ゲエー、女騎士!? マジかよ! あのくっ殺大魔王だと!?」

「謝れお前ら! 今すぐ全世界の女騎士に謝れ!」

「貴様ら、よくも誇り高きこの私にィ!」


 剣を抜いて威嚇するが、この二人には何の効果も見られず、


「ウルセー、オーク特攻0・01倍! オークぶつけんぞ! 全裸のオーク1ダースぶつけんぞコラーーー!」

「オークに弱すぎて今やオークと仲良くやってる話が増えてるほどの分際でSSRなんて生意気なのよ!」


 SR子の全力の蹴りが二人の腹をぶち抜いた。


「すいません、本当に申し訳ない。このバカ共二人が」

「いや、こちらこそありがとう……殺そうかと本気で思いましたわ」


 ジャンヌは真っ赤な顔で振り上げていた剣を収めた。


「いいですか二人とも! 私を罵っても、私の盟友であるオークを罵ることは許しませんわ!」

「な、何ィ!? 逆張りの方だった! 弱点克服してる奴だ!」

「まあ!? なんてこと! オークの効かない姫騎士は、火山が無い場所で戦う究極生命体とまで言われてる存在なのに……!」

「か、勝てるはずがない!」

「あー、玉藻前さんチーム? すいません、このバカ達キリが無いんで、無視してちゃちゃっと始めましょう」

「うん、そうしよう。おーい、みんな! 集合! こっち来て!」


 そしてそれぞれのチームは、向かい合った。

 先鋒・次鋒・中堅・副将・大将からなる5人の勝ち抜き戦である。


 先鋒・「覚醒の宝玉(R以下)」、「ジャンヌ・ダルク」。


 覚醒の宝玉(R以下)には、割れ物注意の札が貼ってあった。


「兄さん、割れんじゃねーぞ!」

「ははは、大丈夫さ! 君達からもらったこのお札があれば100人力!」

「……もうなんか疲れましたわ」


 次鋒・「N子」、「アザトース」


「ZZZZZZZZZ……」


 アザトースは、紫髪を持つ美女の姿をしていたが、CDプレイヤーから伸びるヘッドフォンをしながら眠っていた。猫背のまま立っていて、さっきも歩いていたほど、寝ながら行動するのに慣れているようだ。


「……いいのかコレ? 寝てるけど。何聴いてんの?」

「ふふふふふ、アザトースは我らが誇る最強の邪神! 聴けば血も凍るような、名状しがたきおぞましき曲を聴いておるに違いない!」

「ふーん」


 イヤホンを抜くN子。


『一番上はちょーなん♪ (ちょーなん♪)』


 そっと戻すN子。


「なんかごめん」

「謝るな! くそう、知りたくなかった!」


 中堅・「覚醒の宝玉(SR以下)」「楊貴妃」


「キャーーー! この方すっごく丸くてかわいーーー! まるーい! すごーい! 玉藻前、これ買って! これ買って!」


 見た目が幼い姫である楊貴妃は、玉藻の前の尻尾をぐいぐい引っ張る。


「いや、ダメだぞ! っていうかいいのか本当にコレ!? さっきと同じじゃないのか!? 割れるぞ!?」

「私は補欠メンバーだ! 弟の妹の危機と聞いてやってきた!」


 ドン! と金色の輝きを持つ覚醒の宝玉(SR)が吠えた。


「兄ちゃんの兄ちゃんかっこいーーー!」

「む、無理はしないで下さいよ兄さんの兄さん……」

「ガムテープは完備してますわ、ドス兄さま!」

「ありがとう! 弟よ、出来た妹ばかりで幸せだな!」

「おおともよ、兄さん!」

「ついていけない気がしてきたよ、楊貴妃……」

「かわいーーーー!」


 副将・「SR子」「ゴリアテ」


「ハイ、次! 大将の紹介!」

「えええ!? SSR子、何で!? ゴリアテさんの見た目すらまだ――」

「地味すぎるの! 行くわよ大将!」

「酷い!」


 大将・「SSR子」「玉藻前」


「オラ―――――!」

「ふんぬうーーー!」


 SSR子の両腕をバタフライのように使っての奇襲を、玉藻の前は防いだ。二人は手四つで組み合い、押し合いの攻防の形をとる。


「防御するなんて生意気なのよ、このたまもっち!」

「ふふふふふふ、お前のような野蛮人の行動はもう読めた! あとたまもっち言うな!」

「スマホではっけん! たまもっち!」

「古いぞ!? 言いたかっただけだろ!」

「やかましいわ、万年おやじ! 一度もまめになったことなさそうな顔してるくせに、この私に歯向かうなんて! オルアアアアア!」

「フンヌウウウウウ!」


 二人は力を入れて押し合う。拮抗状態かと一瞬だけ思われたが、やがてSSR子が押され始める。


「オイ、姉貴ィ!? 何で負けてんだよ、SSRのくせに! そいつSRだぞ!」

「ま、まだ、これから……! これからなのよーーーーー!」

「言っておくが、SSR子!」


 玉藻前の眼がぎらりと光った。


「私はまめにしかなったことがない!」

「グハア!」


 さっきまでの拮抗が嘘のようにSSR子は押し切られ、潰れた。


「メンタルを責められた! あのザコSSRめ!」

「おやじにしかなったことないからな、SSR子は……」

「お前が万年おやじだったのか!? よくあんなこと言えたな!」

「うっさいわねバーカ! 私はおやじ好きだもーーん! あのキュートな足元の良さが分からないなんてお子様ね! バーカバーカ!」

「お前はデジタルの方でもスカにしかなったことなさそうだな」

「何で知ってるの!?」

「やっぱりそうか! この母性欠落女め! 貴様の母性はその胸だけか!」

「ゲームで母性は測れませーん! そもそも私の元ネタ男だから仕方ないんですうーー!」

「そーいや姉貴、元ネタ何なの?」

「オーディン」

「北欧神話が負けてんじゃねーよ! そもそもどこにオーディン要素があるんだよ! 爺さんの姿じゃねえのか!?」

「やかましー! 大体そういうもんなのよ、こういうのは! アンタは気楽でいいわよねえ、この固有名詞ですらないモンスター!」

「んだとコラー――! グングニルぶっ刺すぞ! 吊られた男にしてやろーか!?」


 N子とSSR子が争っていると、天からアナウンスが入った。


『では、一回戦を始めます。先鋒、前へ』

「え?」

「ん?」


 二人が見回すと、すでにそれぞれのチームはリングから外れ、互いの先鋒がリングの中心で向かい合っていた。


「アタシたちを無視して進めてやがる!」

「やかましいぞこの救いようのないバカの極限値が! お前らがやってると話が進まないんだよ! ある程度無視しないといつまでも続けるだろ!」

「ある程度ってところがツンデレなのよねー。もう、SR子ったら!」

「いいからさっさとリングから降りろ!」


 こうして第一回戦が始まる。

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